第10話 瓦解する青春

 その日の放課後、一朗は所属することになった緑化委員会の集会に参加するため、一年校舎二階にある五組の教室に居た。

 それもやがて終わり、帰り支度をしに一度教室へ戻った時だ。

 ……あ、筆箱置いてきちゃったな。

 忘れ物を取りに、再び二階へ戻る。

 委員会終了後、さっさと皆帰ってしまったため、既に教室はもぬけの殻だった。

 委員会活動など義務でしかないのだから、当然だろう。

 筆箱はといえば、一朗が先程まで使っていた机の上ですぐに見付かった。

 あった……。

 それを手に取った時だ。

「……ん?」

 背後に気配を感じて振り返る。

 ……今誰か居たか? 

 だが、そこには誰もいない。

 気のせいか……? 

 そう思い直し、黒板の上の時計に目をやれば、既に針は十七時を回っているではないか。

 外は空気がオレンジ果汁を溢したような色になっており、暗い教室内の影とのコントラスが美しい。

 しばらく一朗はそんな光景を独り占めしていた。

 ……さ、今度こそ帰るか。

 筆箱を回収して廊下に出ると、なんの気無しに窓から中庭を見下ろす。

 するとそこには――。

 えっ。

 黒戸の姿があった。

 一瞬声を掛けようとしたが、何やら思い詰めたような真剣な顔をしており、はばかられる。

 あんな所で何を……? 

 そう思い辺りを見た時、ちょうど黒戸の正面、こちらからは木で死角になっている所に、誰かが居るというのが伸びた影でわかった。

 おいおい、これってまさか……。

 そのまさかだった。

「……ずっと君が好きだった。この気持ちだけはどうしても伝えておきたかったんだ……」

 こ……告った――!? 

 自分のことのように、一朗の心臓もバクバクと打たれる。

 あいつ……やるじゃないか! 

 相手は誰だよ!? 

 ……クソ、暗さも相まって絶妙に見えねぇ!? 

 ああもう焦れったいな! 

 若干複雑なものを感じながらも、一朗は素直に黒戸の恋の行方を見守った。

 返事は――!? 

 返事はどうなんだ!? 

 永遠にも思える時間の流れの中、ついに返答がなされる。

「嬉しい……」

 声の主は泣いているのだろうか、言葉はか弱く震えていた。

 だが、それよりも――。

 一朗は混乱する。

 その可愛らしい声色に。

 そして、よく聞き覚えがあったことにも――。

「私もずっとずっと、好きだったのっ!!」

 私と、今度ははっきり聞こえてくる。

 そう、黒戸の告白の相手は男子ではなく、女子だったのだ。

 それも俺の聞き間違いでなければ相手は――!? 

 バッと木陰から小さな人影が飛び出し、黒戸の薄い胸に飛び込む。

 やはり間違いない。

 ……嘘だろ……? 

 そんなことって……。

 一朗が現実を受け止めきれないのも無理はなかった。

 なぜなら黒戸の告白の相手は、雪野だったのだから。

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