第12話計画をたてる
竜崎相談役の影に剣を突き立てるには、いくつもの問題があった。
高杉は計画の原案を作るために、メモをとった。
1.竜崎相談役に近寄るのが難しい。相談役は相談役会議の時だけに天の事業部にやってくる。竜崎相談役がどこでどうして、他の時間を過ごしているのかの情報がない。
2.天の事業部にやってきても、相談役たちのいる部屋に近づくには、セキュリティーを通らなくてはならない。
どうやって、短剣をもってセキュリティーをパスすればいいのか。
3.竜崎相談役の影を短剣で刺すには、竜崎相談役が一人でいるときを選ばなければならない。
4.竜崎相談役が一人の時、竜崎相談役に気づかれずに、短剣を影にささなければならない。万が一、短剣を影に刺しても何ごとも無かった場合のことも考えておく。
5.竜崎相談役の影を刺した後、誰にも気付かれずに、逃げ出さなければならない。
6.この件に、我々が関与していることを、誰にも気づかれてはならない。
まず、6番の問題から考えた、自分と、ヒラメ、キララ、白木課長が外で何度もあっていたら、人眼を引きやすい。
四人が他の人たちより、頻繁に会う為の自然な理由を作るべきだ。
ーそうだ、なにか同好会をつくり、我々が役員となり、他のメンバーを募集して、それを隠れ蓑にしよう。自分の長年の趣味を活かせるものにしよう。ー
そこまで考えると、ヒラメの昨日の美しい姿が目の前にちらつき出して集中が乱れた。
自分は、ヒラメの内面を好きなのだと思っていた、なぜなら美人なら自分の周りにたくさんいたから。
婚約者の麗華だってそうだし、貴族には美人が多かった。
それなのにヒラメが着飾ったら、あんなにドキドキするなんて。
自分はヒラメの全てが好きなんだと、高杉は改めて自覚した。
次の休みの日、、高杉とヒラメとキララは丘の上の公園に集合した。
高杉は例によって大荷物を持って現れた。
三人は、同好会員募集の準備に三時間もかけた。
結果に満足した高杉は、自宅に帰ってからも部屋にこもって、ゴソゴソとなにかしていた。
月曜日、高杉は天の事業部中の掲示板と食堂の正面の壁に、写真同好会員募集のポスターを貼った。
「なにこれ、綺麗。まるで、花の妖精みたい。」
「オレ、入ってみようかな。」
「お前、よこしまな考えで入るなよ。」
「当たり前だ、俺は純粋にだな。この目を見ろ!。」
「うわあ、邪念が目の形をしている。」
「私も、興味あるかな、この写真同好会。私を撮ってほしい。フィルターとか使えば私だってこれくらい綺麗になるかも。」
ポスターは高杉とキララの力作で、花に囲まれ、白いワンピースを着たヒラメが、妖精みたいに写っていた。
ヒラメはただ二人の指示するとおりに笑っていただけなのだが、カメラを構える高杉を見ているので、ヒラメの瞳は恋する乙女独特の光を放ち、高杉が愛する女性を撮るファインダーは、ヒラメの美しさをさらに引き出していて、高杉にとっても最高傑作が何枚も撮れたのだった。
男たちは、ヒラメの美しさに群がる蛾のように、写真同好会にはいった。
女たちは、ヒラメのように美しく写真をとってもらいたいと思って、写真同好会に入会した。
ー写真同好会は正解だったな。なにより、自分で好きなようにヒラメの写真をとれるなんて、こんなに最高なことはない。ー
高杉は皆の反応に満足した。
部長が高杉、副部長がキララ、書記がヒラメ、会計が白木課長と決まった。
応募初日にも関わらず、写真同好会のメンバーは50人を超えている。
「こんなに同好会のメンバーが、集まるなんて、タカピーの写真の腕前のおかげだね。」
ヒラメがそういうと、高杉は真っ赤になって、言い訳した。
「男たちは、完全に君目当てだけどね。」
「君?。」
「こんなにきれいになったら、もうヒラメは可笑しいだろう。」
顔は真っ赤だが、真面目な顔で、高杉が言い切った。
「じゃあ、めぐみって名前で呼べば?。ところで、あの時撮っためぐみの他の写真はどうしたのかな?。高杉氏?。」
自分でもヒラメ呼びをやめた上、キララは突っ込むのを忘れない。
さすがキララの職人芸。
