第11話ひらめき課の日常
短刀を無事に私室に持ち帰った高杉は、急いで本棚の下の隠し金庫にそれをしまう。
この隠し金庫は高杉が自分で設置したもので、両親もメイドもこの場所の事を知らなかった。
とにかく、今は体を休めて、明日短剣についても調べてみようと考えながら、知らないうちに眠ってしまう。
自覚がないがこのところの騒動で、疲労困憊の高杉だった。
次の日の朝、高杉はヒラメとの会話を思い出し、一人で赤くなりながら、眼鏡をかけた顔を鏡に映して悩んでいた。
眼鏡か、コンタクトかそれが問題だ。
眼鏡をはめていったら、ヒラメの言葉が嬉しいみたいじゃないか?。
ー他人の言葉に踊らされる?。
そんなのは、貴族としてどうかと思う。
だが、ヒラメが眼鏡が似合うと言ってくれたんだ。
やはり、ここは眼鏡だろう。
一体自分はどうなったんだ?、ヒラメの言葉にこんなに喜んで。ー
小四病を抜け出し、普通の恋煩いにかかった、高杉だった。
結局、高杉は眼鏡をかけて出勤する。
そして、
ーヒラメに対して積極的になろう、きっとこの恋を実らせて見せる。ー
と、自分に言い聞かせた。
出社してすぐ、展示室にいって、屋敷の古いカギを取り、地下室のカギを返した。
用が済んだら短剣も、もとあった場所に返そうと、高杉は考えた。
その日、朝番だった岩田と昼番のヒラメはひらめき課で、技術開発課に追加してもらったひらめきキーワード送信装置の使用テストを始めた。
「キーワードは対象者の脳波がシータ波なのを確認して、送ること。キーワードは簡潔に。」
「解りました、ヒラメ先輩。これでいいですか?。」
「ええ、いいと思う。」
「じゃあ、送信しますね。」
「送信時間を記入して、担当者名と、送信したキーワードも、しっかり書いてね。」
「これで、ひらめき時間がどの位、短縮できたか調べるんですね。」
「そうよ、きっとひらめき時間が短縮して、ひらめきを完成する人が、増えるわ。」
「ひらめいても、それを形にできない人が沢山いるんですね。」
「そうなの、途中で諦めてしまう人の手助けができれば、皆もっと幸せになれると思う。」
「ヒラメ先輩はいつも、前向きですね。」
「私は自他共に認める脳天気だからね。岩田さんだって、前向きでしょう。」
「実は、私、少し悩んでいて。」
「三交代勤務が、大変?。」
「いえ、仕事の事じゃなくて、恋愛で。」
ヒラメは心底驚いたが、危うく、「本当?。」と、いう言葉を飲み込んだ。
恋愛の悩みを岩田の口から聞く時が来るなんて、ヒラメの想像を超えている。
「恋愛の相談は、私には難しいかな。私もまったく経験ないし。」
「総務の長谷川さんのことなんです。」
「あの、二メートルで、筋骨隆々の?。」
「はい、長谷川さんから、ジムに誘われて。」
「そうね、岩田さんが、ジムに通ったら、きっと無敵だと思う。」
「ヒラメ先輩は、どう思いますか?。長谷川さんのこと。」
「真面目そうな、いい人だと思うけど、話したこともないから、本当にそうなのか解らないけど。」
「長谷川さん、真面目そうで、かっこいいし、どうして私なんかをジムに誘うのかって思って。きっと、長谷川さん女性から人気があると思うんです。」
「かっこいいというのは、主観の問題だから。たぶん、かっこいいと思う女性はいると思うけど。つまり、岩田さんは長谷川さんの事が好きなのね。」
ヒラメの言葉に、岩田は溶岩のように、真っ赤になって、フラフラし始めた。
いや、たぶんこれは、フラフラでなく、もじもじしてるんだと、ヒラメは察した。
「タカピー、じゃなくて高杉さんが、長谷川さんと、仲がいいみたいだから、長谷川さんに彼女がいるのか、いないか、聞いてみてあげる。」
「本当ですか?。ヒラメ先輩。お願いします。じゃあ、私、帰ります。」
「お疲れ様。」
岩田は、図書館のなかをスキップしながら帰っていく。
岩田の体重でのスキップのせいで、本がドサッとあちこちで落ちた。
「岩田さん、図書館では静粛に、スキップしたらダメですよ。」
ヒラメはため息をついて、落ちた本を拾いはじめた。
昼休みに、ヒラメは早速、高杉を訪ねる。
高杉は食堂の外のテラスで、コックが腕によりをかけて作っているフルコースを食していた。
それは、毎日昼休みにあわせて、給仕が持参しているものだった。
「タカピー、食事中に悪いんだけど、ちょっといいかしら。」
背後からのヒラメの声に、高杉が振り向いた。
