第27話  「あたしが好きを教えてあげる」

 「お邪魔しまーす」


 雛乃ちゃんの声が玄関に響き渡る。珊瑚ちゃんはというと、家が近いため、着替えなどの荷物を取りに行った。

 雛乃ちゃんは俺の服を着るらしい。

 サイズとか大丈夫? と尋ねたら、大きいのがいいんじゃんって返ってきた。彼シャツみたいなものだろうか。女の子同士だけど。

 下着はショーツは新品のものをあげることになったけど、さすがにブラはサイズが違いすぎるため、カップ付のキャミソールを貸すことになった。

 

 俺と雛乃ちゃんは、手を繋いだまま俺の部屋へと向かった。時間は六時前ごろ。晩御飯はいつもは七時頃だが、母親がすごい張り切っていたから今日はもう少し遅くなるかもしれない。


 俺がベッドに腰を下ろすと、手を繋いでいるため、必然的に雛乃ちゃんも俺のベッドに腰を下ろすことになる。


 「二人きりだね?」


 お互い向かい合う。雛乃ちゃんは繋いだ手を一回離し、指を一つ一つ絡めるように繋ぎ直した。いわゆる恋人繋ぎというやつ。


 「……? うん、そうだね。すぐに珊瑚ちゃんもくると思うんだけど」

 「もー、今はあたしのことだけ見て」

 「え、あ、うん。ごめん」


 雛乃ちゃんは俺のことを見つめ、ベッドの上で少し浮いた足をバタバタと揺らしており、楽しそうだ。


 「ねえ、さくら。さくらはあたしのことどう思ってるの? さくらが嫌ならあたし、手も離すし、あんまり付きまとわないようにする。諦めはしないけど」

 「んー……、嫌ではないよ、本当に。すごい嬉しい。でも珊瑚ちゃんも同じ。二人とも大切だから慎重に選びたい。私はまだ好きってどういう気持ちか、わからないから」

 「そっか……。あたしはさくらのそういう皆のことを大切にしようとしてくれるところ大好き」


 こうして面と向かって好きと言われると、恥ずかしくて俺の顔は熱くなる。でも雛乃ちゃんもものすごく熱くなっていることだろう。なんせ顔が真っ赤だ。


 「ねえ、さくら。嫌だったら嫌って言ってね」

 「え?」

 「あたしが好きを教えてあげる」


 一瞬何が起きたのかわからなかった。気づいたら俺は雛乃ちゃんに覆い被さられるように、ベッドの上に押し倒されていた。

 視界にはもう雛乃ちゃんの顔しか映らない。


 「人を好きになるとね、その人の姿を見ただけで胸が高鳴るの」


 雛乃ちゃんは俺から視線を離さない。既に頬は真っ赤に染まっている。


 「目が合うとね、舞い上がるほど嬉しいのに同時に恥ずかしくなって、その人のことをまっすぐ見つめられないの」


 雛乃ちゃんは、恥ずかしそうに少し目を逸らす。その仕草が妙に色っぽくて、俺まで顔が熱くなってくる。


 「こうして触れ合うとね、とても安心するの。一緒にいるって実感できて。そしてもう離したくなくなる」


 雛乃ちゃんが、恋人繋ぎをしている手に強弱をつけて握ったり離したりを繰り返す。

 俺は、否が応にも自分の右手に意識が向いてしまい、その手で雛乃ちゃんを強く感じる。


 「もっと全身でその人のことを感じていたくなるし──」


 雛乃ちゃんの身体と俺の身体が、凹凸組み合わせるように更に密着する。

 そして、雛乃ちゃんの右手が俺の頬に優しく触れた。


 「キスもしたくなる」


 雛乃ちゃんの顔が静かに迫ってくる。もう二回目。珊瑚ちゃんのも含めたら三回目だというのに全く慣れないこの感覚。

 胸が雛乃ちゃんにも聞こえているのではないかというくらい大きく高鳴っている。


 啄むように唇同士が軽く触れる。雛乃ちゃんの柔らかい唇が妙に心地良い。

 しかし、その唇はすぐに離れてしまう。先程まで暖かかった唇に冷たい空気が触れ、寂しさを覚えた。


