第23話 開幕
本番までの1週間は、瞬きをするように疾く過ぎ去っていった。
教室の中には本番のための道具があふれ、生徒たちはありとあらゆる時間を使って準備を進めていき、校内の高揚感や緊張感とともに、段々と完成度が高まっていく。
そして唯春は、あたしと話した次の日の練習から劇中の様子が一変した。
唯春に『入り込めない』と指摘していた霞先輩からは、”荒削りだけど感情が揺さぶられた”、とOKをもらったようだ。
家で台本を開きながら感情を落とし込んでいく唯春の練習の様子を、あたしは電話越しに聞いていた。だから、褒めてもらった瞬間彼女がとびきり嬉しそうな表情になったのを見て、つい笑ってしまったのだ。
もともとステージに立つ予定だったという入院中の部長と比べてしまえば、唯春はきっと初心者もいいところなんだろう。実際、今回の脚本では、唯春が代役で立つことに決まってから出番を減らすように調整されたシーンも多かったみたいだし。
ただそれでも、唯春には唯春の色があるし、良さがあるし、彼女はいつでも妥協せずひたむきに努力を重ねていた。
だから、そんな彼女に触発されたあたしも、らしくなく一生懸命になってしまったのだ。
そして、本番前日である金曜日。
学校全体で会場設営と接客等の予行演習が行われ、クラス展示や模擬店、個人パフォーマンスや部活動発表において丸1日、本番に備えた最終調整のために時間が費やされた。
演劇部についても、音響機器操作において協力を依頼している放送局とともに衣装や演出まで本番と同様にリハーサルが行われた。
今のところ、全てにおいて順調だ。
放課後、あたしたち生徒は最後の調整を終え、あとは本番を待つところとなった。
ある晴れた秋の日。学校祭の1日目が、吹奏楽部の演奏とともに幕を開けた。
1日目は、校内公開なので生徒がお互いのクラスに行ったりパフォーマンスを見たりして学校祭を楽しむ。
ここでフィードバックを貰ったりして反省点が浮上したら更に再調整を行うクラスもあるので、全体的には気楽に楽しむ意図の他、一般公開に備える目的もあったりするのだ。
演劇部の割り当て時間は、1日目・2日間同様に午後一番の13時から60分間となっている。そのためあたしと唯春は、お互いに合わせつつ早めの時間帯にクラスの方のシフトを入れた。ただ終わる時間はあたしの方が30分だけ遅くなってしまったから、スムーズに交代できない可能性も考えると、午前中は多分霞先輩や彩羅先輩と回ったりして過ごしてもらうことになると思うけど。
前夜、落ち着かなくて眠れない唯春をずっと宥めていたから、今の彼女の様子が実は若干心配だったりする。
ただ、そばに霞先輩がいてくれるようなので、あたしはあたしで自分のことに集中した方がいいだろう。
「千秋、もう人来てる!」
「え、まじ? 開始までまだ2分くらいあるけど?」
「早いね。時間まで待っててもらうか」
開始までの数分でクラス展示の案内役の台本を眺めていたあたしに、廊下の様子を見ていた受付担当が言った。
教室の外を覗いてみると確かに、入口前にはもう小さな人だかりができている。どうやら同じ1年生が多いようだ。事前に配られたパンフレットに店名と説明書きがあるし、興味は引けたということなんだろう。
「おぉいらっしゃい、うち来たの?」
「来た! へぇ、千秋が押してくれんの?」
「あたしは案内係。押すのはこいつら」
「うわ、ムサ」
「はー? 俺らがいないとトロッコ動きませんけど?」
他クラスの顔見知りだ。適当に話しかけて場を繋ぎ、並んで待ってもらいながら軽く中の様子とシステムを説明する。
祭の空気感に浮かされて、どこかふわふわとした高揚感につい口が軽くなった。
「クラTいいね、可愛い」
「そう? ありがと。
「清水? センスいいな。あたしらの見なよ、絶妙にダサい」
うちのクラスは、体育祭の時に作っていたクラスTシャツを学校祭でも揃えて着ることにした。といっても、デザインは既にあるテンプレートから型と色を選択して文字を打ち変えたような簡易なものだ。今回新しく作ったクラスに比べれば、新鮮みもない。
けど、せっかく作ったクラスTシャツの出番は年間を通してもさほど多くないので、むしろ着る機会が増えてよかったのではと個人的には思っている。
「──あ」
9時。開始の時間だ。
時計を見て確認し、中にも声掛けをして、並んでいるお客さんの案内を始める。
「さて。探検家の皆様、ようこそいらっしゃいました。本日ご案内させて頂きます、茅岡と申します」
設置したスピーカーからは、雰囲気を作るためのBGMが流されている。
トロッコに乗り込んだいちばん初めのお客さんに小道具のライトを手渡して、案内役の挨拶と説明を済ませる。
やがて手押された木製のトロッコは、薄暗い洞窟の中をゆっくりと進んでいった。
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