第19話 契機




 我が校の秋の一大イベントといえば、何と言っても学校祭だ。

 各クラス、部活、個人でそれぞれ出し物を企画し、当日2日間に渡って校内生徒や一般客と交流する。あたしたちの学校の場合は、1日目が校内のみ、2日目が一般公開ありという日程になっていた。

 各教室でクラスや部活動の出し物が行われる他、校庭・体育館他特設ステージでは生徒会主催イベントや部活動の発表、個人のパフォーマンスも一日を通してタイムテーブルが組まれ行われる。


「千秋くん、ステージで歌ったりとかしないの?」

「いや……あたしはいいよ、そういうの」


 購買のウィンナーパンを齧りながら、楽しそうな唯春の言葉に首を横へ振った。

 確かにあたしは、家ではギターを触ったりするし、歌を歌うことも好きだ。

 ギターを手にしたきっかけは、面白半分で楽器を購入した父さんが飽きてしまってあたしが譲り受けたというお粗末なものだった。けど、せっかくもらったのだからと、一応あたしなりに色々調べて練習している。

 幸い父さんのお陰で必要な道具はひと通り揃っていたし、もともと興味のある分野ではあったので、ネット記事や動画・教本を使ったりして今ではそこそこ趣味を名乗れるくらいにはなった。と、思う。

 ただそれでも、ステージの上で歌うなんてとんでもない。目立ちたい欲もないし、ステージ発表にも興味はなかった。

「そっか、残念。ぼく、千秋くんのギター好きなんだけどな」

「んー、それは嬉しいけど。でもま、唯春が聞いてくれるだけであたしは充分かな」

 現在校内は、準備期間真っ只中の学校祭ムード一色といった感じだ。

 まず内容決めから始まり、詳細を詰めて計画を立て、現在は各自本番のための作業に取り掛かっている。


 あたしのクラスは、知識のある生徒が主導し、ちょっとしたアトラクションを制作することになった。

 テーマは洞窟探検。教室内を薄暗くした上で照明や装飾を使って雰囲気作りを行い、お客さんを手作りの木製トロッコに乗せて、案内役の生徒と共に洞窟探検を楽しんでもらうというコンセプトだ。なお道中にはいくつかのギミックを用意する予定になっており、現在はその作成作業中というわけである。

 ちなみに、凪雪と蛍乃佳のクラスは謎解き脱出ゲームをやるらしい。順路にいくつかのミッションを用意し、お客さんにはそれを全て遂行してもらいゴールへ導くというものだ。

 そして、唯春のクラスは休憩所も兼ねたカフェをやると唯春から聞いた。飲み物の他デザートとしてワッフルを提供し、トッピングにはチョコソース・ホイップ・アイス・カラースプレーなどを用意する予定だという。



「それで、ね。ぼく、演劇部の助っ人に入ることになっちゃって……」



 唯春が水筒を両手で持ちながら、照れたように口元を隠した。

「演劇部?」

 演劇部といえば、確か唯春の友人の霞先輩がその副部長だった記憶はあるけど。

「うん。……もともと出る予定だった人が急に入院しちゃったらしくてね、袖でマイク使ってセリフ言うつもりだったみたいなんだけど、出てみたらって、彩羅が……」

 確か、うちの学校の演劇部はそれほど人数が多くなかったような気もする。ただ毎年恒例の学校祭での演劇部の発表は今年もあったはずだし、抜けたところに助っ人を頼むのはおかしくないことなのかもしれない。

 少し前から学校祭準備のための別行動が増えて、口には出さない割に唯春がずっとふわふわしてるから、何かあるなとは思っていたのだ。

 そうしたら、なるほど。こういうことだったらしい。


「そか。あたし、見に行くよ」


「ん、……こういうの、慣れないけど……せっかく霞に相談してもらえたから、頑張りたいんだ」


 自分から頑張りたいと言う唯春を見たのは、思えば初めてかもしれない。

 何だか楽しみだ。見逃さないようにスケジュールを空けておこうと決意したところで、けれど唯春があたしの袖を引いた。



「それでね。霞が、千秋くんも見学に来ないか、って……」



 その瞬間、少し嫌な予感がしてしまったのは、あたしだけの秘密だ。



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