走れ。感情の叫ぶままに。

@Kaguragi54

第一話:その男、逃亡者。

──────ある年、一つのニュースが世界を震撼させた。

その内容とは、ロシア西部のある町外れの林の中で、一人の少女がというものだった。

そして、それを切っ掛けとしたかのように世界各地で少年少女らが『空を飛ぶ』『怪力を発揮する』などの超能力に覚醒。世界各国の機関が挙って研究に乗り出した結果、これらの能力は『思春期』を迎えた少年少女の『強い願い』を切っ掛けとして発生することが判明した。『能力』は「情動により齎された新たな身体機能」──────『情動機能エモーショナル・アビリティ』と呼ばれるようになり、今まで無かった代物故に社会は法規制などで一時期混乱するも、直ぐに収束した。

 

そして、最初の『情動機能』が発見されてから五十年の時が流れた。

 

 

 

「……はぁ。どーすっかなぁ」

 

今年16歳になった男子高校生、早蕨さわらびしょうは、教室の自分の席で一枚のプリントを眺めながらため息をついていた。そのプリントは高校生が一年目の夏頃から考えていかねばならず、将来を大きく左右することになるもの──────文理選択であった。

将来に向けての展望などない。やりたいことも別にない。

得意な科目もどっちつかず。理系を取るほどにその分野が得意なわけでもなく、その逆もまた然り。日々を何となく生きて、何となく終える。ただその繰り返しだった。

 

『──────ダメな子』

 

一瞬、脳裏に過ぎった声に顔を顰める翔。それは翔がなってしまった根源であり……今なお彼を苛む、未だ消えぬ呪いだった。

 

「『機能アビリティ』でも目覚めりゃ、なんか変わんのかねぇ……」

 

『情動機能』。心の底からの願い、欲求でのみ覚醒する人の身に過ぎた力。……しかし。日々を何となく生きているだけの人間である翔は、その在り方故に『覚醒』の引き金になるような強い欲求を抱けない。……いや、翔に限った話ではないだろう。多くの人間は、心の底からの願いなど抱けない。それが生み出す『熱』は魂を焦がし、心を灼くものだと無意識で理解しているが故に。……だからこそ、『情動機能』が目覚めることなど普通は有り得ない。……裏を返せば、普通でなければ目覚めることがあるわけだが。それが状況であるにしろ、人にしろ、環境にしろ。

 

「──────あっ」

 

その時。窓の外から吹き込んだ風が、雑に持っていた文理選択のプリントを巻き上げた。

風に押し流されたプリントはそのまま流され、休み時間故に開いていた教室の扉を抜けて廊下へと押し出される。

ツイてない。そんなことを考えて心の中で小さく舌打ちをしながら、プリントを取ろうと席を立ったその時。

 

「……うん?」

 

そのプリントを、一人の生徒が手に取った。背の高い、綺麗な亜麻色の髪をした少女。少女は感情の発露が薄い顔で、辺りを見回し……翔に目を向ける。

 

「……これ、貴方の?」

 

「え、あ、そうだけど……」

 

「そう」

 

少女は表情を一切変えることなくそう言ってプリントを翔に渡すと、そのままどこかへと立ち去っていった。数秒ほど彼女の背を見る翔だったが、プリントも回収出来たので大人しく席に戻った。今度は風で飛んでいかないように、筆箱を文鎮代わりにプリントの上に乗せる。改めて面倒な未来といういつかの現実と向き合ったせいで憂鬱になった翔の耳に、クラスメイトの声が入ってきた。

 

「神崎さん、クールでかっこいいよねー」

 

「人によっては表情が無さ過ぎて不気味らしいけど、私はかっこよくて好きだなー」

 

クラスメイトの女子の言葉に、翔はさっきプリントを渡してくれた少女の苗字が『神崎』であることを思い出した。……が、まあ落としたプリントを拾ってくれた程度。今度会ったらお礼を言おう程度に記憶に留めるのだった。

 

 

 

