第15話ひらめき課の挑戦

 前回仕様変更を行った、ひらめきキーワードを送る作戦は成功をおさめ、ひらめく時間が短縮された。

それに触発されたのか、岩田が

「ひらめき件数を増やすために、ひらめき課が出来ることがあるのではないでしょうか。」

と、言い出した。

岩田は長谷川とのジム通いの成果で、ゴツゴツして寸胴だった体形に、くびれがついた。

その上、長谷川に認めてもらおうと髪型や服装も変えて、化粧までする努力が報われ、長谷川との婚約が決まって、公私ともに充実しているようだった。

「岩田さん、いいことに気が付いたね。ひらめきを磨くなら、ライフスタイルからとりくまないと。適度な運動、バランスのとれた食事、リラックスできる環境。自然と触れ合ったり、新しいことの挑戦したり、アートにふれるのもいいわ。でも、それって個人の努力ってことでしょ。ひらめき課で出来ることがあるのかな?。」

「ひらめきの大切さを知らなかったり、どうしたらひらめくことができるのかわからない人が沢山いますよね。その人たちに、ひらめきは大事だという事や、どうやってひらめくのか教えることができませんか?。」

「そうね、ひらめきに成功した人たちに、自分の体験を語ってもらうことはできるかもしれない。ひらめいた人たちのデータが残っているから。」

「ひらめきに成功するまでが、ひらめき課の仕事ではなく、ひらめいた後もフォローすることが必要になりますね。」

「いいこと言うわね、岩田さん。早速、白木課長に相談しましょう。」

二人が話していると、ひらめき課に突然、白鳥が入ってきて、いきなり話し始めた。

「めぐみさん、今日もあなたは美しい。僕のためにおしゃれしてくれているんだね。いや、何も言わなくていい。君の気持ちは解っている。もう、君の仕事が終わる時間だろう。二人で食事に行こう。さあ、支度したまえ。」

「私あなたの事なんか、何とも思ってないし、まだ仕事が残っているので、お誘いはお断りします。」

めぐみがどんなに断っても、白鳥はめげずに誘ってきて、そのしつこさが前世で自分を殺したストーカーを思い出させてゾッとした。

黙って二人のやり取りを眺めていた岩田だが、ついに我慢できなくなって、白鳥の首根っこをつかんでズルズルと引きずり、ひらめき課から強制退去させて、カギをかけてしまった。

「ヒラメ先輩、大丈夫ですか。顔色が悪いですよ。」

「岩田さん、ありがとう。助かった。」

「天の事業部の寮に住んでいて、よかったですね。寮と天の事業部はつながっているから、帰り道に待ち伏せされる心配がないですから。ただ、夜勤の時には、天の図書館の入り口からカギをかけておいたほうがいいですよ。白鳥っていう変な人が入ってこれないように。」

