第14話天の舞踏会
「失礼いたします、招待状を確認させていただきます。高杉家ピカソ様、ルーク様。ようこそお越しいただきました。お入りください。」
天の舞踏会は招待状を持った者しか入れず、招待客のほどんどが貴族だった。
舞踏会の招待状は20歳を超えた者に届くので、ルークは今回が、初めての舞踏会になる。
「素晴らしい宮殿だ。まるでロマノフ皇帝の大舞踏会に紛れ込んだようだ。」
ルークは感動して、あちらこちらを眺めた。
宮殿には、荘厳なシャンデリアがあちこちで輝き、白い大理石を純金で装飾された、天井と壁。
床は数種類の色付きの大理石が、複雑な模様を作っている。
女性は凝った髪型をして、髪を宝石で飾り、フワリと広がったドレスを着て、高価な装飾品を身につけ、白い長手袋をはめ、扇子を手に持っていた。
男性も、色とりどりの燕尾服に身を包み、正装している。
ピカソは紺色の燕尾服を着、落ち着いて、頭脳明晰さが引き立って見えた。
ルークは明るい蒼の燕尾服を着て、それが若々しくフレッシュな雰囲気にマッチしていた。
「初めての舞踏会はなんでも目新しくて、楽しい気分にもなるが、二年目からは同じことの繰り返しだ。」
「兄上は他人に無頓着なところがありますよね。貴族にとってここは、社交の総仕上げの場所でしょう。僕だったら、毎年心待ちにしてしまうでしょう。」
「そうだな。やはり、館の当主はルークに継いでもらったほうが、いいな。ルークなら、貴族の生活を楽しめるだろう。」
「兄上はなぜ、貴族の生活を楽しめないのですか?。」
「なぜかな?。自分でもわからないんだ。」
「ところで、こんな広い会場で大勢のなかから、どうやって麗華に会うんですか?。ここは、安全上の面から、スマホが使用禁止されていますよね。」
「いつも、麗華が見つけてくれる。」
いつの間にか、二人の周りは若い女性たちで囲まれていた。
まるで、蜜に蟻が群がるように。
三大貴族の一員であり、高学歴、高身長、ハンサムな彼ら、高杉兄弟は独身女性の憧れの的だった。
女性たちはピカソもルークの事も調査済みのようで、口々に自己紹介をし、意味ありげな微笑みを浮かべた。
「ピカソ様とルーク様はまるで双子のように、よく似ていらっしゃるのですね。」
これは、麗華にルークを認めさせるための、小細工のせいだった。
二人は同じ髪型にし、同じ髪色に染め、少し背の高いルークに合わせるために、ピカソは靴底の厚い靴を履き、筋肉の厚いピカソに合わせるために、ルークは厚めの生地で作ったベストを着ていた。
ピカソとルークはまずは、外見から麗華にアプローチすることに決めたのだった。
めぐみが眼鏡をかけたピカソを褒めたくれたり、着飾っためぐみにピカソがメロメロになったことで、見た目の大切さを確信した、ピカソのアイデアだった。
時間がたつにつれ、さらに多くの女性が彼らの周りを囲み、扇子を全開にして彼らにモーションをかけ始めた。
これはいわゆる扇子語と呼ばれるもので、扇子が完全に開かれたら、『あなたは、私のアイドル。』という意味を持っていた。
また、閉じられた扇子は『あなたに興味がない。』で、開いた扇子を振ると、『私は既婚です。』の意味を持った。
囲まれて逃げ場を失ったピカソとルークを救助すべく、給仕が飲み物をもって割って入った。
そして、彼らに囲まれるように、ついに麗華が現れた。
ラベンダー色のドレスに身を包み、金色の髪を上げて、おくれ毛を遊ばせ、高価なティアラとネックレスやイヤリングで飾られた麗華はそこにいる誰よりも、輝いて美しかった。
ルークには天から降りた女神に見えた。
めぐみに心をささげたピカソにとっても、麗華は美しい大事な幼馴染だったから、改めて幸せになってもらいたいなと感じた。
もちろんルークと麗華が二人で幸せになるなら、ピカソはどんな協力をも惜しまないつもり。
「やあ、麗華。ご機嫌いかが?。」
と、ピカソが麗華の手を取って挨拶する。
ルークはちょっとの間、麗華に見とれていたが、すぐに我に返った。
「麗華、君はラベンダーの妖精のように美しい。よろしければ、踊っていただけますか?。」
と、ルークが手を差し出すと、麗華は微笑みながら軽く頷く。
二人は踊りの輪に入っていき、ルークが上手にリードして静かに踊り始める。
美しい二人のダンスに、周りから賞賛の声があがった。
「今年のベストカップルは、この二人で決まりだな。」
ピカソはそんなダンスの輪に背を向けて大広間を抜け出し、年配の男性たちが談笑している、書斎に向かって歩いていく。
ここでは、世間話という体をとった、密談が行われている。
天の事業部の方針や、人事、経費などの根回しが、或いは、もっと危険な悪だくみがされているかもしれなかった。
そして、素晴らしい本がコレクションされた書棚があった。
ピカソにとって、毎年の舞踏会の間この本のコレクションだけが慰めとなっていた。
ピカソは飲み物を片手に本を眺めているふりをしながら、相談役たちを観察している。
竜崎相談役は見当たらなかったが、三人の相談役が談笑していた。
ー竜崎相談役が現れたら、どうしたらいいだろう?。直接話しかけるのは、危険すぎる。竜崎相談役と話した相手をメモしておいて、その相手を後でじっくりと調べるべきだな。ー