そして、学校も終わり夕方。空が夕焼けの橙に夜闇の黒が混ざった紫に染まった頃。なるべく家にいたくなかった翔は、ギリギリまで学校に居座ることで帰宅時間を遅らせていた。

 

『もっと出来るはず』『俺たちの子だろう』『何故出来ないんだ』『出来損ない』『無能』。

 

男女のそんな声が頭に響き、顔を顰めて耳を塞ぐ翔。激しく頭を振り、脳裏にへばりついた汚泥のような呪詛を散らす。それにより少しは気が楽にこそなるも、残滓のような言葉がそれでも心を苛み穢していく。

 

──────誰もいない、誰の手にも届かない。誰も関わって来ない。……そんな場所に行きたい。

 

そんな言葉が翔の口から洩れる。わざと家路を遠回りしたり、意味もなくぐるぐると同じ場所を通ったり。……それが、翔の運命を分けた。

ため息をつきながら、黒く染まり切る手前の空を見上げたその時。

 

「──────?」

 

何かが、見えた。鳥?いや、違う。飛行機?それも違う。空に見えた影は、瞬く間に大きくなり──────。

 

金属が歪み、ひしゃげ、潰れる音と共に大きな何かが降って来た。余りの轟音に、翔は思わず耳を塞ぎ身を竦めた。その大きな何かはもぞもぞと動くと、身を起こした・・・・・・。

 

「……ひっ」

 

か細い悲鳴が口の中で弾けて消える。しかし、その声が聞こえてしまったのだろうか。降って来た『それ』は、頭をぐるりと翔の方に向け──────にたり、と。笑みを浮かべた。

 

「『情動犯クリミナル』だあああぁぁぁっ!!!」

 

どこかからその声が響いたが早いか、翔が走り出したのが早いか。それは分からないが、少なくとも翔が弾かれるかのようにその場から逃げ出したのは間違いなかった。

 

──────『情動犯クリミナル』。正式には『情動犯エモーション・クリミナル』であるが、如何せん長いので世間では一般的に『クリミナル』と呼称されて犯罪者と区別されている。……つまり、『情動犯』は通常でない犯罪者ということだが。

その特徴は、『情動機能』を利用して犯罪を行うこと。何せ五十年前まで存在しなかった、人間の新たな『機能』である。子供が新しい玩具を手に入れれば遊びたがるのと同じであり、しかも玩具とは異なり人間の持つ一つの『機能』。やろうと思えば呼吸をするように振るえるものを手にすれば、人は欲を出す。そうして傷害や強盗などに手を出した犯罪者──────それが、『情動犯』だった。

 

「っ、こんなのに巻き込まれるんなら、大人しく帰っときゃ良かったッ!」

 

面倒なアイツらも、こうやって殺しにくるヤバいのに追いかけ回されるよりはずっとマシだろう。そんなことを考えるも、こうして出くわして追いかけ回されている以上どうしようもない。『情動犯』である男の血に飢えた獣のような哄笑が背後から響いてくるのに冷や汗を流しながら、狭い路地を通る、道の脇にある看板を投げつけるなどして妨害しながら少しでも遠くへと走る。そして、道を抜けて大通りに飛び出す。……その瞬間。

 

「見いいいいいつけたあああああっっっ!!!」

 

真横からの巨拳に打ち据えられ、その身体は木枯らしの中の枯葉のように吹き飛ばされた。地面を二、三度跳ね、コンビニ前の自転車をなぎ倒しそのままコンビニのガラスをぶち抜いた挙句、更に棚を倒してようやく停止する。咄嗟のことで反応も知覚も出来なかった翔の脳に、数秒遅れて全身の鋭い痛みが伝わり地獄のような感覚に襲われる。

 

「がっ、ごぼっ、ごほっ……」

 

込み上げる感覚と共に血反吐をぶちまけた。なぎ倒された棚にあったのだろう、数冊の雑誌が吐き捨てられた血溜まりに沈み赤く染め上げられる。視界が暈けて、震えが止まらない。直面した想像を絶する苦痛と死への恐怖に、翔の目に涙が零れる。それだけではない。吐き気もあるのだろう、嗚咽と嘔吐が入り交じった濁った声が店員すら逃げ出したことで翔以外の人影がない店内に響く。