高杉を見て、思わずヒラメが、
「あっ、眼鏡。」
と、声を出した。
その言葉を聞き、高杉は真っ赤になる。
ヒラメに眼鏡が似合うと言われて、わざわざ眼鏡をかけてきた自分の行動が、あからさまで、恥ずかしくなって。
ヒラメも、自分が高杉に向かって、眼鏡が似合うといった事を思い出し顔を赤らめた。
「少し、質問していいかな?。」
後輩との約束は守らないといけないと、自分に言い聞かせ、ヒラメが気を取り直して、尋ねた。
「どうぞ。」
「長谷川さんって、彼女いるのかな?。」
「長谷川?、長谷川の事をなんで、ヒラメが気にする?。」
「知り合いが、長谷川さんの事、気に入ってるみたいで。」
ヒラメに対し、高杉がなぜか、言い訳気味に答える。
「長谷川には、まだ彼女と言える人間はいないが、気になっている女性を、ジムに誘ったと言っていた。」
「まあ、彼女も長谷川さんからジムに誘われたって、言ってた。」
「そうか、つまり二人は相思相愛と、いう事か。」
ー自分とヒラメは、どうだろう?。ー
高杉は気になった。
「ああ、よかった。岩田さん、喜ぶわ。」
「岩田のことだったのか。」
ホッとして、つい口を滑らしたヒラメが、遅ればせながら口を押さえる。
「タカピー、誰にも言わないでね。」
「もちろん、それより、よかったら、一緒に食事をどうだい?。」
「ありがとう、でも私、食堂で済ませたから。」
「また、コロッケ定食か?。」
「もちろん。」
「じゃあ、デザートとコーヒーを一緒にとろう。」
ヒラメはデザートをごちそうになりながらも、高杉の眼鏡が気になってしかたがな
い。
これからは、ヒラメに対して積極的になろうと、決意した高杉は、思い切って切り出す。
「ヒラメが眼鏡が似合うと言ってくれたから、今日は眼鏡をかけてきた。」
「タカピー、なんか、いつもと違うみたい。」
「そうだろう、すこし、ヒラメを見習うことにしたんだ。」
「私を?。」
「そうだ、自分のやりたいことに、正直になることにした。」
「じゃあ、いままでは、どうだったの?。」
「貴族としてすべきだと、人に言われたことをしていた。」
「でも、タカピーは貴族なんだから、責任や面目とかあって、それを守るのも務めなんでしょ?。私みたいな、何の責任もない人間とは違うんだから。」
「ああ、でも、それを自分の頭で考えてすることにした。」
眼鏡をかけた、前とはちょっと違う高杉に、ドギマギしてしまうヒラメだった。
自宅に戻ってからも、ヒラメはなぜ、高杉の事がこんなに気になるのだろうと、考えていた。
前世の記憶が蘇ったことや、相談役から感じた、禍々しいもの、その後見た禍々しい夢の事、考えるべきことは沢山あるはずなのに。
皆に話して、気が楽になったのかもしれない、それにしても、なぜ、高杉の事が気になる?。
ヒラメは、枕に顔を埋め、足をばたつかせた。
「そうだ、私がウジウジ考えるなんて、らしくない。行動あるのみ。」
ヒラメはキララに連絡して、約束をとりつけた。
ヒラメとキララはとある店を訪れた。
「ヒラメが高杉氏のために、努力するなんて、生きててよかった。」
「キララ、大げさ。タカピーの為って、いうわけじゃなくて、自分がそうすべきだっておもうから。」
「解った、解った。じゃあこれとこれに挑戦ね。」
ヒラメとキララの挑戦は、2時間にもわたった。
次の日出勤してきたヒラメを見て、皆が振り返った。
いつもの、おばさんのようなひっつめ髪をおろし、編み込みをして、リボンで髪をとめて。
そのうえ、薄化粧をして、いつもの、グレーのダサいスーツをやめて、紺のひざ丈のワンピースを着ているヒラメときたら、まさに、ビーナスのように輝いていた。
ヒラメは今日は夜勤の日だから、ちょうど高杉が退社するのに間に合った。
にこっと微笑むヒラメ、ボーっとして、声も出せない高杉。
すれ違いざまに、ヒラメが高杉にそっと、耳打ちした。
「タカピーが私の為に、眼鏡をかけてくれたから、私もタカピーの為におしゃれしたよ。」
『ズドーン』と、高杉の心臓を打ち抜く音がしたようだった。
立ち尽くす高杉を、振り返りもせず、ヒラメはいい香りを漂わせながら、ひらめき課に向かう。
「あの美人だれだ?。」
「あれ、ひらめき課のヒラメよ。」
「えー?。全然いつもと、違うじゃん。」
天の事業部の廊下が、どよめいていた。
まだ立ち尽くしている、高杉の横に、漫勉の笑みを浮かべたキララがスーと近寄ってきた。
