6.桃井さくらと蒼井珊瑚、黄前雛乃のプロローグ

第26話  「どっちが好きなの?」

 あれから俺は電車ではなく、母親の車に乗って家に帰ることになった。なぜか、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんも一緒に。

 珊瑚ちゃんは家が近いこともあって母親自ら誘っていた。

 雛乃ちゃんはというと、なぜかあたしも行くと言い出した。少しの話し合いをした結果、母親の「じゃあ、泊まってく?」の一言で、なぜか俺と珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんの三人でお泊まり会をすることになった。

 母親もなんだか張り切ってるように見える。


 車の中では、後ろの三人席で俺を真ん中に右手側に雛乃ちゃん、左手側に珊瑚ちゃんが座っている。

 そして俺の右手はずっと雛乃ちゃんに掴まれている。


 「ねえ、雛乃ちゃん」

 「絶対、離さないから」

 「そ、そう……」

 「嫌だったら振り払いなよ、さくら」


 左手側に座る珊瑚ちゃんからの言葉。あれ、なんか怒ってない?

 俺の左手は怪我をしているため、珊瑚ちゃんからは手を掴まれることはない。


 「別に嫌って訳じゃあ……」

 「ふーん? デレデレしちゃって」

 「もう、ずーっと離さないから。離れたらさくらすぐ危ないことするもん」

 「え、えー。……うん。心配かけてごめんね。でもさすがにずっとは……」

 「ふーん、さくらはそんなにあたしと離れたいんだ?」

 「そんなこと言ってないでしょ!? もう、今日だけね」

 「明日も」

 「……わかった。じゃあ、明日もね」

 「うん!」


 明日、明日……。なんか忘れてる気がする。……あ、遊園地。雛乃ちゃんと約束してたの。さすがにこの手じゃ遊園地は行けないよな。


 「あの、雛乃ちゃん……。明日のことなんだけど……」

 「ん、デートの話? それならまた今度にしましょ」

 「デート!? ど、どういうこと、さくら!?」

 「この間、雛乃ちゃんに明日遊園地行こって誘われたんだけど、この腕じゃ行けないから」

 「そ。さくらの腕が治ったら行こうね。一ヶ月後くらい?」

 「全治三週間だって」

 「三週間後ね。えへへ、楽しみ」

 「あ、あたしも行く!」

 「チケット二枚しかないから、あたしとさくらだけ」


 珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんが俺を挟んでにらみ合い。もう、これはそういうことでいいのだろうか。

 こんなラブコメの主人公みたいな……。転生したのはヒロインなのに。


 「じゃあ、さくら。右手が治ったらあたしともデートね!」

 「え、うん、いいけど」


 なんだか好意を向けられるのは嬉しいはずなのに、とても居心地が悪い。

 これは俺の心の問題なのか、それとも単に、二人に取り合われているような構図だからか。


 「いやぁ、さくらがこんなモテ女になる日がくるとは」


 運転席から愉快な声をあげる母親。


 「ねえねえ、二人とも。さくらのどこが好きなの?」


 サイドミラーから母親のにやにやした顔が見える。あの人、完全に楽しんでるな。


 「あ、えっと……あたしのこと大切にしてくれてるって伝わるし、優しい声も、あたしに向けてくれる表情も……全部好き。特にあたしをからかうときのあの表情……。すごいドキドキする……」


 頬を赤く染め、顔を斜め下にうつむかせながら雛乃ちゃんは呟く。


 「かっこよく助けてくれたこと。それに不器用なのに頑張ってくれるところが可愛くて、支えてあげたくなっちゃう」


 珊瑚ちゃんは俺のことをじっと見つめ、ニヤリと見つめながら呟いた。


 「いいねぇ。さくらはどっちが好きなの?」


 なんの拷問なんだ、これ。二人の気持ちを聞かされただでさえ恥ずかしいというのに、これ以上俺を辱しめようとするのか。

 それにどっちが好きって……。

 珊瑚ちゃんのことは推しで、最初は百合みたいな関係になれたらいいと思っていたけど、今はそれも何か違うという気がする。

 雛乃ちゃんのことは、最初は友達として仲良くしていけたらと思ってたけど、あの日キスをされてから俺はことあるごとに雛乃ちゃんのことを考えてしまっている。


 二人とも友達として大切にしていきたい。恋愛は……まだわからない。二人とも可愛いと思うが、恋愛感情というのがいまいちよくわからない。

 二人ともとても真剣だからこそ、俺がこんな不誠実なままでどちらかを選ぶのは……それはやはり良くない。


 「……わからない。二人とも大切なんだけど」

 「そ。まあ、ゆっくり二人に誠実な選択をしなさいね」

 「うん」


 俺はゆっくりと頷く。

 そんな俺の右手を、雛乃ちゃんは先程までよりも強く握っていることに気づき、雛乃ちゃんの方を見て尋ねる。


 「どうしたの?」

 「あたしからしたら、さくらにとってあたしと珊瑚が横並びだってわかったことが大きな進歩」

 「?」


 うつむいて小さく呟く雛乃ちゃん。

 それから、ぶんっと俺の方に勢いよく振り向いた。


 「あたし、絶対にさくらがあたしのことを好きになるようにがんばるから!」

 「え、うん」

 「もう、一生あたしのことしか考えられない頭にしてやる!」

 「え、えーっと、それはちょっと困るかも」


 雛乃ちゃんの顔は現在、すごい真っ赤だ。


 「大丈夫だよさくら、そんなことにはならないから。だってあたしがいるし。さくらが雛乃ちゃんを選んでも、あたしとさくらの幼馴染みって関係は消えないから。ずーっと一緒にいようね?」

 「う、うん?」


 なんか、二人とも俺の知ってるキャラじゃない。二人とも目が怖い。

 原作で神崎愛斗に恋をしているときはこんなんじゃなかったじゃん。


 「おーい、そろそろつくぞー」


 母親の声で外を見る。

 もう見慣れた住宅街だ。時間を見ると、もう一時間弱も車に乗っていた。

 空はもう日が沈みかけている。


 これからはお泊まり会だ。楽しみ半分、緊張半分といったところだ。

 以前の皆での鑑賞会とは違い、今回は三人で、しかも二人とも俺に好意を向けてくれている。妙な緊張感だ。


 というか、雛乃ちゃん今日明日と絶対に俺の手を離さないとか言ってたが、お風呂とかどうするのだろうか。

 一緒にはいるとしても、うちの湯船は蛍ちゃんの家とは違い一般家庭のサイズ感だ。

 大人三人が入れるようなサイズ感ではないだろう。


 それに寝るときも、食事中も。ベッドだって普通のシングルのやつだし、食事に関しては左腕を怪我してるのに、右手を掴まれたままだと俺は食べようがない。

 それともさすがにそういうときは雛してくれるのだろうか。


 これら以外にも、心配ごとは少なからず存在している。

 さて、どうなることやら。


 

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