第36話 野原早雪

「俺の前で油断し過ぎだからなお前ら!? わかってんのか!?」

「ふっ」

「わかっててのろけてるのさ」

「ねーっ?」と、今度は雪野も黒戸に同意した。

「お前らなぁ……!?」

「一朗をからかってから迎える夜は、いつもより燃えそうだよ」

 こいつら、俺が何を言っても養分にしそうだな……。

 そう思い一朗は黙るも、黒戸の悪ノリはまだまだ続く。

「栞、名前はどうしようか」

「えっ? 何の?」

「生まれてくる子供のさ」

「さすがに気が早いよっ!?」

 お前らどうやって子供作るんだよ……というツッコミはもはや野暮か。

 深い深いため息をついてから、一朗は言った。

「っていうかここ学校だからな? お前らの関係がバレても知らねぇぞ」

 気付けば外からガヤガヤと、登校してきた者らの声が届いてくる。

「一朗の言う通りだね。この辺りにしておこうか」

「うんっ」

 雪野は自席に戻り、黒戸も自身の教室へ帰った。

 それからすぐにクラスメイト達がちらほらと登校してくる。

 そんな中、一朗は席を立った。

 ……トイレにでも行っておくか。

 廊下に出ると挨拶の声があちこちから聞こえてくる。

「おはよー!」

「おはー」

「おはよう」

「あっ、おっ、おはよう……ございます……」

 そんな中、挨拶に混じって、二人組の女子生徒による異様な会話が耳に届いた。

「ちょっ!? なにあんなのに挨拶してんの? やめなって」

「えっなんで?」

 女子の一人が件の者と思われる、黒髪ロングで目元まで分厚い前髪を伸ばした、暗い印象の女子に侮蔑の目を向けながら続ける。

「あれ四組の野原早雪(のばらさゆき)だよ?」

「ヤバイヤツなの?」

「ヤバイって聞くよ。だからあいつとは絡まん方がいいよ。男子の前だと露骨に態度変わるらしいんだよね」

「え? あんなおどおどしてたのに? あっおっおはようとかキョドってたよ?」

「だから質が悪いんじゃん!」

「えーマジ? 最低女じゃん。あぶな、普通に挨拶しちゃったし、最悪」

「気を付けなよ」

 高校にもなって、まだこんないじめ紛いなことをやっているのかと、一朗は辟易した。

 まあ男が絡んでそうだし、そうなってくると年齢関係なく、女はコミュニティーから異物を排除しようとするもの……か。

 ……にしても、そんな男ウケするような、女の敵になりそうなタイプには見えなかったけど……。

 それに野原早雪……か。

 初めて聞く名だ。

 それもそのはず。

 一階には三組までが、二階には四組から六組が入っているという一年校舎の構造上、一朗はその姿を見ることすらほとんど無かったのだ。

 ……難儀なことだな。

 心の中で「がんばれよ」と、エールを送った。

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