第16話連続障害事件

 「大変だ。御局が大怪我をした。」

「図書館の棚が倒れて、本棚の下敷きになったらしい。」

「どうしてお局が図書館なんかにいたんだ?。本を読むようなタイプじゃあないだろう。」

「最近ひらめき課のぶりっ子聖子と揉めていたらしい。」

「え?。じゃあ、聖子がわざとケガをさせたってこと?。」

「ありうる。ぶりっ子聖子って、性格悪そうだし。」

「いや、性格の悪さだったら、お局の勝ちだろう。」

昨日の夕方の事だった。

ひらめき課では先ほど朝番のめぐみが帰宅したために、岩田が一人で作業していた。

その際、いきなりドサッと大きな音とともに、軽い振動が感じられた気がした。

急いで、図書館に向かうと、なぜか本棚が倒れていて、分厚い本が散乱しており、その下敷きになったお局を発見した。

「しっかりしてください。意識はありますか?。何があったんです?。今救急車を呼びます。」

岩田は急いでスマホを取り出し救急に連絡した。

「天の事業(株)の図書館で本棚が倒れて、その下敷きになった女性が気を失っています。高齢のため骨折の恐れがあります。至急、救急車をお願いします。」

お局は近くの病院に入院した。

検査の結果、肋骨と、手の骨が折れていることが判明。

年齢のせいか骨が脆く、本の重さだけで骨折となったらしい。

筋肉に守られた岩田が同じような衝撃をうけても、決して骨折には至らなかっただろう。

次の朝、早速、めぐみと白木課長は高杉とキララを図書館に呼んだ。

白木課長の指示で、岩田は事故現場の写真を撮り、高杉に送っただけで、図書館のものには手を触れないようにしていた。

「落ちた本を見ると、分厚く重い本がの一番上の棚に置いてあったように見えるが、この本棚の配置を覚えているかい?。」

「もちろん、重く厚い本は下の棚に置いてあったよ。」

「やはり、誰かが本棚が倒れやすいように本を移動したようだ。」

「あれ?。ここ、なんかこすれてない?。」

「ここに紐がむすばれて、誰かが紐に躓くと本棚が倒れるようにしてあったようだ。」

「でも、今紐がないよ?。犯人はいつ紐を外したんだろう?。」

「本棚が倒れた後、岩田がここに来る前に、犯人が紐を外して持ち去ったんだろう。」

「聖子が犯人だっていう噂が広まっているけど?。」

「この前、女子ロッカーで派手にもめたせいだろう。そういう噂が出たら、否定しておいてくれ。その件は白木課長が仲介に入って、既に和解済だと言うんだ。」

倒れた本棚と散らばった本は、岩田とめぐみの二人で、さっさと片づけた。

それを見ながら高杉は、

「犯人は二人組かも知れない。」

と、呟いた。


「失礼します。お見舞いに来ました。」

真っ先にお見舞いに行ったのは高杉だった。

「あなた、確か幸福の女神課の貴族様。どうして、私のお見舞いに?。この間のことで、まだ言いたい事があるの?。」

「いいえ、あなたがケガを負った理由を知りたくて来ました。図書館で本棚が倒れた時、不審なものを見ませんでしたか?。」

「私はただ図書館を歩いていただけだったのに、いきなり何かに躓いて転んだら、本と本棚が私めがけて落ちてきて。気を失ってしまったから、後の事は知らないわ。」

「躓いた?。なにに躓いたかおぼえています?。」

「何かわからないけど、たぶん足首に何かあたったような気がする。」

「どうしてあんな時間に図書館に行ったんですか?。」

「そんなこと、あなたに関係ないでしょ。本を借りに行ったに決まってるでしょう。」

「本の貸し出しは定時内ですよね。あの時間は貸し出ししていない。」

