第13話天の事業部文化祭

 天の事業(株)の文化祭とは、年に一度地域とのコミュニケーションの為に行われている大人気のイベントだ。

落ち葉が散りゆく季節になると、天の事業(株)も周辺の地域の住民のソワソワしはじめる。

「では、ひらめき課の今年の出し物について意見のある人。」

白木課長の司会でひらめき課は、文化祭の出し物について話し合っていた。

「はい、メイド喫茶がいいと思います。」

「どうして、キララ先輩がひらめき課のミーテイングに出て、発言してるんですか?。」

「岩田さん、相変わらず固いわね。気にしないで、私はめぐみのマネージャーみたいなものだから。」

「メイド喫茶で何を売りますか?。」

岩田の質問をスルーして白木課長が続ける。

ひらめき課にキララがいることにまったく違和感がなくなっている白木課長だった。

「オムライスと、パフェでいいんじゃない?。めぐみと澤村さんがメイド服、白木課長は執事服で、接客。岩田さんが厨房で決まりね。」

「だから、キララ先輩が仕切っていいんですか?、白木課長。」

「まあ、反対意見がなければ、これで決まりにしましょう。」

「メイド服と執事服は私が用意するから、食材はひらめき課で用意してくださいね。あと、岩田さん今週中にオムライスとパフェを作ってみて、皆に試食させること。」

「キララ先輩って、いつもああですか?。全部ひとりで決めちゃって。」

岩田はどうにも納得いかないようだった。

「うん、だいたいいつも、ああ。姉御肌だから。でも、面倒見がよくて、よく助けてくれるよ。長谷川さんにオムライスとパフェ作ってあげたら喜ぶだろうね。」

「そうでしょうか?。それなら私、頑張ります。」

めぐみも後輩の扱いに慣れてきたようである。

この後、岩井はめぐみの紹介で、シェフである結城の旦那にオムライスとパフェの特訓をうけた。

文化祭の準備では岩井と長谷川が大活躍した。

「この大道具をステージに運んでくれ。」

「机を10脚といすを40脚あそこに持っていって。」

「そこの庭にこの大岩を置いて。」

二人の力のおかげで、文化祭委の準備が大いにはかどった。

こちら、ひらめき課でも。

「皆で声をあわせて!。」

「いらっしゃいませ。ご主人様。」

「はい、じゃあ『萌え萌え、キュンキュン』やってみて。」

「萌え萌え、キュンキュン」

「はら、白木課長、手をもっとハートの形に保って。やり直し。」

「めぐみは、もっとニッコリしながら。」

「澤村さん、いいわ、合格。」

「はい、白木課長。例のセリフとポーズをみせて。」

「ご注文はお決まりですか?。お嬢様。」

白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

眼鏡がキラッと光った気がした。

「はい、いいわ。その感じを忘れずに。」

ひらめき課もキララの指導で、練習に余念がない。


 皆が待ちかねた、天の事業(株)文化祭当日。

ひらめき課のメイド喫茶は、予想通り大盛況。

「写真同好会のポスターに写っていた、凄い美人がメイド姿になるんだって。」

待っている人々の長蛇の列を解消するために、白木課長が番号札をくばった。

ホワイトボードに10番区切りでのおおよその、受付時間を記入して、待ち時間に他の出し物を見学できるようにした。

キララが提案し、高杉が時間を計算したのだった。

もちろん、幸福の女神課のクレープ屋台でも同じように、番号札を配り、おおよその受付時間を表示していた。

「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?。お嬢様。」

白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

たくさんの中年以上の女性が白木課長ファンになったようだった。

「萌え萌え、キュンキュン」

めぐみと澤村、白木課長がポーズをとった。

厨房では、岩田が両手にフライパンをもって、オムライスを高速で作っていた。

「平井さん、昼食にいってきてください。」

白木課長が言った。

執事になりきって、ポーズも声質も本物の執事のようだ。

オムライスのにおいにうんざりしためぐみは、幸福の女神課のクレープ屋台に行ってみた。

「キララ、クレープ一つ頂戴。」

「いいわ、高杉氏、クレープを二つ、ベンチに配達お願い。ついでに休憩に入って。」

キララの気遣いで、二人はベンチに座って、クレープを食べはじめた。

「クレープ美味しい。疲れが、取れてく。」

「そうだな、味見した時より、うまいな。」

二人で食べれば、なんだって最高においしい。

ーこの文化祭いい思い出になりそうね。ー

二人でいれば、ただただ、幸せな、甘い、甘い、高杉とめぐみだった。

既婚者たちはそんな二人を見ながら思った。

ー私たちにもあんな時があったんだ。

ああ、あの頃に帰りたい。

今だから解る、あの頃が一番幸せだった。

ひとは、なくしてから初めて、大事なことに気づく生き物なのだー

彼らは哲学的な悟りをえたようだ。


「麗華、お待たせ、では出かけよう。」

ルークが自家用車で麗華を迎えに来た。

「ルークさん、何かいつもと雰囲気が違いますこと。」

「いつも、自宅でリラックスできる服装をしていますからね。麗華との初めての外出ですから、きちんとした服装で迎えにきました。」

実は、ルーク、ピカソのなじみの店で、ピカソと同じ髪型にして、髪の色まで同じにしてもらった。その上、ピカソの外出の服を借りて、着飾っていた。ルークとピカソは2歳しか違わないし、同じような体形で、二人ともに整った顔をしていた。

ピカソとルークは話し合い、まずは外見での二人の違いをなくし、内面的にルークのほうが優しいとか、麗華の事を思っているとかいう事に気づいてもらう作戦だった。

「今日は、眼鏡までかけていらっしゃるのね。」

「ええ、伊達メガネですが。」

「ピカソ様は、先に文化祭会場でお待ちなのですね。」

「ええ、幸福の女神課の出し物はクレープ屋台です。仕込みの為に、先に出かけました。」

天の事業部文化祭は、毎年、天の各地から人々が集まってくる一大イベントであった。

地域に貢献し、親しんでもらい、子供たちが天の事業部で働くことを夢見てくれるようにと、数千年前から行われているそうだ。

「麗華は、天の事業部文化祭は初めてなのかい?。」

「ええ、ルークはいった事がおありですの?。」

「毎年友人たちと、出かけているし、子供の頃にも何度か行った記憶がある。あれ?。あの時麗華も一緒だった気がするけど、麗華は記憶にない?。」

「そういえば、侍女とはぐれてしまって、ベンチに座って泣いていたら、ピカソ様が見つけてお菓子をくださったことがありましたけど。そうですね、あれは天の事業部文化祭だったのですね。私ったら、すっかり忘れていましたわ。」

「麗華がベンチで泣いてたのを、初めに見つけたのは僕だったよ。ほら、あの時、僕が持ってたりんご飴を君にあげたら、君は泣き止んでニッコリ笑ってくれた。あの頃から、麗華はとても可愛かったね。」

