第五章 露見

第47話 戦

 告白が幻であったかのよう、それ以前と全く変わらない様子の野原。

 そんな彼女と共に過ごす機会は減ったが、それでも黒戸を含め、週に一度は三人で昼食をとっていた。

 そこでも何ら野原に変化はない。

 しかし一朗は、気が気でなかった。

 なんだかあれ以来、俺ばかりが意識しちまってるな……。

 マジで女ってわからねぇ……。

 そんなだからか昼食の後、野原が教室に戻ってから、黒戸がこそりとこんなことを訊ねてくる。

「一朗、もしかして野原さんと何かあったのかい?」

「ギクリ」

「それを口に出して言う奴をボクは初めて見たよ……」

「……いや、実はその通りなんだ。時間がある時にでも話を聞いてくれないか?」

「ボクはいつでもいいよ。今日の放課後だって構わないけど?」

「じゃあそれで頼む」

 こうして放課後、ファーストフード店に向かった二人。

 そこでポテトをつまみながら、一朗は朝に起こったことを話した。

 すると黒戸が思いもよらぬ言葉を呟く。

「……やっぱりね」

「え? やっぱり?」

「野原さんが一朗に惹かれる理由は十分にあった。なんせ君が孤独を救ったんだからね」

「いや、それだけで……」

「もちろんそれだけじゃない。告白ってのは相手ありきのものだ。大抵それを行う時は、少なからず勝算があるもの。そうは思わないかい?」

「まあ、そうかもしれないけど……」

「一朗は天然垂らしなところがあるからね。そもそも相手を勘違いさせやすいんだよ」

 この間は冗談だと思った一朗だったが、状況が状況なので真剣に耳を傾けた。

「その上、隙もあるから質が悪い。勝算があると思わせてしまったんだ。一朗のことだし、どうせ迂闊に可愛いとか言ったんだろう?」

「いや言ってねー……待てよ、そういえば緑化活動中に美少女とは言ったかも……。あれ……他にも何度か言ったかも知れん……どうだったっけ……?」

 黒戸が「はあ」と溜め息をつく。

「ほら見たことか、垂らしめ。何か返す言葉はあるかい?」

「ぐぅ……」

「ぐうの音はかろうじて出るんだね」

「だ、だが告白してからのあの態度の変化……というか、いつも通りのあの感じは一体なんなんだ? もう俺のことが好きじゃないのか? 答えもすぐに訊いてこなかったし」

「逆だよ、むしろ好きだからこそだ。あえて話題に出さず、素っ気なくすることで意識させるつもりなんだろう。常套手段だよ」

「そうなのか!?」

「そして一朗はまんまとその策に嵌まってるようだね。無様な程にあたふたしてさ」

「うっ!?」

「……でも、そうか……」

「……なんだよ、どうかしたか?」

「……別に」と言った黒戸が、一朗には不機嫌そうだった。

 しかしそれが見間違いであったかのよう、すぐにいつも通りの涼しい顔に戻って続ける。

「……それとすぐに答えを求めなかったのが、その時の一朗が色好い返事をくれる可能性が低そうに見えたからで、時間を掛けて籠絡していこうと作戦を変えたからだと思うよ」

「籠絡って……」

「恋は戦いだからね」

「……そういうもんか」

 勝ち目がゼロだと理解しながらも、雪野に告白して成功させた黒戸の言葉には重みがあった。

 俺なんて、わけのわからんタイミングで失禁するみたいに雪野に告っちまったからなぁ……。

 ダサ過ぎる……。

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