第8話ヒラメの告白
食事会の次の日、キララと高杉はヒラメに呼び出された。
ヒラメは二人に、夢で前世の記憶を思い出したこと、自分は前世でストーカーに殺されていたことを二人に話した。
ヒラメが前世の話をする時、これまでのヒラメと全然違う自分たちの知らない人間が話しているようで、二人はすこし、ゾットした。
「ちょっと待って、前世の記憶がよみがえったのはいつなの?。」
と、キララ。
「昨日の食事会から帰った夜よ。」
「じゃあ、どうして食事会から逃げ出したの?。」
「食事会の途中から、何かを思い出しそうで、それでいて、思い出すのが怖くなって、急にすごく頭が痛くなったし、なんだか、全てから逃げ出したくなって。」
「禍々しい感じがしたのは、相談役会議で、相談役に食事を出した時からよね。順番が変じゃない?。ほかの人たちは記憶がよみがえってから、何かをしたのに、ヒラメは禍々しさを感じてから、記憶がよみがえった?。なにか変じゃない?。」
と、キララ。
「つまり、ヒラメはこれから、禍々しいものに対して、前世の記憶を踏まえて、何かするという事か。」
と言う高杉に、ヒラメは重々しく答えた。
「あの時、禍々しさを感じてから、怖くて仕方がなくて、逃げ出したかった。でも、前世で死ぬ直前に何を考えていたのかも思い出したの。怖くて何もできなかった。警察にも届けなかった。色々聞かれるのも嫌だったし、警察に届け出たことがわかって、犯人を刺激するんじゃないかと思って何もしなかった。自分で何も決められなくて、ただ、怖がっていて、その結果殺された。」
ヒラメは真っすぐ二人を見つめて、続けた。
「怖がって何もしないのは、もういやなの。思い過ごしかも知れないって、グズグズしてるのももうやめる。私、相談役について調べたい、禍々しいものを感じる理由を突き止めたい。二人共、協力してくれる?。」
そういったヒラメはまだ、青白い顔をして痩せていたけど、いつものヒラメだった。
真っすぐで、脳天気で、腹が立つほど前向きな自然児のいつもの、ヒラメ。
「もちろん。」
二人は、大きく頷いた。
いつもどおりのヒラメを、二人は嬉しく感じた。
「俺たちが七人の相談役について調べる。ヒラメはまず、体調を戻せ。」
高杉の言葉で、今回の打ち合わせはお開きになった。
「七人の相談役について調べた。最近竜崎相談役が、勝又代表取締役社長のリコールを提案しているらしい。彼をリコールし、七人の相談役が直接天の事業(株)の運営を行うように動いている。」
「勝又代表取締役社長をリコールする理由は?。業績は伸びているはずでしょ?。」
「人類の変化に彼がついていけていないとの判断だ。」
「どういう意味?。」
「結婚観、人生観、幸せの基準が、現代人は今までとは大きく異なってきていて、その変化に対応するために、七人の相談役が直接業務を指導するとのことだ。」
「そんなに人類が変わってきているのかな?。江戸時代にだって呼び名は違ってるけど、百合もBLもおたくもいたし、歴史が繰り返してるだけじゃないの?。」
「ヒラメが禍々しいものを感じたのは、竜崎相談役なのか?。」
「名前は解らないけど、鷲鼻で福耳の人。あの人の前に立ったら、ぞっとした。」
ヒラメは両腕で自分を抱え、少し震えた。
「間違いない、竜崎相談役だ。それと、図書館も調べてみた。白木課長のおかげで、図書館が守られたがまだ、その理由が解ってなかったから。そこでこれを見つけた。」
高杉が持っているのは、禁書庫の印が押された相当古い古文書だった。
「これは古代文字で書かれた預言書だ。」
これを探し出すために、高杉は二週間も続けて定時後の数時間、天の図書館にこもっていた。
「古代文字なんて、誰かよめるの?。」
「ああ、貴族のたしなみとして、子供の頃、すこしかじった。それで辞書を片手に解読してみた。『七人の長老のひとりが悪に操られ、天を壊そうとした。地下道を下り、カギを開き、剣を探せ。悪を見破ったものが、その剣で、その長老の影をさせ。さすれば、長老は自我を取り戻すだろう。』と、あった。」
「資材課課長が保存した地下室を降りて、総務主任が見つけたカギを使って、剣を探して、悪を見破ったものって、これ、もしかしてヒラメの事?。ヒラメが剣を刺すの?。」
