モラトリアム人間(9)

 僕は優奈さんに一切合切を託した。


 まず、だらしなく伸ばした髪を切って短髪にして赤みを帯びた茶髪にしろだとか、今のままでは根暗に見えるから無難な服装ではなくもっと目立つ身なりをしろだとか、見てくれを散々に批評し、僕を着せ替え人形のようにコスチュームしていった。僕は少しでも拒否しようものなら優奈さんは「君は私のオモチャじゃなかったの?」と言って封殺した。


 また彼女は僕が演じるべきペルソナを定義した。それは完全なる光属性の人物像で、今の僕とは正反対なものだった。僕はそれを演じることはあまりにも無理難題すぎると拒否したかったが、優奈さんに失望されるのが怖かったので必死になって自分の中に叩き込んだ。


 優奈さんは僕に色々な経験をするように指示を出した。会社のインターンに参加するようにも言われたし、バイトをするようにも言われた。ペルソナを演じることで大手企業の面接には悉く通過して簡単にインターンに参加することができたし、洒落たカフェのアルバイトも「人当たりが良い」という理由で採用された。今まで周りからの評価が0を切らないように努力してきたが、優奈さんの言う通りに全て実行することによって指数関数的に評価が上がっていった。すぐにバイト先で新しい彼女ができた。実直で可愛らしい一つ下の女の子だった。彼女は僕のことを「いつも上に向かって行動できて、とても素敵な彼氏」と評価してくれているみたいだ。関係が深まるにつれて彼女はますます僕を好いてくれていると実感したし、相対的にみると僕はいわゆる「リア充」に分類されるんだろう。僕はこれが自分の人生として相応しい形なんだと思った。しかし、新しい彼女と体を交わる度に蓬川さんの言葉を頭の中で反響した。新しい彼女はすごく愛情を注いでくれていたし、きっと僕という存在を感じてくれいていたのだろうが、どうしても僕はあらゆるシーンを客観的なフレームで切り取ってしまって虚しい気持ちに押し潰される感覚に陥った。


「あなたの虚像を見ているみたいに」


 僕はいったい何者なのか?


 僕の中のどこを探し回ったって僕がいない。


 なんだか全てがどうでも良くなってきた。


 いつまでたっても僕になれないのだから。


 そうして僕はある日、全てを拒絶した。


 虚像によって作り上げられた関係を断ち切って、学校にもバイトにもいかず、家の暗い灯りのもとで何をするわけでもなく、ただじっと日が過ぎていくのを待った。新しくできた彼女や友達からの通知音が執拗に鳴り響いたが、鬱陶しくなってあらゆる人たちをブロックして削除した。


ただ優奈さんを残して。

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