 「……足りない」


 雛乃ちゃんが小さくそう漏らすと、再び唇同士が触れ合った。


 「んっ」


 俺の唇に割って入るように雛乃ちゃんの舌が口の中に侵入してきた。

 いわゆるディープキスというやつ。

 俺は言うまでもなく初めてのディープキス。恐らく雛乃ちゃんも初めてなのだろう。不慣れながらも、一生懸命俺の舌に絡めるように舌を動かしている。


 男のままだとあまり経験する機会のない受け身なキス。雛乃ちゃんの甘い舌に俺の口の中は蹂躙されている。

 そんな受けたことのない快楽に、俺の脳はもうなにも考えることができなくなっている。

 恐らく雛乃ちゃんもそうなっていることだろう。惚けた顔で色っぽい吐息を何度も漏らしている。


 「んはぁ……はぁ……」


 やがて、息が辛くなったのか雛乃ちゃんの唇が離れる。お互いの舌から淫らに糸を引き、重力に耐えきれず、滴る。

 雛乃ちゃんの口から色っぽい吐息が漏れている同様、俺の口からも漏れていることに気づいた。


 「はぁ……んっ♡」


 そしてもう一度啄むようなキス。

 やがて唇が離れ、雛乃ちゃんが息を整える。

 しばらく見つめ合った後、雛乃ちゃんが口を開く。


 「さくら……あたし、本気だよ?」


 俺はその言葉に反応することができなかった。それは、感じたことのない快楽に惚けていたのか、取り合えず頭が働かなかった。返すべき言葉が思い浮かばなかった。


 それから、雛乃ちゃんは立ち上がって再びベッドに腰かけた。俺もベッドに腰を下ろし直し、もとの配置に戻った。

 妙な空気が部屋中を包む。正直少し気まずいが、それと同時に心地良い空気。世のカップルはいつもこんな空気に身を包んでいたのか。


 それから雛乃ちゃんとは手を繋いだまま、特に会話をせず、この空気に身を委ねていた。

 それから数分このままの状態でいると、珊瑚ちゃんが部屋の中に入ってくる。


 珊瑚ちゃんはそんな空気を悟ったのか、じとっとした視線を俺たちに寄越す。


 「……なにしてたの?」

 「ん? キスしてただけよ。ね、さくら」

 「え、あぁ、うん」

 「……ふーん。さくら、後であたしともしてね?」

 「う、うん……」


 それから、一時間ほど三人で会話をする。

 ここ数時間ほど、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんはやや険悪な雰囲気を醸し出していたが、友達であることにかわりない。

 普通に楽しく会話をすることができた。


 そして階下から母親の声が響く。どうやら食事ができたらしい。

 三人で一緒に階段を下りる。


 テーブルの上には二つのお皿に山盛りに盛られた複数の種類の天ぷら、そして五人分の蕎麦が置かれていた。

 確かにいつもの食事よりはるかに豪華だ。

 既に父親がいつもの席について、俺たちの着席を待っている。

 俺はいつも座ってる席に腰を下ろす。手を繋いでいる雛乃ちゃんは必然的に俺の右隣に。珊瑚ちゃんは左隣に腰を下ろし、母親が俺の向かいで、父親の隣に腰を下ろした。


 「ねえ、雛乃ちゃん。手を離してくれないと食べれないよ」

 「あたしが食べさせたげる」

 「そうしたら雛乃ちゃんが食べれないよ?」

 「うーん、交互に?」

 「ちょっとめんどくさいなぁ」

 「そ、じゃあ、今だけ離す」

 「ありがとう」


 雛乃ちゃんの手が右手から離れる。少し寂しく感じつつも、その手で箸を持ち、食事を始めた。

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