キララが高杉とヒラメを交互に見ながら言った。
「たぶん、そうだと思う。まず、竜崎相談役がいる部屋にはいるには、セキュリティを通って入ることになる。剣を持ち込むのはかなり難しい。それに、いくら影を刺すといっても、人に剣を向けるのは、勇気がいる。剣を見られたら抵抗されるだろうし。その上、剣を向ける根拠はヒラメの勘と、古代文字で書かれた抽象的な預言書だけだ。」
高杉は言葉に詰まってしまった、ヒラメに酷だと思ったからだ。
「でも、」
ヒラメは意を決したように、ちょっとひきつった笑顔で、話し出した。
「前世では私、ただ怖くて、自分の五感も信じられなくて、誰かにストーカーされるなんて信じたくなくて、何もしないで、死んじゃった。今度こそ、ちゃんと自分を信じて行動したい。もちろん、一人じゃ無理だけど」
「計画を立てよう。誰にも気づかれないように、竜崎相談役の影を剣で刺す方法を考えよう。白木課長も誘って。皆で考えれば何か解決策がみつかるだろう。」
高杉の力強い言葉に、キララとヒラメが頷いた。
ーいつも私が困った時に、この二人が助けてくれる。きっと大丈夫。なんとかなる。ー
いつものヒラメに戻れたようだ。
そんなヒラメを見ながらキララは彼女とはじめて会った時の事を思い出していた。
1年半前のこと、キララが庭を歩いていると、天の事業(株)で一番高い木の上で人の声がした。
「大丈夫だよ。心配しないで。私を信じて。もうちょっとこっちに来て。」
ー一体何事?。木の上で、誰が何をしてるの?。ー
キララが上を見上げると、緑の葉が生い茂った枝の上、綺麗な足が見える。
いや、他のものも。
「何してるの?。パンティ丸見えよ。早く降りなさい。」
「えっ?、見ないで。まだ降りられない。この子を助けないと。」
よくよく耳を澄ませば、消えそうなか細い猫の鳴き声がする。
「下に降りたら食べ物あげるから。私の所に来て。そう、おりこうさん。もう大丈夫だよ。」
ガサガサ音がして、痩せ細った子猫を抱えたグレーのスーツを着た女性が葉っぱまみれで降りてきた。
よく見れば美しい顔立ちをしているのに、おばさん風のひっつめ髪と体に合わないスーツで台無しになっている。
「これ食べる?。」
彼女はグレーのスーツのポケットから、おむすびを取り出し、子猫に与えた。
よほど何日も食べていなかったらしく、子猫はガツガツとおむすびを食べ尽くした。
おむすびを食べ終えて、身繕いを済ますと、何かを思い出したように子猫は草むらに走って消えた。
「お母さん猫の所に帰ったのかな?。またね、猫ちゃん。」
「またね。じゃないわよ。あんた、何考えてるの?。パンティ丸見えで、あんな高い木に登って、怪我したらどうする気だったの?。」
「怪我なんてしませんよ。木登りなんか子どもの頃から慣れてるし、猿も木から落ちるって言うけど、私は木から落ちたことありませんよ。」
「ポケットからおむすびを出してたけど、いつもあんな物、ポケットにいれてるの?。」
「ええ、24時間勤務なので、いつでもどこでもお腹がすいたら食べられるように、ポケットに食べ物をいれてるんです。」
ーこの娘素朴で純粋でまるでダイヤモンドみたいな心をしてるんだ。皆んなが脳天気って言ってるけど、本当にそうなんだ。面白い、こんな娘と一緒にいたら、絶対に退屈しない。ー
「あんた、ひらめき課の新人でしょう。たしか天の事業(株)初の農村出身とか言う。そう、皆んなひらめき課のヒラメって呼んでる。」
「はい、皆んなヒラメって呼んできます。先輩は何課ですか?。」
「幸福の女神課のキララよ。キララってよんでいいわ。私と友達になる気ある?。」
「もちろんです。キララ先輩。友達になりたいです。私、まだここで友達出来てないんです。食堂のおばちゃんとかは優しくしてくれるけど、友達じゃあないし。」
「良かった。私達、友達よ。先輩はいらない、キララでいいよ。何か困ったことがあったら私に言いなさい。」
これが二人の運命の出会いだった。
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