 

「なんだ、殺し損ねたかぁ?」

 

狂気と愉悦に穢れた声が近付いてくる。痛みと恐怖で動かない身体を叩き潰す悪意が迫り来る中、死を予感し目を瞑る翔。そして、『情動犯』の男が拳を振り上げたその時──────。

 

「はーい、ストップ」

 

男と翔の間に一人の青年が割り込み、さながら盾を装備しているかのように腕を構える。

 

「──────『剛身外装リジッド・スケイル』」

 

拳が振るわれ、青年の腕に叩きつけられる。並の人間なら丸めた紙切れのように吹き飛ばされる一撃。しかし──────。

 

「──────は」

 

青年は微動だにしなかった。僅かに腕が沈むように動いた程度で、少なくとも青年が下がることはなかったのだった。

 

「俺ちゃんの『』を破るにゃ、ちぃと力不足だにゃあ」

 

その言葉と共に、男の懐に潜り込んだ青年が攻撃を受け止めた腕とは逆の腕を男の鳩尾に捩じ込む。その苦痛と不快感に男の顔が歪む中、追撃の回し蹴りが横面に炸裂。それが直撃したことで、三半規管がやられたのだろう。足元がおぼつかなくなり、地面に数歩後ろに下がったところで瓦礫へと倒れ込む。

 

「っし、兄ちゃん大丈夫……じゃあねぇよなぁ」

 

青年が振り返って、翔に目を向ける。事実として翔はボロボロ、辛うじて骨折のような大怪我こそないものの、全身を打撲と擦過傷で覆ったかのような有様だった。

 

「ちょいと失礼」

 

青年はそう言って、翔の肩や腹を軽く押し込む。身体に鈍い痛みが走り、反射的に呻き声が漏れる。

 

「……とりあえず救護班呼んどくかぁ。骨は折れてねーだろうが、多分内臓に結構なダメージ入ってんね。血ィ吐いてるのと痣の場所からして、胃のあたりかなぁ。意識あるー?」

 

懐から携帯端末を取り出し、操作しながら青年が翔に話しかける。その問いかけに辛うじて返事をすると、青年は倒れ込んだ姿勢の翔をなるべく痛まないように配慮しながら座らせるように起こす。

 

「とりあえずあのデカブツは──────おっと、こりゃヤバい予感」

 

呟きが途中で断絶する。翔が目を向けると、青年が先程蹴り飛ばしたはずの男が顔を押さえながらも、と立ち上がってきたのだった。

 

「うっわ、タフぅ。こりゃ俺ちゃんにはちと渋いかねぇ」

 

ケラケラと笑う青年。蹴り飛ばされた怒りか、咆哮の後に青年へと襲いかかるが──────。

 

「たいちょー、ヨロ」

 

「お前マジでその軽いのやめろって。威厳なくなっちゃうだろ」

 

その言葉と共に、新たな影が現れる。影は男の側に現れると、何かを一振り。そしてすぐさま青年の隣に移動する。……余りの速さに翔の目には何が何だか分からなかったが、少なくとも『何をしたのか』に関しては三秒後に理解出来た。

 

ずるり、ごとり。

 

「……お、俺の腕があっ!?」

 

そう。『たいちょー』と呼ばれた人物は、男の腕を斬り落としたのだ。しかも傍から見ていた翔にも、斬られた本人である男にも腕が落ちるまで気付かれなかった程の早業で。

 

「ナイスたいちょー」

 

「作戦行動中はちゃんとしろ」

 

その言葉と共に青年にチョップが入る。『たいちょー』と呼ばれた男は、灰色のコートを身につけた薄く髭の生えた男だった。青年より少し年上だろうか。軽薄な態度の青年にため息をつくと、口を開いた。

 

「今回の『情動犯』の『機能』、覚えてるか」

 

「筋力強化でしょー。……商店街こんなに荒らし回っちゃって。あ、あそこのコロッケ美味しかったのに。ひっでぇ」

 