「しらなかったなよ。」

「じゃあ、これはなんです?。」

高杉の手には、お局が入院するときに着ていた上着のポケットから取り出した、ラブレターがあった。

ラブレターには『自分はあなたの事が好きなので、その気持ちを伝えたい、今日の夕刻図書館で会いたい。』という内容が書いてあった。

「人のものを勝手に!。非常識でしょう!。」

「すみません。しかし、事故が故意に仕組まれたのでしたら、犯人を探し出す必要がありますから。」

「つまり、この手紙をくれた人が、私にわざとケガをさせたっていうこと?。」

「ええ、そう考えられます。」

「酷い!。肋骨と手の骨を折られたのよ。きっと、ひらめき課のぶりっ子聖子がやったんだわ。この前の事を根に持って。」

「いや、彼女は、白木課長と一緒にあなたに和解に行きましたよね。」

「それはそうだけど、じゃあ、誰かしら?。」

「あなたにいじめられた誰かかもしれません。思い当たることがあったら、話してください。」

「私は人をいじめたりしていません。たしかに、私生活が乱れている人などに注意をすることはありますけど。きっと、それを逆恨みされたのでしょう。」


「結局、お局は自分がいじめた人達のリストを作るのを拒否したの?。」

「ああ、ただ、周りの人たちに聞いたところ、お局がいじめるのは、自分が大柄で太めなのを僻んでいるせいなのか、小柄で細めの女性が多いという事だ。」

「それって、なにか関係ある?。」

「重い本を移動したり、本棚が倒れるように細工するには、小柄で細めの女性は不向きだっていうことさ。」

「犯人は男性ってこと?。」

「ああ、大柄で力が強い者でないと、あの細工は難しい。」

「でも、岩田さんに聞いたけど、あの時不審な人は見てないって。」

「まあ、あんなにひろい天の図書館なら隠れる場所はいくらでもあるし、犯人を捕まえるのは難しいだろう。」

「お局を誘い出した、ラブレターは証拠にならないの?。」

「ああ、ワープロでA4用紙にうってあった。あれでは難しい。」

「ラブレターはどうして渡したの?。」

「お局の机の中に入っていたそうだ。資材課の連中にも、不審人物を見なかったか尋ねたが誰も見ていないようだ。」

「変ね?。他の課の人が入ってきたら、目立つでしょう?。誰も覚えていないなんて。」

「資材課でお局に恨みを持ってる人はいないの?。」

「いや、お局は仕事は出来るらしくて、資材課の連中からは嫌われていないんだ。」

結局、この傷害事件は未解決のままになってしまう、誰もがそう思っていたのだが。

数日後、別の事件が起きた。

「食堂のコックが冷凍庫に閉じ込められたそうだ。」

「食堂のコックが帰ってこないのを心配した、食堂のおばちゃんが探しに行ったら、頭をなぐられて気絶して、凍傷にかかる寸前だったらしい。」

「危機一髪のところで発見されて、病院に収容されたらしい。」

「冷凍庫は6桁の番号を入力する電子ロックドアだろ。番号は食堂の関係者しか知らないはずだろ。」

「そう聞いてる。6桁の番号も定期的に変えて管理してるって。」

「この前のお局の事故となにか関係あるのか?。」

もちろん、高杉は病院にお見舞いに出かけた。

今回は、めぐみも一緒だった。

めぐみは、食堂のおばちゃんばかりではなく、コックとも仲が良かった。

「幸福の女神課の高杉です。今回は大変な目にあいましたね。」

「おじちゃん、大丈夫?。心配したよ。頭を殴られたんだって?。その上、冷凍庫で気絶してたなんて。」

めぐみが心底心配している様子に、コックは気をよくしたらしく、気さくに答えた。