全部現像して、大切にファイルし、毎日それを眺めてうっとりしている高杉は、もっと真っ赤になってうろたえながら、
「もちろん、全て大切に保管しているよ。」
と、答えた。
それを聞いた、めぐみまで真っ赤になった。
そこに、来なくていいのに総務課の白鳥がやってくる。
「めぐみさん、僕も写真同好会に入ります。そして、君に群がる男たちの毒牙から、君を守って見せる。」
ーあんたが、いちばん毒だろう。ー
めぐみとキララは心の中で思った。
白鳥はヒーローになった気分で続けた。
「特に、婚約者がいる、貴族の男などに近づいては危険だ。妾にされるのが関の山。めぐみさん、僕と結婚して、老後は、君の故郷の近くで、幸せに暮らそう。」
そんな白鳥の言いぐさを聞いていた、めぐみ目当てで写真同好会に入った男たちが騒ぎ出す。
「何を言う。僕と結婚しよう。」
「いや、僕こそが相応しい。」
「お前は顔が悪すぎる。めぐみさんにふさわしくない。」
「お前こそ女と見れば、誰にでもちょっかいを出すじゃないか。」
あまりの騒ぎにキララが一喝を入れた。
「写真同好会でのプロポーズは禁止。さあ、これからの活動方針について話し合うから、着席してください。」
そんな大騒ぎの末、写真同好会は何とかスタートをきった。
恋愛初心者の高杉は、結婚までの事を、考えていなかった自分を叱咤していた。
ー白鳥の言うとおりだ。麗華の事を何とか円満に解決しなくては。麗華を傷つけずに、婚約解消する方法はあるだろうか?。麗華との婚約は政略結婚を前提にしたものだ。麗華との婚約破棄は両家の反対を受けるに違いない。それに、貴族でないめぐみと結婚するには、どうすればいいのだろう。自分が貴族を辞めて平民となるか?。ー
高杉にとってまだまだ、課題が山積みである。
その日帰宅すると、麗華が待っていた。
麗華は優雅に応接室で、お茶を飲んでいて、弟のルークが話し相手になっていた。
ルークの表情をみて気が付いた、彼は麗華に恋している。
どうして今まで、気づかなかったのだろう?。
ヒラメへの自分の気持ちが恋だと気づいたピカソは、他人の恋心にも気づけるように成長していた。
そう言えば、ルークが麗華と話しているのを、何度も見たことがあった。
その時、麗華がピカソを見つけた。
「まあ、お帰りなさい。お邪魔しておりました。」
その表情を見て、ピカソは悟った。
麗華は自分に恋している。
「珍しい品が手に入ったものですから。兄がぜひ持っていくようにと、うるさくしましたので、仕方なく、私がお持ちしました。」
ヒラメになぜか意地悪を言ってしまっていた過去の自分と、ツンデレている今の麗華が似ていることに気が付いた。
麗華から渡された、本は『天の事業部発足の歴史』だった。
「こんな本が発行されていたのですね。確かに興味深い。これ、お借りしてもよろしいですか?。」
ピカソの言葉に、麗華は一瞬嬉しそうな表情をし、
「ピカソ様以外にこんな本に興味をもつような、変わったご趣味の方がいるとは、思いませんわ。」
と、ツンデレを発揮した。
「ルーク、お前、もしかしたら、麗華の事が好きなのではないか?。」
麗華が立ち去った後、ピカソは早速ルークに問いただした。
「何を、馬鹿なことを。麗華さんは、兄上と結婚し、私の義理の姉になる方です。」
「自分は、麗華との婚約を解消しようと思っている。」
「なんていう事、麗華さんがかわいそうだし、父上や、向こうの家との関係を、考えても見てください。」
「自分勝手な言い草だと思うが、ルーク、お前が麗華と結婚して、この家を継げ、自分は貴族の位を返還して、平民として生きていく。」
「兄さん、そんな都合がいい話がまかり通る訳がありません。麗華さんの好きなのは、兄さんです。残念ながら、僕じゃない。」
「ルークの事をよく知れば、麗華はルークの事を、好きになるんじゃあないかな。僕らは三人幼馴染だし。」
「世の中そんな思い通りにいくわけがないですよ。」
「試してみる価値はあるんじゃないかな。もちろん、なるべく麗華を傷つけない方法をとりたい。麗華には申し訳なく思っている。」
