3.季節は巡る
そうして紆余曲折あって、千秋と唯春先輩は和解するに至った。
翌日報告を受けたけど、その後家デートにもつれ込んでそのままちゃっかり致したのだそうだ。通りで、どちらも微妙に様子がおかしいと思った。
まぁ、いい。その日くらいは、千秋の惚気も遮らないでいてあげた。ちなみに、大層良かったそうだ。全く、心配して損した。
「んふふ、今日のは、上手くできたと思うんだ! どうかな? だいじょうぶかな?」
お菓子の包みを抱えながら、隣で蛍乃佳がわくわくと声を弾ませた。
「ん。美味しかったし、大丈夫だよ」
「そっか! わあ、緊張する……」
昨日カフェで話して先輩からもらったアドバイスをもとに、試行錯誤して綺麗にできあがったクッキーを蛍乃佳が学校へ持ってきたのだ。しかもテンションが上がって楽しくなってしまったらしく、そのクッキーにはチョコペンで可愛らしいデコレーションがされている。
それで、蛍乃佳が唯春先輩に食べてみてほしいと言うから、昼休みの時間に持っていくことにしたのだ。
いつもの空き教室。
前の件で学びを得た私は、まず中の様子を伺うことにして足を止めた。
「ほの、ストップ」
蛍乃佳を、ぎりぎり中が見えないところで止まらせる。
本当に、これは私が悪いんだろうか。このふたりが悪いんじゃないだろうか。覗いた教室の中には、キスをする千秋と唯春先輩の姿があったのだ。
全く、ここは学校だというのに、傍迷惑なバカップルだ。
私はあえて深く息を吸い込んで、大きい声で蛍乃佳へ話し掛けた。
「蛍乃佳、今日は何作ったんだっけ?」
一瞬私の声量に驚いた蛍乃佳が、けれど次の瞬間にはぱっと笑顔になって答える。
「クッキー!! 上手くできたよ! デコレーションもしてみたの!」
ガタン、と中から物音がしたので、私は深くため息を吐きつつふたりの準備が整うのをたっぷり10秒待ってやる。
それから遠慮なく扉を大きく開いて、千秋へ息だけで『私達だったことに感謝しろ』と告げた。千秋は何とも言えない複雑な表情になって、誤魔化すようにカフェオレを飲む。
「せんぱい、クッキー上手くできたんです! 食べてみてくれませんか!!」
「ん、いいよ。これかな?」
まだ若干息が上がっている様子の唯春先輩は、吐息混じりに返事をして蛍乃佳から包みを受け取った。……よく見れば、首元も若干乱れている。大層度胸がおありだ。濃いキスマークが一瞬ちらついたので、私は見なかったふりをしてやることにした。
「ど、どうですか……!?」
さくりとクッキーを咀嚼した唯春先輩が、それを味わって飲み込むのを待つ。
「……ぁ、」
ぽろりと口の端から欠片がこぼれて、その唇にデコレーションのチョコレートがつくのが見えた。
「ン、美味しい。完璧だね、蛍乃佳ちゃん」
「わああ、やった!! なゆちゃん、合格だって! せんぱい、ありがとうございます!」
ぺろりと唇を舐めて、唯春先輩が微笑んだ。
──まずい。千秋から冷気が出ている。私はいち早く包みを回収して、先に立ち上がった。馬鹿千秋、学校でくらい自制しろ。
「ほの、帰ろう。そろそろ予鈴鳴る」
「わ、もうそんな時間? じゃあ千秋ちゃん、唯春せんぱい、また!」
蛍乃佳の手を引いて立たせ、できるだけ足早に扉まで歩く。
「ごめんね、凪雪ちゃん」
後ろから唯春先輩が謝ってくるのにも会釈で応え、私は後ろ手に扉を閉めて教室を出た。
直後鳴った椅子の音と、小さく響いた唯春先輩の驚いたような悲鳴。やがて唯春先輩の喉からあふれ出た甘やかな嬌声は、昼休みの終了を知らせる予鈴に掻き消されて消えた。
千秋は我慢をやめた。
結果、ふたりとも感情としては満たされていて幸せそうだ。
ふたりがいいなら、私はそれでいい。
私がとやかく言う権利は、そこにはないのだ。
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