「まあ、りんご飴をくださったのは、ルークだったのですか?。私いままで、ピカソ様だったとばかり。」

「兄上は、侍女を探し出してきてくれたんだ。それで、麗華は無事に屋敷に戻れただろう?。」

ー『泣かないで、ほら、これをあげる。君の唇の色みたいに、綺麗な色をしてるだろう。笑って見せて、君の事はずっと、僕が守ってあげるよ。』

じゃあ、あの言葉は、ピカソ様じゃあなかったんだ。ー

麗華は、自分の思い違いに当惑し、運転しているルークの横顔を見つめた。

「さあ着いた。兄上はどうせ忙しいのだろうから、二人で、少し文化祭会場をまわってから、合流することにしないかい?。」

「ええ、別にいいですけど。」

「じゃあまず、金魚すくいと、射的をやって、たこ焼きをたべて、りんご飴と、綿菓子をかって、その後占いをしよう。」

ルークは麗華の手を握って、文化祭会場を歩き出した。

箱入り娘の麗華にとって、すべてが初めての体験で、あっという間に、楽しい時間が過ぎていった。

「兄さんと、一緒にいる時よりも、僕と一緒の時の君のほうが、よく笑うよね。それって、僕らの相性がいい証拠じゃないかな?。」

「まあ、ルーク、なんという事をおっしゃるの?。ピカソ様と一緒にいるときは、緊張しているからですのよ。ピカソ様に似合う女性になろうという、尊敬の現れですわ。」

麗華はルークにそう言ったもの、自分でもわかっていた。

ーわたくし、ピカソ様と一緒にいるより、ルークと一緒のほうが楽しんでいる。ー

ピカソが待つクレープ屋台に着いたのは、夕方になっていた。

「兄さん、お待たせ、二人で楽しませてもらいました。クレープは残っていますか?。」

「ああ、残念ながら一つしか確保しておけなかったんだ。」

ピカソは麗華に最後のクレープを差し出した。

「ありがとうございます、ピカソ様。」

「キャンプファイアーが始まってしまう。早く、グラウンドに向かうといい。」

「ピカソ様は、行かないんですの?。」

「ここを、もう少しかたずけてから、行くよ。最後の花火には間に合うだろう。」

ルークと麗華はグランドに行き、キャンプファイアーを眺められる、ベンチに腰掛けた。

「私、おなかがいっぱいですの、クレープを全部食べられませんわ。」

「じゃあ、半分ずつにしましょう、先に麗華が食べて、残りを僕がたべるから。」

「まあ、そんな庶民のようなこと。」

「庶民はそれを、間接キスと言って尊ぶんだ。あー、麗華と間接キスしてみたいな。」

「まあ。ルークったら。」

こちらもなんだかいいムードである。

キャンプファイアーの周りで、フォークダンスが始まった。

「フォークダンスの輪に入らないんですの?。」

「僕はフォークダンスより舞踏会がいいですね。今年から、舞踏会に出られ年齢になりましたから、舞踏会で、君と踊りたいな。」

「問題ありませんわ、ダンスを申し込んでいただければ、もちろんお相手いたします。ピカソ様はダンスがおきらいですもの。」

「そういえば、そうですね。楽しみにしています。」

ドーン。

花火が始まった。

色とりどりの大輪の花火が、次から次へと打ち上げられた。

「まあ、本当に素敵です事。」

屋敷から見える。小さな花火しか見たことのなかった麗華は、驚いた。

大勢の人々の熱気、花火の大きな音、火薬のにおい、さっき食べたクレーブのチョコレートのほろ苦さ、そして、自分と手をつないで話さないルークの手の温かさ。

