第25話 迅雷風烈




 程よく体格があるように見せるため、シャツの中にタオルを仕込む。そして、深い夜色のロングコート、パンツ、身長を盛るためのブーツ。メイクは全体的にマットに、色味は抑え目で肌は白く。陰影をつけて、眉は濃いめに。

 髪型は、オールバックのポニーテールだ。


「昼何食べたのー?」

「焼きそば」

「へー。あ、自分たち始まったばっかくらいに唯春さんのワッフル食べてきたよ。ねー、響」

「うん……って薫、無駄話しない」

「へーい」


 1年D組、雨田うだひびき

 風谷の相方のようなポジショニングであり、風谷の手綱を握る人物である。

 主に小道具の作成を担当しており、今回は序盤のモブ貴族や終盤の兵など、主要人物ではない小さな役割もいくつか兼役している。


 ちなみにあたしは、出番までは大道具の出入りを手伝うことになっている。だから今は、動かしやすいよう順番に並べられた大道具の前に集まって、自分以外の身支度を手伝いながら最後の確認をしている最中だった。

「あ、スマイルももらった!」

「薫」

 懲りずに風谷が口を開き、雨田に咎められる。

 さすが演劇部、といえばいいのか能天気なのか、本番直前でも余裕の表情だ。

「でも、可愛かったでしょー」

「それはそうだけど……。ごめん千秋、今の推しなんだ。一応、無害だから」

「あぁ……」

 推し。推しか。けどこいつは、唯春のクラスに行って唯春からスマイルをもらったらしい。あたしだって見ていないのに。

 ……いやでも、あたしはその唯春と学校祭を回り、焼きそばを分け合ったのだ。

 たった一度のスマイルごとき、何だというのか。あたしはいつも見ている。何ならスマイルどころか、ボディタッチまで可だ。


「でも、いいなー。姫が唯春さんなら、自分も何かやりたかったわ」


 他の人の着付けを手伝いながら、風谷がそんなことを言った。

「だってさ、舞台の上なら何だってできるわけじゃん? 極論、例えば自分が貴公子だったら、姫に恋をしているんだ! って唯春さんの手を取ってキスしたり、スカートに縋りついたりしても、それは役としての演技だから許されるわけでしょ? そんな感じで、ライバルに闘志を燃やしてるってことにしてむかつく奴殴ることもできるし」

「はぁ……?」

 あまりの暴論に雨田は呆れ顔だ。

 でも確かに、間違ってないといえば、間違ってはない、のか……?

「あー千秋、極論だからね。全部それで許したら話が破綻するから」

「いや、分かってる分かってる」

 そんな感じで好き勝手して、せっかく霞先輩が書いた脚本の流れが壊れてしまったら、あたしは先輩の顔を見られなくなってしまう。


「自分ならー、まず唯春さんの手の甲にキスして、唯春さんに愛を囁きつつ、目の前に跪いて隙あらばハグを狙うね」

「即刻の退場を命ずる」

「嫌だなー、例えばの話だよー」


 時間が近付いてくる。

 ステージには緞帳も下りているし、袖に入ってからは外は見ていないんだけど、どうやら客席が少しずつ騒がしくなってきたようだ。

 演劇部が当てられている体育館ステージは、今回直前の発表がないので早めにスタンバイして準備に入ることができた。

 だから正直、どれだけ客が入っているかは見ていない。し、見たくないような気もする。


「千秋ー、好きにやんなよ。いざとなったら霞さんが何とかするから。最後の最後にぶちかませ、な!」


「千秋、このバカのことはあまり気にしないで。気負いすぎず、千秋らしくやればいいから」


 ふたりは少し個性が強めだけど、結構気安いし一緒にいて面白い。それまでは全然関わったことがなかったけど、今回こうして違う価値観に触れるのも新鮮だったし。


「ん、さんきゅ」


 部員たちが、これほどまでに熱量をかけて完成させたものだ。

 あたしも、頑張らなくてはいけない。




「────千秋ちゃん、少しいいかな」




 ふと声をかけられて振り向くと、ステージの方にいたはずの霞先輩が袖へ顔を出していた。

 しかも、どこか表情は暗い。

 何かトラブルだろうか。多分もう、開始の1時までは10分もないくらいだと思うけど。

「はい、どうしました?」

 あたしの出番は終盤だ。あたしにできることなら、できるだけ引き受けよう。

 そう思って聞き返すと、霞先輩は少し躊躇った後言いにくそうに薄く唇を開いて、小声でその名前を呼んだ。



「いはるちゃんが、」



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