「ああ、死にかけたよ。おしゃべり好きなあのおばちゃんが探しに来てくれたから、何とか今生きてるけどね。」

「頭を何者かに殴られたとか?。」

「ああ、刑事さんとも話したんだけど、木の棒で殴られたみたいだ。俺が倒れた場所に捨ててあったんだって。」

「木の棒に特徴は?。指紋がありましたか?。」

「工事に使うふつうの木の棒で、指紋はなかったらしい。犯人は手袋をしていたって刑事が言ってた。まあ、冷凍庫の中に入るんだったら、手袋くらいするだろう。」

「犯人は見なかったんですね。」

「ああ、明日食堂で使う材料を、うつむいて籠に入れてるときに後ろから叩かれたから、犯人は見ていない。」

「不審な物音や、いつもと変わった事などありますか?。」

「俺は、耳が悪いから音も聞こえなかったし、変わったことなんかに気が付かなかったよ。」

「ドアについている電子ロックの6桁の番号は食堂関係者しか知らないんですよね。」

「ああ、それに、三日前に番号を変えたばかりだった。」

「資材課のお局をご存じですか?。」

「いいや。俺はコックだから、天の事業(株)で働いている連中のことは知らない。ここにいるめぐみちゃんだけだ、知ってるのは。米俵を運んでもらってるからな。」

「誰かに恨まれる覚えはありませんか?。」

「俺は口が悪いから、食堂のおばちゃん達ともよく口論になるが、殺される覚えはないな。」

「食堂の女性が心配して冷凍庫を覗きに来てくれたから、助かったけれど、そのままだったら危なかったですね。」

高杉の言葉にめぐみがすぐに反応した。

「あのおばちゃんとコックのおじちゃんはラブラブだもの、戻るのが遅かったら、すぐに心配して、探しに行くよね。」

めぐみの言葉にコックは照れながら言い訳した。

「何言ってるんだ。そんなんじゃねえよ。ただ、俺は短気だから何をするにも、パッパと済ませるから。時間がたっても戻って来なくておかしいと思ったんだろう。」

高杉とめぐみは食堂にも行ってみた。

「おばちゃん、コックのおじちゃんを見つけた時、誰かとすれ違わなかった?。」

「いいや、誰もいなかったよ。あんなところ、食堂の関係者しか通らないしね。」

「もし、発見が遅れていたら大変なことでしたね。」

と、高杉がそう言うと、

「あいつは、短気で、やることがなんでも手早いのに、時間がかかったから、発作でも起きて倒れたのかと思って見に行ったのさ。ほら、急に冷たい所に入ると血圧のせいで倒れる人がいるじゃないの。倒れてるのを見て、びっくりして、襟をつかんで引きずって、外に出したんだよ。そしたら、頭にケガしてるのが見えて。冷凍庫の中は薄暗いから、気が付かなかったよ。」

食堂のおばちゃんは興奮して、身振り手振りで説明した。

「コックさんは、誰かから恨まれているようなことはありませんか?。」

「あの人は口が悪いからね。でも、心根は良いって、皆解ってるとおもうけどね。」

おばちゃんの言う通り、食堂関係者に聞いたところ、コックに恨みを持っているような人物は特にいないようだった。

この事件も手掛かりがなく、担当刑事もまったくお手上げだと、食堂のおばちゃんにぼやいていたらしい。

ひらめき課に戻って、高杉とめぐみは白木課長とキララにコックの話を報告した。

「コックは冷凍庫の中で、作業中に頭を殴られて気絶した。犯人は見ていない。時間がたてば凍死した可能性があるが、食堂の女性が心配して見に来て、倒れているコックを外に引きずって出し、救急車に連絡。入院した。検査結果は頭の傷以外は特に問題なしという事だ。」