「本当ね、これからそうする。」


 次の日から、過去にひらめいた人々で、現在生きている人のリストを作りはじめた。

そして、その人たちに『ひらめいて満足している人は、その体験を人々に語って。』と、いうメッセージを送った。

「岩田さんのアイディアをもとに、人々にひらめき体験を話してもらうように、メッセージを送ったけど、この成果は、きっと、ゆっくりだけど確実に表れてくると思うな。」

「そうですね、少なくとも年に数回はこのメッセージを送って、ひらめきに興味を持ってくれる人が少しでも増えて、人々がもっと幸せになれたらいいですね。」

岩田は公私共に充実して、ひらめき課の仕事も楽しそうだった。

初めは、めぐみの脳天気ぶりに呆れたり、聖子のぶりっ子にイライラしたりしていたが、徐々にそれらに慣れて、入社当時の堅苦しい感じが、すこし柔らかくなってきていた。

そんな岩田に比べて、聖子の事がめぐみは少し心配だった。

「聖子さん、今日も合コン?。」

「ええ、経理課と8時から。」

以前はめぐみも誘われて、恋のキューピット課との合コンに付き合ったが、今は、同じ婚活目当ての同期二人を見つけ、彼女らと合コンに明け暮れているらしい。

「聖子さんなんか疲れてない?。」

めぐみの言葉に聖子が顔つきを変えて怒り出した。

「それもこれも、皆、あなた達のせいです。自覚がないんですか?、ヒラメ先輩。」

「え、私とだれ?。何かした?。」

「ヒラメ先輩が綺麗な服を着て、メイクまで初めて、その上、写真同好会のポスターにあんなに綺麗な写真を載せて。高杉さんの事が好きなくせに、付き合ってるみたいじゃあないから。独身男性が万が一自分にもチャンスがあるかもしれないって、あらぬ希望を捨てきらなくて。その上、恋愛とか絶対ないと思ってた岩田さんが、ラブラブで、意味わかんない。私は合コンで何人もの連絡先もらってるのに、全然プロポーズされないっていうのに。」

「私はピカソの事が好き。でも、彼には婚約者がいるし、私みたいな農家出身と貴族とは結婚できないし。だから、まだ、ピカソと私が付き合う事はできない。でも、ピカソがきっと問題を解決してくれて、付き合えるようになるって、信じてる。岩田さんも長谷川さんの事を大好きだから、それが長谷川さんにも伝わって、プロポーズされたんじゃないのかな?。聖子さんて、本気で好きな人いるの?。」

めぐみの問に聖子はさらに目を吊り上げて、高い声でキーキー答えた。

「そんなことヒラメ先輩に関係ないでしょ。私はお金持ちと結婚しないといけないの。でも、お金持ちでもカッコ悪いおじさんとかと、一生一緒にいるのは耐えられないの。だから、条件のいい男を捕まえるために頑張ってるんじゃないですか。ちょっと髪型と、着る服をかえただけで、ちやほやされていい気になってる脳天気なあなたとは違うんです。」

「脳天気は生まれつきの性格だからしかたないよ。でも、聖子さんは、頭もいいし、合コンだけに一生懸命になってるの、なんかもったいない感じ。」

「だから脳天気だっていうんです。25歳をすぎた女は結婚成功率が一段と下がるんですよ。25歳前に理想の相手を見つけて結婚して、30歳前に何人か子供を産まないと。女の価値が下がるんです。」

「変なの、誰がそんな価値を決めたの?。聖子さんじゃないでしょ。」

「世間が決めたんです。一般論です。そんなことも知らないんですか?。」

「つまり、他人の価値ってこと?。そんなの聖子さんには関係ないでしょ?。」

「先輩だって、今みんなに美人とか、綺麗って言われてるでしょ。それって、他人の価値感ですよね。」

「うん、でも私はピカソだけに綺麗って言われたいだけだよ。他人になんて思われても関係ない。」

「また!。それが、脳天気だからです。こんなことしてられない。私、合コンに行くんで、お先に失礼します。」

聖子は荷物を抱えて、さっさと帰ってしまった。

彼女がロッカールームに着くと、資材課のお局と、後二人の資材課員が先にロッカー室で話をしていた。

「私、今日は、カルチェの10万円のバックを買って帰る予定で、現金を持ってきたのよ。」

「今時、そんな大金を現金で持ち歩いて、大丈夫ですか?。カードのほうが楽でしょう?。」

「カードよりも現金で買い物するほうが、幸福な気分になるでしょう。」

数か月前にこのお局と口論してから、何度も嫌がらせをうけていた聖子は、なるべく彼女と目を合わせないように上着をはおり、靴を履き替えた。

その間にお局一行は、ロッカールームから出て行ったので、聖子はホッとして、スマホを取り出し、今日の合コンの場所を確認し、合コン相手のプロフィールを再チェックした。

そんなことをしていると、お局一行がまたロッカールームに戻ってきた。

「あら私、うっかりして十万円入りのお財布をいれたバックを忘れてしまったわ。ああ、あった。靴を履くとき床に置いて、バックを持っていくのを忘れてしまったみたい。あら、大変。バックの中に財布がない。盗まれたみたい。」

