王様の冠
藤泉都理
王様の冠
ねえねえ、王様。
また来たと思った王様はけれど律儀に窓ふき係の娘に問いかけた。
何用だ。
これを持って。
窓ふき係の娘は水の入ったカップを王様に差し出して、にこっと笑った。
今日こそはきっと、鍵が出てくるわ。
今日も出て来ない。
いいえきっと出てくるわ。
出て来ない絶対に。
王様は言ったが、窓ふき係の娘は聞かなかった。
論より証拠だと、王様は窓ふき係の娘から水の入ったカップを片手で受け取って、両の手で包み込むように持った。
窓ふき係の娘は息を止めて、水の入ったカップを見続けた。
おい、息をしろ。
ぷはあ。
窓ふき係の娘は王様に言われて止めていた呼吸を再開させた。
五分間、止めていた。
あ~あ、今日もだめだったかよし明日こそは鍵が出るから、どんまい気落ちしないでね。
永遠に出ぬと言っておろう。
出るよ。
窓ふき係の娘は断言した。
出るよ、絶対に。あの開かずの間を開く鍵が。冠婚葬祭に必要な王冠が眠るあの部屋を開けられるよ。
別に王冠などなくとも、現時点でも冠婚葬祭は滞りなく行われているだろう。
それはそうだけどでもやっぱり、王冠がないと。
王に見えぬ、か。
見えなくもないけど、やっぱりあった方がもっと嬉しさが増すよ。
別段、嬉しく感じずとも構わぬ。
王様。
ふん、王になど、望んでなったわけではない。
王様、そんな悲しいことを言わないで。私たち、王様が王様になってくれてすっごく嬉しかったんだよ。
すぐに次の王が見つかると思ったからだ。まさか、こんなに長く。いや。子どもに聞かせる話ではないな。
王様。
もう行け、仕事の時間だ。
うん、また明日。
ああ。
窓ふき係の娘を見送った王様は椅子から立ち上がり、王の間に存在している地下階段を降り、その先にある開かずの間の前で立ち止まると、鍵穴のある重厚な岩の扉に手を当てて軽く押した。
すれば、容易にその扉は開かれた。
その扉を通り過ぎて、独りでに点くろうそくの灯火に導かれるまま足を動かした先に、王様を待ち構えていたのは。
「早く帰って来いよ」
ばかあねき。
円卓の上に鎮座する王冠だった。
王冠は早くその頂におさめてくださいと言わんばかりに煌々と輝いていたが、王様は私は王ではないと吐き捨てては、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。
戦乱を一人の姫が収めたと国の者は誰もが口にするが、違うのだ。
二人の姫が収めたのだ。
妹と姉が。
姉が本当は王になるはずだったのだ。
最後の敵に呪いをかけられるまでは。
夢の中で鍵を見つけるまでは、眠り続けたままだという呪いをかけられるまでは。
目覚めない限り、妹以外誰も姉の存在は忘れ去られたままだという呪いをかけられるまでは。
姉が王になるはずだったのだ。
「早く帰って来いよ、ばかあねき」
一時的に王になっていると思っている妹は、王冠の前に置かれた真っ白な寝台の上で眠っている姉の手を握った。
温かかった。
当たり前だ、生きているのだから。
「鍵、あねきが眠ったままだから、王冠が待ち切れなくて、出しちゃっただろ。早く、鍵、見つけろよ」
妹は泣かなかった。
姉が起きた時に盛大に泣くと決めていたからだ。
だからそれまでは我慢するのだ。
絶対に。
「国民を、いつまでも不安にさせるなよ。ばかあねき」
国民を安心させる為に、本当はこの頭に王冠を乗せた方がいいと、本当はわかっているがそれでも。
「早く見つけて帰って来い」
妹は手を腹の上に戻すと、背を向けて歩き出した。
力強く。
本当の王様が帰って来るまで、偽りの王様を演じ続けるのだ。
「あ、王様。王様。ごきげんよう」
「だから、いつまで私を王様と呼んでいるんだ。王様はこの方で私は王様ではないと言っているだろう」
「だって、王様は王様だもん。その証拠に、ほら。王冠が頭に乗ってるじゃない」
「これはおまえが作った偽物のって。王様。耳を引っ張るな」
「偽物じゃないでしょ。あなたも王様なのだから」
「姉。いえ、王様。王様は一人だけです」
「いいじゃない。二人いたって。ねー」
「はい。二人とも王様です」
「王様は一人だけです。私は王様の補佐役です」
「「わからずやー」」
「ほら。王様もおまえも仕事の時間ですよ」
「「はーい」」
「伸ばさない」
「「はい」」
仲良く手を繋いで歩き出した王様と窓ふき係の娘を後ろから見つめていた王様の補佐役は、そっと頭の上に乗せている偽物の王冠に触れては、微笑んだのであった。
(2023.11.4)
王様の冠 藤泉都理 @fujitori
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