まるで、万華鏡のように五感が新しいきらめきを連れてきた。

ールークと結婚したら、ずっとこんな風にずっとワクワクしていられるのかしら?。ー


その頃、ピカソはめぐみを誘って天の図書館にいた。

天の図書館の窓から、ちょうど花火がよく見えるのを知っていたから。

「めぐみのメイド服すごく似合ってる。そういえば、めぐみは毎年、一人でここから見ていただろう。」

「タカピーが私を名前で呼んでくれたから、私も名前であなたの事を呼びたいな。」

「ああ、ぜひピカソと呼んでほしい。自分には婚約者がいるし、貴族と農家出身者は結婚できないが、いつかそれらの問題を解決して、めぐみにプロポーズしたい。」

高杉はめぐみの目を見て、真剣に告白した。

「うん、私、待ってるね。ピカソ」

花火は次々と打ち上げられていく、まるで誰かが彼らを祝福しているように。


十数年前の出来事だった。

 「やあ、麗華。君も来ていたのかい?。」

「ええ、ルークが天の事業(株)の文化祭で美味しいものをたくさん食べたって、いつも自慢するから、今年は侍女と遊びにきたの。」

「たこ焼きとかき氷はもう食べた?。」

「うん、すごく美味しかった。射的をしたいんだけど、場所がわからないの。」

「そこを、まっすぐ行った、鳥居の前にあったよ。」

「麗華様、後三十分で、戻りませんと。お母さまとのお約束の時間に遅れてしまいます。」

「解ってるわ、射的だけしたら、帰りましょう。」

三十分後、

「坊ちゃま、麗華様の侍女が、麗華様とはぐれたと言って、駐車場に向かいましたが。」

「なんだって?、怖がりの麗華が一人でこんな大勢の人のなかに取り残されたら、きっと大泣きしているだろう。」

「兄さん、麗華はどこにいるんだろう?。」

「射的をして、帰り道に、狛犬の周りがいつも混雑しているだろう。あそこで、はぐれたんだとしたら、遠くには行っていないはずだ。」

「僕が、狛犬の近くで先に麗華を探してるから、兄さんは麗華の侍女を連れて、そこにきてくれる?。」

「わかった、無理するな。麗華が見つからなかったら、狛犬の傍で、自分たちをまっていろ。」

ルークが狛犬の傍に行くと、そこはまだ大勢の人で混雑していた。

ーそういえば、この先の木に隠れた場所にベンチがあったな。ー

「麗華、見つけた。もう大丈夫だよ。」

「ああ、私怖かったの大勢の知らない人ばかりで。」

「泣かないで、ほら、これをあげる。君の唇の色みたいに、綺麗な色をしてるだろう。笑って見せて、君の事はずっと、僕が守ってあげるよ。」

ルークはりんご飴を麗華に渡した。

麗華がりんご飴に見とれている間に、ピカソが麗華の侍女を連れてやってきた。

「お嬢様、申し訳ございませんでした。人込みで、お嬢様のお手を放してしまいました。ご無事で何よりです。」

麗華は無事に侍女と帰宅することがた。


麗華は今、あのときの事をはっきりと思い出せた。

「泣かないで、ほら、これをあげる。君の唇の色みたいに、綺麗な色をしてるだろう。笑って見せて、君の事はずっと、僕が守ってあげるよ。」

そうだ、あれはルークの言葉だった。

ピカソさまの言葉だと、いつから思い違いしてしまったのだろう?。

わたくしがずっと好きだったのは、ルークのほうだったのかしら?。


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