お局は大きな声でそういうと、つかつかと聖子の傍に立ちはだって、指を刺した。

「この女が盗んだんだわ。他に誰もいないんだから。私がこの女のはしたない素行について注意したから、根に持ってやったのね。さあ、私の十万円返してちょうだい。」

「私、お金なんかとってません。勘違いじゃあないですか?。ちゃんと探してください。」

聖子も負けていない。

騒ぎに人が集まりだした。

その中にはもちろん騒ぎが大好きなキララがいた。

「ひらめき課のぶりっ子聖子が、お局から財布を盗んだって、糾弾されてるけど、どうすればいい?。」

キララは高杉に連絡を入れた。

「とりあえず、周りに財布が落ちていないか確認してから、二人をひらめき課に連れてきてくれ。」

キララは、皆で財布が落ちていないか、ロッカールームを探してから、お局と聖子をひらめき課に連れてきた。

お局はひらめき課に入ってからも、座ろうともせずに

「この女が私の財布を盗んだに決まってる。ひらめき課の監督不行き届きだわね。」

などと、騒いでいる。

「聖子さんはそんなことをするような人じゃあありませんよ。」

めぐみの抗議もまるで取り合ってもらえない。

「聖子とお局、これまで何度も揉めてたらしい。合コンばかりしているのがお局の気に入らないみたい。」

と、キララが高杉に耳打ちした。

「念のため、お二人のバックの中を確認してもよろしいですか?。」

高杉がそう言い、キララにバックの中を確認させたが、財布はなかった。

「この女がどこかに隠したのよ。」

と、お局がまた騒ぎ出した。

「二人のロッカーの中にも、ロッカールームのどこにも財布はなかったんだな?。」

高杉がキララに確認した。

「めぐみ、紅茶とケーキを出してくれ。とにかく、落ち着こう。」

高杉の言葉にめぐみがテーブルに紅茶とケーキを並べた。

ひらめき課の部屋中にアールグレイ紅茶のいい香りが広がる。

テーブルに置かれたケーキは、見ればわかる、絶対美味しいヤツだ。

「さあ、あなたも座って、紅茶を召し上がって下さい。このケーキ、我が家のシェフの自信作なんです。」

「すごく、美味しいケーキなんですよ。食べたら幸せになっちゃいます。どうか座ってゆっくり食べてください。」

めぐみも高杉の言葉に加勢する。

椅子に座ることを拒否していたお局も、アールグレイの香りと、絶対美味しいケーキの魅力に負けて、しぶしぶ座って、ケーキを口にし、思わず

「美味しい。凄い。最高。」

と、呟いた。

お局が座った姿を眺めていた高杉は静かに言った。

「ロッカールームからも二人のバックからも、財布が見つかりませんでしたね。この上は警察を呼んで、二人の身体検査をするしかありません。しかし、そんなことになったら、天の事業(株)の評判が落ちてしまう。どうですか?。気のせいだったという事で、今回はお終いにしませんか?。後で、聖子にこのケーキをもってお詫びに行かせますから。」

高杉の言葉に顔色が変わったお局だったが、

「いいでしょう。今回は高杉さまのお顔をたてて、穏便にすませます。」

と、言ってなぜか素直に、帰っていった。

「一体、どういう事?。いきなり、おとなしくなって、帰っていったのはなぜ?。」

めぐみとキララが高杉に尋ねた。

「お局はロッカールームで、聖子を見て、嫌がらせしてやろうと考えたんだろう。ポケットに財布を入れ、その上に、上着を羽織って隠し、わざとバックを忘れて、戻ってきた。そして、財布が盗まれ、そこにいた聖子が犯人だと、騒いだんだ。だが、長財布は大きいから、座ったら上着の上からでも不自然に形が見えてしまう。御局はそれを承知で、立ったまま騒いでいたんだ。紅茶を立ったまま飲むわけにはいかないから、仕方なく座わったら、まんまと、長財布の形がはっきり見えたんだ。この上は警察を呼んで身体検査をすると、僕が言ったものだから、そんなことになる前に、さっさと逃げ出したのさ。」