「どう?、昨日は大変だったのよ、何着も服を試着したり、化粧品を買ったり、ヒラメっったらまったく化粧の事しらないし。この前、合コンに行ったときは、聖子さんに化粧してもらったしね。」
チシャ猫のようなキララをみて、高杉はやっと、一言呟いた。
「写真より、実物のほうがずっと綺麗だ。」
「やったね。」
高杉とヒラメの恋のキューピットになる気満々のキララは、ガッツポーズをとる。
ヒラメがひらめき課に現れると、白木課長が
「どちら様ですか?。」
と、ヒラメに尋ねた。
「課長、よく見て下さい。平井です。」
「ああ、平井君でしたか。失礼。見違えてしまいました。今日はとても美しいですね。天女が舞い降りたのかと、思いました。」
白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。
眼鏡がキラッと光った気がした。
ドキッとしていない自分に、ヒラメはホッとした。
聖子は、あまりの悔しさにひらめき課の壁を蹴飛す始末。
「今月は、家への仕送りが減っちゃうけど、出費した甲斐があったかな?。」
自分の変身した姿を見た高杉の、驚いた顔を思い出して、ヒラメはニヤニヤしながら仕事をはじめた。
「ヒラメ、ニヤニヤしてないでこれからの計画を練るわよ。」
「キララ、何の計画を練るの?。」
「貴族の高杉氏の彼女にふさわしくなるための計画よ。」
「ふさわしくなるため?。一体なにをするの?。」
「先ずは、正しい化粧の方法を知る、次に服装、立ち振る舞い、テーブルマナー、ダンス、歴史、教養、生け花、後、他にもいろいろあるけど、順番に済ませていきましょう。」
「そんなことまでする必要がある?。」
「もちろん、貴族と結婚するには、貴族らしい振る舞いができないと。ヒラメは高杉氏と結婚したいんでしょ。」
「うん、できればしたい。でも、私は農家の出身だから貴族と結婚できないんでしょ?。」
「そんなことは、高杉氏と私がなんとか考えるけど、人任せにばかりはできないでしょ?。ヒラメはヒラメで貴族と結婚した後に問題が起こらないように、準備をしておく必要があるんじゃない?。」
「うん、そうだね。私頑張る。キララよろしくね。」
「じゃあ、うちの事務所のメイクアップアーティストに話をつけたから、彼女の指導を受けましょう。」
「はじめまして。まあ、綺麗なお嬢さんね、CMの仕事をしてもらったらどうですか?。」
「今はまだ、それは無理。早く教えてあげて。」
「では、下地のから、肌のお手入れをしたあと、指の腹を使って頬全体にうすく伸ばします。」
「すみません、肌のお手入れってなんですか?。」
「そこから?。洗顔、化粧水、乳液を...。」
「悪いけど、洗顔の仕方から教えてあげて、石鹸で顔を洗ってるの見たことある。」
キララの言葉にメークアップアーテイストは絶句し、大きなため息をつき、自分の顔をパンと両手でたたいた。
「あの、大丈夫ですか?。」
ヒラメが心配になって尋ねると、
「わかりました。基礎の基礎から、説明をはじめます。」
二時間かかって説明を終えたメークアップアーテイストは、キララに告げた。
「すみません。私、帰ります。後、明日お休みをもらえますか?。」
次の習い事はテーブルマナーだった。
めぐみは実際に料理が食べられると聞いて、ご機嫌であった。
「テーブルマナーについて、まず簡単に、説明いたします。お皿は移動させない、グラスは飲んだ後、元の場所に戻してください。料理は口に合うサイズに切ってから口に運んで。音を立てないよう注意して。料理ごとに使うスプーンやナイフ、フォークは覚えましたね。では、実践を始めましょう。」
「そんなに大きな口をあけない。一口はもっと小さく切って!。」
「そのボールは水を飲むものではありません、指を洗って!。」
「いくら美味しくても、顔が崩れるくらいにやけない!。」
「スープは、スプーンで飲む。器に口をつけて飲み干してはいけません!。」
「パンにかぶりつかない!。ちぎってたべること!。」
「落としたものを自分で拾わない。」
テーブルマナーの講師は言った。
「この方は、大衆食堂で、自由に召し上がったほうが幸せなのでは?。」
他のテーブルマナー講師を探す羽目になった。
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