第2話

「親分!空から女の子がっぎゃぁぁぁぁ!」


「どうしたぁ! ってぐぁぁぁぁぁ!」

 ここは追い剥ぎ一味で名を馳せている白蟻団のアジト。彼らは追い剥ぎ、殺し、違法物の運搬などマルチな犯罪稼業を行う事で有名だった。彼らは一箇所に留まらず、アジトもキャラバン方式で移動するため幾度となく出された討伐隊からことごとく逃げ切れている、というのは今となっては昔の話。現在進行系で空中より襲来したたった二人の女子にたやすく殲滅されていた。

「グレース、あまり殺すで無いぞ!こやつらは間違いなく賞金首、捕らえて突き出せば金になる!」

 魔力で身体能力を増し、徒手空拳で下っ端などの群がってくる団員たちを粉砕しながらルナはグレースに向かって叫ぶ。

「了解、力加減が難しいけどやれるだけやってみるよ!」

 一方のグレースは魔術を全方位に発動させ、オールレンジ攻撃を行っていた。彼女の服は依然として襤褸切れのまま。激しく動くと普通にはだけてしまうので、突撃役のルナの援護射撃を行っている。様々な属性の魔術を周囲に展開し、ルナがカバーできない範囲の敵を確実に打ち抜いていた。

 神域での戦闘漬けの日々のお陰で彼女達は極めて高い戦闘能力を持つ。だが、相手は見敵必殺がモットーであったため、相手を生かして捕らえるというのは何気に初めての試みだった。

 二十秒ほど戦闘時間は経過したが、何とか捕縛に成功した。力加減を間違えて肉塊も残らなくなってしまっている者もいるが、この白蟻団は三十人はいるので十人くらいは誤差みたいなものである。彼女達が弱体化していなかったら2秒もかからないが、今回ばかりはそれで良かったのかもしれない。

「さてと、私達の着る服を探そうか」

  魔力の奔流と火属性魔術などの影響で襤褸切れはもはや股間と胸くらいしか隠せておらず、ほぼ真っ裸で地に立っている。それとは反対にルナの着物は一切の汚れがついておらず、新品そのものと言っても過言ではないほどに綺麗だった。ルナの身に纏っている衣は神域で縫われた特殊な布であるため、汚れることや傷つくことは無い代物なので当然ではある。

「じゃが、この有様じゃとこ奴らの荷を漁るしかなさそうじゃのう。骸の着ておるものは血に染まっておるか、使い物にならぬよ」


「あはは・・・。やりすぎたかな」

 一通り始末し終わった彼女達は、倒した賊たちの死体を除けて使える服が無いのか探していた。グレースは清浄魔術で汚れを落として体を清潔にしたあと、まだ息が合った女性の賊を回復して生かしてある程度の金銭を持たせて逃がすことを条件に彼女の羽織っていた上着を譲って貰った。下半身は天幕を引き裂いて雑に巻き付けて軽いスカート代わりにしている。

 正直殺して奪っても良かったのだが、殺せば血で汚れるし彼女も賊から足を洗うと言っていたので殺すことも無いかと判断したのだ。そして、賊の頭領は辛うじて彼女たちが巻き起こした暴威から隠れる事に成功していた。

 (クソッタレ…。良くも、良くも俺の仲間をやりやがって…!クソっ…クソが!……だが落ち着け。せめて俺だけでも生き残るんだ…。あんな化け物、勝てっこねぇ…!)

 だが、彼女達は黙ってそれを見逃すような人物じゃなかった。いや、そもそも人間じゃなかった。そして、それに出会ったが運の尽き。気配がなくとも魔力の流れでバレバレである。

 「みぃつけた。どこに行くつもりかな?」

  

 「うむ。逃げられるとでも思うたか?」 

 馬車の隙間に隠れ、彼女達がよそを向いた隙をついて逃げようとした頭領だったが、逃げた矢先に一瞬で前後を囲まれて追い詰められていた。

 「な、何なんだよこの化け物共が! 人のアジトに土足で踏み入った挙げ句、子分まで殺しやがって!金も荷物もくれてやる!だからとっとと出ていきやがれ!」

 狼狽して捲し立てる頭領ににじり寄り、冷めた目で見下ろすルナ。グレースは目を爛々とさせて、面白い玩具を見るような目を向けていた。ひっ、と声が上ずる頭領だが、もう遅い。