「麗華さんを捨てるのは、この前の写真同好会のポスターの女性のためなんですね。あの女性と結婚するんですか?。」
「えっ?。いや、めぐみにはまだ、自分の気持ちも伝えていない。いつか結婚したいとは思っているが。」
「それなら、兄上、考え直してください。兄上が麗華さんと結婚して、この家を継ぐのが一番いいんですよ。」
「いや、自分は貴族として生きる事に疑問を持ってしまった。ルークがなぜ、麗華を諦める必要がある?。」
「それは、麗華さんが、兄さんの事を好きだからですよ。」
「貴族の結婚は、政略結婚が多いと解っていて、そうするのが貴族の務めだと考えていた昔とは違うんだ。貴族の在り方に疑問を持ってしまった自分が、麗華を幸せにすることはできない。」
「兄さんは無責任です。」
「そうだ、自分は責任を投げ出そうと考えている。ルーク、お前はどうだ?。麗華と結婚して、この家の当主になりたくはないのか?。」
口を閉じて、返事をしないルークの肩を、ピカソは優しく叩いた。
「自分は正直に生きたいと、望んでしまったんだ。ルーク、お前も正直に言ってくれ。これからの事を計画しよう。偽善者ぶっていると思われるかもしれないが、自分はお前も、幼馴染の麗華も幸せになれる方法を探したいと思うんだ。もちろん、自分と農家出身のめぐみが結婚できる方法もだ。」
兄弟二人は夜が更けるまで、話しあった。
こんなに話したのは、子供時代以来だった。
「まずは、天の事業(株)の文化祭にルークが麗華を案内してやってくれ。いつも文化祭の出し物で忙しく、麗華を連れて行ったことがないんだ。麗華もきっと喜ぶ。」
「兄上の課の出し物は何ですか?。」
「クレープ屋台をするんだ。」
「では、麗華を誘って、文化祭デートしますよ。美味しいクレープをよろしく。」
「今日は乗馬のレッスンよ。」
キララがめぐみを乗馬クラブに連れてきた。
「まあ、綺麗な雌馬!。3歳くらいかな?。私を乗せてくれる?。そう、いいの?。ありがとう。じゃあ、乗るね。」
めぐみはサッと馬に飛び乗って、風のように駆けていった。
残された乗馬の先生とキララは呆然とめぐみ達を見送った。
「あの方にお教えすることは、何もありません。」
乗馬の先生がポツンと言った。
一時間ほど後に、めぐみたちは戻ってきて、馬は馬小屋に戻った。
「こんなに汗をかいて、綺麗にしてあげる。」
めぐみは馬の体の汗を綺麗にふき、ブラッシングをしてあげた。
「そう、うれしいの?。よかった。」
キララが傍にやってきて、めぐみに聞いた。
「めぐみは馬を飼ってたことがあるの?。」
「いいえ、馬は飼ってない。乗ったのも初めてだし。ヤギや牛や鶏は飼ったけど。あと、犬と猫かな。」
「はじめてで、あんなに乗れたの?。馬語が解るの?。」
「うん、動物が何を言ってるかなんとなくわかるよ。」
「そうなんだ、じゃあ乗馬はこれで終わりにしましょう。」
めぐみにも食べる事以外で得意なことがあったんだなと、キララは関心した。
「いまから、立ち振る舞いのレッスンとなります。では、この本を頭にのせて、落とさないように歩いてみなさい。」
めぐみは努力するが、どうしてもうまくいかず、先生の怒声が響く。
「本を開けて頭に載せない!。頓智ではないのですよ。本は閉じて頭にそっと置く。」
「ぴょんぴょん跳ねたら、本が落ちるに決まってるでしょう!。」
「すり足歩行しない!。普通に歩けないの?。」
「一人で練習しておくように!。付き合っていたら、こちらの身が持ちません。」
野原で歩くのに慣れためぐみには、モデルのように歩くのが難しいようだった。
「仕方がないよ。めぐみが上品に歩くのは
大変かもしれないね。気を長く持って練習すればいいよ。次は歴史を学ぼう。ここに十冊くらい持ってきたから。読んでおいて。」
「難しそうな本ばかり。本を開いただけで、あくびがでる。」
「時間はあるからゆっくり読んで。とりあえず、ごはんに行く?」
「嬉しい。ご飯を食べたら、頑張れると思う。」
キララにとってめぐみを操る事は、いとも簡単だった。
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