モラトリアム人間(2)

 しかし大学二年生の後期にあるゼミ配属で、蓬川さんと再び出会うこととなる。つまるところ、僕と蓬川さんは同じゼミに配属されたのだ。正直、僕は勉強熱心な人間ではなかったし、別にゼミに入らなくとも単位は取得することができるのだが、僕の学部(文系の経済学部である)の大多数がゼミ生になるという話を、同じ講義を受けるそんなに仲良くもない学生に訊いたものだからゼミに入ることにしたのだ。僕は何でもよかったのでそいつと同じ瀬見井ゼミに入った。


 瀬見井ゼミではマーケティング分析をテーマとして扱っており、企業が公開しているデータを整理・分析して課題を見つけてそれを解決するための施策を打ち出して発表するアリキタリなゼミだ。しかしいくら施策を打ち出したところで学生風情が発想できるアイディアなんて偉い人なら三秒で思いつくだろうし、もちろん現場の事情なんて知るはずもないので全く生産性のない活動をしているといっても過言ではない。


 そんな非生産的な活動を彩ってくれたのが先に述べた蓬川さんだ。だから彼女も瀬見井ゼミに入っていると知ったときには、にやけた自分の阿呆面を隠すことに一苦労だった。


 そして僕の幸福度メーターは最大値を観測することになる。三年の前期、班に分かれてゼミ課題に取り組むことになり、なんと僕は蓬川さんと同じ班になったのだ。もちろん僕と蓬川さんの二人きりの班ではなく四人班だったのだけれど、一人はサボり常習犯でもう一人は一年間イギリス留学に行くためにゼミ活動には参加できないとのことだった。つまるところ、どういう因果か分からないけれど僕と蓬川さんの二人きりの時間を謳歌できたのだ。僕達はゼミの放課後に必ず時間を取って参考文献を集めたり、資料化する上で最適なアウトプットの仕方など熱心に取り組んだ。その後に二人でよく食堂に行っていたので、傍から見たらデートしているカップルのように見えていたことは間違いなかった。


 しかし僕はもっと先の関係性になるための一歩を踏めずに苦悩していた。もし彼女にフラれてしまった場合、僕はまともにゼミ活動なんかできない。きっと彼女と顔を合わせる可能性がある全ての事象から逃避することになるだろう。そして一人取り残された蓬川さんだけでゼミ課題に孤軍奮闘で取り組まなければならない。僕のエゴのために彼女を困らせたくなかったのだ。だが、万が一にも蓬川さんが僕のことを想っていてくれていた場合、それを見す見す逃してしまうのは何と勿体ないことではないだろうか。僕は思考の袋小路から抜け出すことができず、蓬川さんと顔を合わせる度に悶々とした日々を送っていた。

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