第2話 友情、生まれる

「まさかそれで、この樹を燃やすつもりなのか?」

「そうだよ」と、彼は事も無げに言ってのけた。

「最期にピンクじゃなくて真っ赤な花を咲かせてやるのさ」

「いやいやそれはヤバイだろさすがに!?」

「じゃあ伐り倒すのはいいのかい?」

「少なくとも消防は来ないし、実際に罪の重さが大きく変わってくるぞ?」

「……確かに」

「バカなの?」

「ひどい言いようだな。ボクは非力だから、伐り倒すって選択肢が最初から無かっただけさ」

 なるほど、理由はあったのか。

 一朗は納得したが、それは手段に対してだ。

 改めて少年の優れた容姿を確認してから、なぜこの桜の樹を燃やそうとしているのかと、疑問を呈する。

「……わからないんだが、お前さ、面がいいのになんで桜を燃やそうとしてるんだ? 俺みたいなのと違ってモテるだろ?」

「否定はしないよ」

「やなヤツ」

「ははっ」と少年は失笑してから、今度は真面目なトーンで話し出した。

「……叶わない恋だとわかっているからこそ、未練を断ち切るためにも、この色恋沙汰の象徴みたいな木には消えて欲しかったのさ。……きっと、見るたびに期待が過ってしまうから……」

 よくわからないが、少なくとも俺よりは深く真っ当な事情がありそうだと、一朗は感じる。

「……そうか」

「訊かないのかい? ボクに何があったのかを」

「それは野暮だろ?」

「……君になら話してもいいかなって思えたんだ」

「ならその内、機会があったらな」

「……そうだね。機会ならたっぷりと三年間はある」

「ま、そういうことだ」

「で、君はなぜなんだい?」

「俺には訊くのかよ!?」

「もちろん話したくないなら無理にとは言わないよ」

「……ま、いいか。どうせ大した話でもないしな」


 ◇


「お前が好きって言ってた子だけど、絡まない方がいいかも」

 突然親友からそう告げられた一朗は、驚きながらも訊ねる。

「えっ。それはなんで?」

「少し言いにくいんだけど……。その子、俺の彼女と友達なんだけどさ、お前のこと、キモいから絡みたくないって言ってるみたいなんだわ」

 キモいって……。

 まともに絡んですら無いのに……。

 大きなショックを受けながらも、一朗はなんとか返事をした。

「……マジかよ。でも……いや、そうか、わかったよ……。ありがとな、教えてくれて……」

「いいって」

 もう恋はしないと、この時誓う。


 ◇


「中学三年生の俺には、自分がとても惨めに思えて仕方なかったよ……」

「……なるほどね、確かにつらい出来事だ」

 そこまでを聞いた少年は、我が事のように同情した。

 一朗は続ける。

「しかも話はまだ終わりじゃない」

「えっ」

「その親友はこの後彼女と別れ、俺が諦めたその女と付き合ったんだ」

「……まさか」

「まあ、そのまさかなんだろうな。おかしいと思うべきだったよ。ほぼ絡んだことがない相手から、いきなりキモいなんて言われる筋合いは無い。つまり俺の親友は彼女と別れて、新しい女に乗り換えようとしていたが、その女を俺も好きだと知り、先に排除したって訳だ」

「そんなことが……」

「……だから恋なんてクソなんだよ。友情すらぶっ壊しやがるんだ……」

「……」

 今度は少年は、何も言わない。

 掛ける言葉もないのだろう。

 しばらく沈黙したのち、代わりに自己紹介を始めた。

「……遅くなったけど、ボクは黒戸悠希(くろとゆうき)だ」

「俺は斎木一朗だ、よろしくな黒戸」

「ああ、一朗」

「……馴れ馴れしいな」

「いいだろう? 一朗。ボクのことも悠希でいいんだよ?」

「小学生じゃ無いんだから、俺は下の名前呼びはしねーよ」

「ふふっ、そうかい」

 ――結局、一朗達は桜を伐るのを止めた。

「……なあ、このまま家に帰るのもなんだし、コンビニかワックで駄弁らないか?」

「いいね」

 一朗の提案で二人はファストフード店へ向かい、そこで繰り広げたひねくれ談義は大いに盛り上がる。

 ……こんなヤツも居るなら、女が絡まなくたって高校もなかなか面白いのかもな。

 一朗は少し、これから始まる高校生活が楽しみになるのだった。


 ――そして入学式がやってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る