「どうしてこんなことが起こってるのかな?。もしかしたら、竜崎相談役の陰謀とか?。」

「それはないだろう。偶然か?。連続傷害事件なのか?。それにしても、手掛かりがなさすぎる。」

そして、また次の事件が起こった。

「今度は、善悪カウント課のハゲのほうが、殴られたんだって。」

「男子トイレで、袋をかぶせられてから、頭を殴られて、掃除用具入れに閉じ込められてたんだって。」

「一瞬気絶したらしいが、すぐに気が付いて、ドアをたたいたから、通りかかった奴に助けられたらしい。」

「入院してないのか?。」

「ああ、血が出ていたから、医務室で、止血してから病院で検査を受けたけど、よっぽど石頭だったのか、異常なしで帰されたんだって。」

早速、高杉とめぐみが善悪カウント課を訪れた。

彼のハゲ頭には大きな絆創膏が貼られていた。

「おじさん、ケガは大丈夫?。」

「ああ、君か、力持ちのめぐみちゃん。僕を心配してくれたの?。ええと、こちらは?。」

「幸福の女神課の高杉といいます。今回の連続傷害事件について、独自に調べています。」

「ああ、高杉さんですか、それで何か?。」

「犯人を見ましたか?。」

「いや、見てないよ。あのとき、ワイシャツにインクをこぼしちゃって、大慌てで洗ってたんだ。汚して帰ると、ワイフに怒られるもんだから。」

「匂いとか、変な音とかに気づきませんでしたか?。」

「気づかなかったね。耳がわるいから、音もきこえにくいし、鼻だっていいほうじゃないから、インクと石鹸のにおいしかしなかったと思う。」

「何で殴られたんですか?。」

「トイレの入り口に誰かが忘れた傘が置いてあったらしい。それに僕の血がついていたそうだ。」

「袋をかぶせられてから、殴られたんでしたね。」

「そう、その忘れ物の傘、スーパーの白い袋に入れてあったんだって。その白いビニール袋をかぶせられて、その後に殴られた。顔を見られないようにしたんだろうって、刑事さんが言ってた。」

「なぜ掃除用具入れに閉じ込められたんでしょうね。」

「すぐに、追って来られないようにかな?。僕が石頭って知ってたのかな?。ちょっと解からないな。」

「おじさん、まだ頭が痛い?。なにか、私に出来ることがあったら言ってね。」

「もう痛くはないけど、傷が治ってないからね。黴菌が入らないように、念のため絆創膏を貼ってるんだ。めぐみちゃんだけだよ、心配してくれるのは。ワイフなんか『毛が無いのにどうしてケガしたんだ?。』ってからかうんだ。」

高杉とめぐみがひらめき課に戻ると、キララと白木課長が待っていた。

「今回も手掛かりなしですか?。」

「そうなんですよ、白木課長。まったく行き当たりばったりに犯行を繰り返して。何の手掛かりも残さない。指紋も出てないそうです。手袋をはめているらしい。どうやって犯人を捕まえたらいいのか、さっぱりわかりません。」

「犯人の目星もつかないし、お手上げね。」

キララの言葉に高杉が中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

眼鏡がキラッと光った気がした。

その姿にめぐみはドキっとした。

「まさか、高杉君、犯人の目星がついているのかい?。」

「ええ、白木課長。犯人は透明人間です。」

「高杉君、冗談を言っている場合ではないよ。」

「いえ、犯人の目星はついているんですが、動機がよく解らないんです。でも、これ以上けが人が出ると困るし。何か手を打つ方法があるかどうか、考えてみます。」

「そういえば、SNSを見た?。総務の課長が監督不行き届きで責任問題になってるって。」

「本当か?、めぐみ。」

「うん、外部犯にしろ、内部犯にしろ、総務課が警備の監督をしているから、総務課長の監督不行き届きになるんだって。でも、どうしてなのかな。警備課ってないの?。」

「めぐみは何もしらないのね。警備員も総務が監督してるし、警備に使う防犯カメラなんかも、総務課の管轄なの。相談役室の前のセキュリティーの人も、総務課所属よ。」

物知りのキララが説明した。

高杉はスマホを取り出し、友人である総務課の長谷川にいくつかの質問をした後、知り合いの刑事に連絡をいれた。

「なぞはすべて解けた。すぐに警察が来るだろう。」

高杉が中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

眼鏡がキラッと光った気がした。



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