そんなことを考えていると、ある人物が彼に声をかけてきた。
「久しぶりだね。高杉ピカソ君。」
「岸人事部長。お久しぶりです。十数年ぶりですね。お変わりありませんか?。」
「ああ、100歳を超えたら、もう変わらないのが我々だからね。ピカソ君は変わったな。立派な青年になった。お父上もさぞかし鼻が高いだろう。」
「いえ、若輩者で、父に心配のかけ通しです。」
「ピカソ君は踊らないのかい?。」
「ええ、不調法でして。ダンスは苦手ですので、弟のルークに任せて逃げ出してきました。」
「そうか、ルーク君がもう舞踏会に参加するような年になったか。ハッハッハ。」
岸人事部長は某フライドチキンのマスコットのように、白い髪と、白い髭、大きな腹を揺らして笑った。
彼は天の事業部の良心とか、天の事業部きっての善人などと呼ばれていた。
ピカソの先祖の誰かと友人だったらしく、高杉家とは関係が深い人物だった。
ピカソも子供の頃、岸人事部長が扮したサンタにプレゼントをもらった記憶があった。
七人の相談役と、勝又代表取締役社長、岸人事部長は天の事業(株)の創設メンバーであった。
彼らはなぜか90歳から年を取るのも、死を迎えるのも忘れてしまったらしく、数万年たった今でも天の事業部を支えていた。
残りの創設メンバーや、彼ら以外の天の住人は、下界の人間たちのように90歳前後で死を迎えたというのに。
「それにしても、ピカソ君はこんなところで何をやっているのかね。」
「この書斎には天の図書館にもないような、珍しい書籍があるので、毎年ここで読書に励むのが恒例なのです。」
これは嘘ではなかった、毎年ダンスから逃れ、静かに読書にいそしんで、至福の時を過ごしていた。
「岸人事部長はどなたかとお待ち合わせですか?。」
「ああ、勝又代表取締役社長とちょっとね。」
勝又代表取締役社長が相談役たちからリコールを受けそうな今、信頼できる岸人事部長に相談するのは至極とうぜんだった。
「では、お邪魔をしてはいけませんから、自分は本選びに戻ります。」
「そうかい、何か気になっていることがあったら、いつでも相談に乗るからね。」
「はい、その節は、よろしくお願いします。」
ピカソは会釈をしてそこから離れた書棚にむかった。
そして、本をとって読み始めたが、ちっとも本の内容に集中できなかった。
最後のあの言葉に、何か含みがなかったか?。
前世の記憶が蘇っている件や、竜崎相談役について、自分たちがひそかに調べていたことを承知で、岸人事部長はなんでも相談に乗るといったのではないだろうか?。
そもそも、消した記憶をよみがえらせる方法があるのだろうか?。
図書館で見つけた古代文字の預言書は、いつ、誰によって書かれたものなのだろう。
地下道で見つけた剣は、誰が、なぜ隠したのか。
そしてあの剣に隠された力は何なのか?。
何か得体のしれないものが自分たちを操っているのではないだろうか?。
ピカソの思考は乱れに乱れた。
「コーヒーでも飲んで、ルークたちに合流しよう。」
ピカソが書斎から出る際に、岸人事部長と勝又代表取締役社長が真剣に話し合っている姿がチラリと見えた。
ピカソが大広間に戻ると、麗華とルークが見つけて、近寄ってきた。
「ダンスはどうだった?、麗華。ルークと踊るのは初めてだろう?。」
「ええ、ルークはダンスが上手で、とても楽しく踊れましたわ。」
「それは良かった。ダンスを一休みして、座って飲み物などどうだい?。」
「いい考えですね、踊ったらのどが渇きました。兄上は何をしていらっしゃったのですか?。」
「書斎に行って本をながめていた。ここの本のコレクションはなかなかのものだからね。」
三人は飲み物を頼み、座りながら歓談した。
「美しく正装した麗華と踊っていると、最高にいい気分になりますよ。兄上はなぜ、踊らないのですか?。」
「自分は踊るよりも、眺めるほうが、性に合っている。二人の美しいダンスをみたら、こちらまで幸せな気分になったよ。」
「いやですわ、ピカソさま、そんな言い方をなさるのは、お年を召した方くらいですわ。」
「年を取ったつもりはないけれど、自分は一人で黙々とする様なことが性に合っているからね。こんなに華やかな場所では、どうも落ち着かないよ。いわゆる、陰キャという訳さ。」
麗華が、他の貴族からダンスに誘われて踊りの輪に入ったので、ピカソはルークに、
「どうだい?、なかなか麗華といい雰囲気じゃあないか?。麗華はルークに以前よりも心を許しているように見えるけど。」
と、尋ねてみた。
「そうだといいんですが。麗華ともう一曲踊ってみます。麗華と踊れるだけで、今の僕には十分幸せですから。」
ールークが本当に心から麗華の事を愛しているのだと、ピカソは改めて気が付いた。今まで、自分と麗華が婚約していることにどんなに傷ついていたことだろうと、改めて、ルークを不憫に思い、そんなことにも気づけなかったかつての自分が腹立たしかった。ー
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