「そうだったんですか。ありがとうございました。高杉さん。」

聖子が素直に頭を下げた。

「別に君の為にした訳じゃあない。君がこの嫌がらせのせいで退職でもしたら、ひらめき課の仕事に支障が出るからね。明日、シェフにケーキを作らせるから、白木課長と二人で、お局にこれまでの事を謝るんだな。」

「どうして、私が謝らないといけないの?。あの人が勝手に嫌がらせしてくるのよ?。」

聖子が口を尖らせながら、反論した。

「頭のいい君ならわかるだろう。また、嫌がらせされないように、形だけでも、彼女をたてるんだ。今回みたいな目にまた会いたくはないだろう?。次は周到に準備してて嫌がらせするかもしれない。」

そう言って、高杉は静かに聖子を諭す。

「ピカソ、ありがとう。本当に助かったよ。私たちだけだったら、何もできなかった。」

めぐみが高杉に礼を言った。

「大したことはない。聖子にも落ち度がある。とにかくお局のような人間には目をつけられないに越したことはない。」

ー聖子はめぐみの後輩だからな。めぐみを守るのは自分の役目だ。ー

次の日、聖子はケーキをもって、白木課長と一緒に、お局に謝りにいった。

「うちの課員がご迷惑をおかけして申し訳ありません。今後素行については、私からもよく指導いたしますので。」

白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

眼鏡がキラッと光った気がした。

お局はケーキをもらって、機嫌がよくなった。

「あら、なかなかものが解った課長さんね。」

とりあえずこの件は決着がついたようだった。

御局の所から戻ってきた白木課長が高杉に礼を言う。

「高杉氏、昨日は聖子君のもめごとを、解決してくれてありがとう。」

「何でもないことです。白木課長が昨日その場にいらしたら、自分と同じ事をしたでしょうから。今回は、お局様がロッカールームにいる聖子を見つけて、とっさにいやがらせをしようと企んだ事なので、計画がずさんで助かりました。下に来た服のポケットに隠した長財布の形が、上着を着ていても丸見えでした。合コンばかりしている聖子に文句を言うことは、わかるような気がしますが、嫌がらせをしたり、今回のように盗みの濡れ衣を着せるなんてやりすぎです。まあ、これが何の非もないめぐみや、キララなどに対してされていたなら、誰か女性にお局を身体検査をさせて、もっと厳しくお灸をすえたでしょうがね。」

その後、聖子はめぐみにもあやまった。

「私のせいで皆んなに迷惑かけた事は、あやまります。でも、私の家は下級貴族で、母は政略結婚させられた上、父の浮気に悩まされてばかり。父が生活費も入れてくれないから母は自分の指輪や服まで売って私達をそだててくれたの。私、どうしても高給取りと結婚したい。母みたいな目にあわないように。ちょっと必死になり過ぎたかなって、いまは反省してるけど。」

「そうだったんだ。気持ちはわからないでもないかな。でも、いろんな方法があるんじゃないかな?。結婚するだけじゃなく。聖子さん、いまはお給料もらってるんだし。服や化粧品に使う分のお金を投資に当てるとかありだとおもうよ。」

「脳天気のヒラメ先輩にそんなアドバイスを貰うなんて考えてもみませんでした。」

「私は成長する脳天気なんだ。友達のおかげだよ。」

にっこり微笑むめぐみを見て、聖子も考えるところがあったようだ。

これからの聖子の変化を楽しみにしていよう。


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