「……任務に集中しろ。奴の『機能』は『筋増治産ブースト・リゲインド』。性質は二つだ。一つはお前の言った通り、筋力の強化。そして──────」

 

その言葉と共に、血がとめどなく零れ落ちていたはずの男の腕が、蠢いた。

 

「──────欠損すらも治癒出来るほどの回復力」

 

ぐにゅり、ずぶり、ぐちゃりという音と共に男の腕が。そして、再生が終わる頃には……先程よりも太く、強いものへと変化していた。

 

「そうだッ!俺の『機能』は『強化』と『再生』!傷ついても治り、より強い身体に成長する!」

 

狂気に染まった笑みを浮かべて吼える男。びりびりと腹の奥が震える感覚に、翔は恐怖する。

 

「(んだよ、これっ……何でこんな目に合わなきゃいけないんだよ!)」

 

「奴は『機能』である『再生』と人体の反応である『超回復』を組み合わせている。奴が拳を振るい、自傷したとしてもその傷を治しより強くなる……放っておくと手がつけられんな」

 

『たいちょー』の言葉など、翔にはどうでもよかった。青年も、進路も、選択も。あらゆる全てが、何もかもどうでもいいものだった。

 

──────逃げたい。

 

初めて『逃げた』のは、中学一年の冬だった。

 

──────何故こいつにこんな目に遭わされなければならない。

 

呪いの言葉から、逃げ出したあの日。翔は抜け殻のように生きながら死んだ。生物としての代謝を成しながら、生物として当然の目的を失った。

 

──────もう、全部どうでもいい。全てを置き去りにして逃げ出そう。

 

ただその場しのぎの惰性で存在するだけの人でなし。生まれてから十二年間の全力疾走の余韻だけで生物の体をなしているでく人形。それが、早蕨翔という人間だった。

 

──────そうだ、逃げればいいんだ。絶望も、希望も、善も、悪も。光も闇も正しさも間違いも未来も過去も勇気も無謀も臆病も何もかも届かないような場所へ。

 

カチリ、と。翔の中でピースが嵌る。惰性で生きていたが故に、逃げることすらも惰性だったでく人形の中に火が灯る。何が『情動機能』だ。何が『情動犯』だ。とめどない衝動が堰を切ったようにぶちまけられ、残った何かが感情と本能に染まっていく。

翔の脳内でアドレナリンが壊れたダムのように放出され、痛みが引いてゆく。……いや、知覚出来なくなっただけか。

心做し違和感のある身体を引き摺り、立ち上がる翔。それを見た青年と『たいちょー』は目を見開くも、間髪入れずに同じく立ち上がる翔を目にした男が叫ぶ。

 

「こいつらは後回しだァッ!まずはお前の脳漿ぶちまけて、イカした死体に変えてやるよッ!!!」

 

そう叫び、男が先程よりも大きく上回る速度で突っ込んでくる。恐らく何処かのタイミングで足の骨や筋肉にダメージが入っていたのを強化再生したのだろう、青年と『たいちょー』が一瞬にも満たない時間とはいえ反応に遅れる。それでも、そのごく僅かな時間は男が拳を振るい人を殺すには充分な時間。──────だが。

 

「『情動機能エモーショナル・アビリティ』──────」

 

 

 

「──────『逃争奔皇グレート・エスケーパー』」

 

それよりも速いものが、そこにはあった。

次の瞬間、翔の姿が掻き消える。目標を失った拳は空を砕き、その勢いのまま酒類の棚へと突っ込む。瓶や缶が砕けていく騒音が響きながらも、三人は同じものを探していた。……消えた翔である。そんな中、辺りを見回す三人の耳に足音が届く。一斉にその方向を見ると、そこにはレジを足蹴にしながらサッカー台に立つ翔の姿が。いつの間にそこに移動したのかという疑問が過ぎるが、男にそんなものは関係ない。今度こそ翔を殺そうと、男が棚を商品ごとぶん投げる。男の筋力から生み出される速度で投げつけられれば、死を回避したとしても重傷は免れない。……しかし。