「おいおい、何を戯けた事を言っておるのじゃこの阿呆は」


「はっ?」


「差し上げますから出て行ってくださいだろう? …ガラじゃないセリフだけどまあそう言うこと、立場を弁えなよ」

 頭領は恐怖でどうにかなりそうだった。なにせ目の前の女達はあれだけの暴力を振るっておいて余裕そうだ。どんな騎士からも逃げてきたが、この場では逃げれる気もしない上に指の一振りで死骸と化す己の運命を悟ったのだ。

「……わかった、殺さないでくれ。騎士団に突き出しても構わないし、金も荷物も持って行っていい。だから命は、命だけは助けてくれ」

 しかし、恐怖に震えるわけにもいかないと頭領は命乞いをしていた。彼女達に一人では勝てるわけがない。それに、命さえあればいくらでもやり直せる。ならば、最良の手はこれしかないと思ったのだ。

「うん、構わないよ。君の部下が死んじゃったのは力加減ミスったからだし、元から殺す気は無かったんだ。死んだら金にならないからね」

 大嘘である。さっきいくら金を運んでいるのかを見たところ、頭領の懸賞金の何百倍もあった。いくらかは金の場所を教えた礼にと、先程の盗賊娘がある程度持っていったがそれでもなお大量にある。

 娘が言うには、

 「頭領は生死不問の手配犯だぞ? 首だけあればヨシ。というわけでサラバだ」

とのことだ。彼女の身の上は詳しくは聞いていないが、幼女だった彼女を人買いから頭領が買ってこき使ってきたらしい。恨みはないが特に生かしとく理由も無いクズだと彼女は言っていた。キャラバンの馬車を一つ拝借してどこかに駆けて行ったが、縁があれば会うかもしれない。

 場面を戻し、現在。

「じゃが、拘束はさせて貰うぞ? 指名手配されとるかどうかは知らぬが、多少は金になるじゃろ」

 命乞いはあっさり受け入れられ、元から殺す気は無かったとまで言われた頭領。彼はひとまず安どしているが、 グレースは完全に殺る気であり、ルナもそれを察している。それに気づかずにと大人しく拘束を受け入れる頭領。そして、彼には一つ引っかかる事があった。

「待て、お前らちゃんと身分を証明できるブツは持ってんのか?」

  そう、犯罪者を引き渡すにしろ身分証明はできなければ自分も不審人物だと思われて終わりである。その点に頭領は思い当たったのだ。

「いや、持ってないけどどうしたの?」


「そういえば持っておらぬの」

 きょとんとする二人、しめたとばかりに頭領は畳み掛ける。

「身分不詳の女二人が俺らを突き出した所で、お前等まで怪しいと認識されて捕まると思うが大丈夫か?」


「「あっ」」

 確かにそうだ。いくら犯罪者を拘束か殺害して突き出しても、それが賞金稼ぎとかなら兎も角、身分不詳の少女二人なんて怪しいにも裏がある。普通はその犯罪者よりヤバい何かが絡んでるのでは等と怪しむだろう。その事を二人は完全に失念していた。ニヤリとした頭領だったが、その時には二人の意識は既に彼には向いていなかった。

「………っ! グレース! 突き出すのはやめじゃ!こやつは置いて、要るもの持って逃げるぞ!」

 何かを悟ったのか、突然狼狽して声を上げてグレースを急かすルナ。

「相分かった! コイツは今の私じゃ勝てないし、さっさと逃げようか! あ、それじゃあさよなら!」

 グレースもルナが悟ったモノと同じ気配を察知したのか、魔術で自分の身体能力をさらに増して衣服と多少の食料と水、それを金銭が積まれている馬車に一気に積み込んで乗り込んだ。それと同時にルナが御者をし、馬を走らせてその場から去って行った。

「助かったのか…?しばらく稼業は休業だな…」

 一通り必要な物は物色したのか、少女達はあっという間に去っていった。まるで嵐か悪い夢のようだったが、命あっての物種。と、思っていられたのも束の間。彼女たちが逃げだした原因がその場に現れる。

 彼女たちが去ってすぐ、空は濃い曇天に覆われ嵐が吹き荒れ始めた。棟梁はその威容を目の当たりにする前に迸った落雷に身を焼かれ、その命を散らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る