 

「……アァッ!?」

 

「消えた……いや、高速移動か」

 

「みたいっすね……あ、あそこ」

 

サッカー台から姿を消し、今度は店の外に現れる。脳内麻薬たるアドレナリンでも消しきれなかった痛みか、腹を押さえながらではあるが。

 

「ちょこまかと……ぶっ潰れろッ!!!」

 

自慢の拳が当たらない苛立ちか、周囲を手当たり次第に破壊しながら突き進む男。それを視界に入れた翔は、嫌そうな顔をして『機能』を行使する。

 

「『逃争奔皇』、発動」

 

その言葉と共に、翔の身体が強化される。強化される要素は脚力・動体視力・反応速度の三つ。翔の視界の中の全てが強化された動体視力により減速し、反応速度と脚力の強化により射線から逃れその場から数十メートル離れた商店街の入口へと辿り着き……『機能』が解除される。その瞬間、『翔の世界』が元に戻り相対的に加速。翔からすれば、さながら解除した瞬間に加速したかのような感覚で男がコンビニの向かいにある店に突っ込んだ。ショーウィンドウのガラスが砕ける耳障りな音に顔を顰めつつ、再度『逃争奔皇』を行使しようとする翔だったが──────。

 

「……あ、れ?」

 

両足の力が抜け、その場で膝をつき崩れ落ちた。……ボロボロの身体で何度も『機能』を行使したツケを払う時が来たのだ。アドレナリンで痛みこそ誤魔化せたとしても、肉体のダメージと疲労はどうにもならない。次第に脳内麻薬アドレナリンによる全能感も消え、痛みが忍び寄るかのように増していく。

 

「手間掛けさせやがって……死ねェッ!!!」

 

動けなくなった翔に狙いを定め、突き進む男。咄嗟に青年と『たいちょー』が割り込み、男の前に立ちはだかる。

 

「『剛身外装』ッ!!!」

 

「『断絶身刃エクスティンクト・エッジ』ッ!!!」

 

青年が男の突撃を受け止め、停止した一瞬を狙い『たいちょー』の刃が男の両腕を断ち切る。……しかし。

 

「ッ、たいちょー!流石に無理!」

 

肥大化した筋肉と骨の重量に押し負け、青年が弾き飛ばされる。両腕が切り落とされてなお、これまでの自傷による超再生の強化が上乗せされた筋肉の魔獣とも呼ぶべき大質量が、砲弾の如く翔へと突き進む。もはやこれまでかと翔が覚悟を決めたその時──────。

 

 

 

「『権能簒奪グリード・スティーラー』」

 

その巨体が、。まるで、『機能』そのものがかのように。

 

「……へ?」

 

「……あ゛ぁ!?」

 

いつの間に現れたのだろうか、男の腕に触れている。翔は知っている。その少女を。というより……つい数時間前に、見たことがあるのだから。

 

「……かん、ざき?」

 

疑うような、訝しむような、混乱するような声が自然と翔の口を衝く。……それが届いたのだろう、亜麻色の髪の少女……神崎かんざき雪華せつかは翔に僅か二秒ほど目を向けてから、男へと視線を戻す。

 

「ッ、何しやがった、アマァッ!!!」

 

「何だっていいでしょう。『権能簒奪』──────『筋増治産』」

 

その言葉と共に、雪華の拳が男の顎を打ち抜く。それにより脳が揺れた男は脳震盪を引き起こし……その場に倒れ込み、その意識を失った。

 

「……ふぅ」

 

一撃で男を仕留めた雪華は、一息ついた後に改めて全身ボロボロで地面に倒れ込んでいる翔へと目を向ける。

 

「……貴方は、確か」

 

薄れゆく意識の中、ふと翔の口から飛び出た言葉は。

 

「プリ、ント……ありがと」

 

何故か、学校で落としたプリントを拾ってもらったことへの感謝だった。それに対しての雪華の反応を瞳に映すことなく、翔の意識は闇に沈んでいくのだった。

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