第7話食事会と前世の記憶

 一週間後、キララはヒラメと高杉を食事会に呼び出し、前世の記憶が戻った件についての調査の進捗を高杉から聞き出すことにした。

もちろん、機会があったら二人っきりにして、二人の恋のキューピット役を買って出ようという気持ちもあった。

本当はもっと早く食事会をする予定だったが、幸福の女神課の仕事が忙しく一週間もたってしまった。

二人はヒラメの姿をみて驚いた。

そういえば、キララさえもここ一週間ヒラメに合っていなかった。

ヒラメがげっそりと痩せていたのだ。

それに、弱々しく生気がない、まるでヒラメではないヒラメにそっくりな別人を見ているようだった。

「ヒラメどうしたんだ、そんなにガリガリに痩せて。食べ物にあたったか?。それとも、仕事で失敗したのか?。」

高杉はヒラメを見るなり驚いてそう言った。

「言い方。」

キララは高杉に注意を促した。

「夜眠れなかっただけよ。」

と弱々しくヒラメは答えた。

「ヒラメが眠れない?。24時間勤務でさえピンピンしてた、ヒラメがなぜ眠れないんだ。まさか、悩みがあるわけじゃないだろう?。」

「高杉氏、言い方。」

「毎晩変な夢をみるの。真っ黒いものに引きずり込まれそうになる夢。とっても禍々しくて、一晩中眠れなくなる。」

「本当に悩みでもあるのか?。それが深層心理で、真っ黒なものになって夢に現れるのかもしれない。なにか心当たりはないのか?。」

今度は高杉も、真剣に心配していることを隠さなかった。

「相談役会議のときに私たち食事を運ぶ手伝いをしていたでしょ、相談役たちに食事を出す時、すごく怖くて嫌な気持ちになったけど、お偉いさんの傍に行くのが初めてで、緊張から気分が悪くなったのかと思ってたけど。あの日の夜から、変な夢を見るようになったの。」

「その時の緊張が夢になって表れているにしても、あれから一週間もたっているんだ。もういい加減記憶が薄れて夢を見なくなっていいころだろう。そうだ、ここで旨いものを食べて、気分転換しろよ。」

「部屋の模様替えとかしてみたらいいんじゃない?。」

「ありがとう、タカピー、キララ。とにかく食事を始めましょう。」

ヒラメの言葉で三人は和やかに食事を始めた。

ヒラメは頑張って食べようとしていたが、いつもの半分も食べてはいない。

食事がすむと高杉が話し始める。

「キララが総務課主任の他に、資材課にも前世の記憶がよみがえった人物がいると調べてくれたから、自分が二人の周りに聞き込みをしてきた。要約するとこうだ、前世の記憶がよみがえった結果、『総務主任はカギを見つけた。』『資材課の課長は地下室を保存した。』『ひらめき課の課長は図書館を守った。』。」

「それって、どういう事?。何か意味があるの?。」

「意味はまだ解らないが、消されたはずの前世の記憶を戻してまで、誰かが何かをさせようとしていると思う。どうした、ヒラメ。気分でもわるいのか?。」

うつむいて少し震えているような、ヒラメに気づき高杉が声をかけた。

「ごめん、ちょっと気分が悪くなって。横になれば治ると思うから、悪いけど先に帰るね。」

「送ってくよ。」

「一緒に帰りましょう。」

「ごめん、一人で大丈夫だから。」

と、足早に一人で立ち去ってしまった。

「ヒラメどうしたんだろう、何か変ね。」

「ああ、逃げ出したみたいに見えた。いままでこんな事なかったのに。」

ヒラメと高杉の距離を縮めようとした、キララの目論見は失敗して、逆に二人の距離は

開いてしまったようだった。

次の日、ヒラメは仕事はいつも通りしているようだったが、口数も少なく、時々トイレで吐いているようだった。

「ヒラメ先輩、あんなに吐いて、できちゃったんじゃあないですか?。相手は誰でしょうね?。」

と、聖子が言っていた。

「ヒラメ、まだ変な夢にうなされてるの?。昨日食事会から逃げ出した理由を、私に分かるように説明して。」

強気に出たキララに、ヒラメはボソボソと話し始めた。

「思い出したの。私も。」

「何を?。」

「前世の記憶を。」


深夜、若い女性が人気のない街角を歩いている。

深夜の町の風景はとても穏やかで、それなのに、何かが起こりそうな危険な香りが密やかに漂ってくる。

ただ停車しているだけの車が、薄気味悪い存在感を放つ。

女性は不安そうに何度も振り返る、影のようなものが動いた気がいた。

女性は足を速めながら、バックからスマホを取り出し、彼氏の番号を押した。

「ああ、オレ。」

「またつけられてる気がするの。」

「そんなに怖いならどうしてこんなに遅くまで仕事するんだ?。」

「後輩がミスして、私が手伝わないと明日の商談に間に合わないから。」

「今どこにいる?。」

「駅から10分のところ。あと5分で家に着くわ。」

「じゃあオレ、そっちに行くよ。10分以上かかるけど、由里亜、大丈夫?。」

「うん、大丈夫。ごめんね、疲れてるのに。」

女性はスマホをしまうと後ろを振り向いた。

今度は何も動かなかった。

そうだ、気のせいなのかもしれない。

ここ一か月、彼女は無言電話や不信メール、いわゆるストーカー被害に苦しめられていた。

彼氏は警察に被害届けを出すことを薦めたが、彼女はそれをためらっていた。

警察にいく勇気がなかった。

自分がすむマンションの明かりが見えて、彼女はほっとした。

暗証番号を入力し、エントランスに入って彼女はホッとした。

やっぱり、気のせいだったんだ、彼氏に断りの電話をいれようか。

エレベーターが降りてきた。

中から男性が降りるのを待って彼女はエレベーターに乗り込んだ。

ところが、一度降りた男性がくるっとUターンして、エレベーターに乗り込んできた。

ー忘れ物?。-

と、わき腹に痛みが。

ーえ?。なにこれ。わき腹にナイフがささり、血が流れている。ー

彼女はその場に倒れこみ、エレベーターのドアがしまった。

黒いシャツに返り血がついていたが、前を開けて着ていた黒いコートのボタンを留めると、返り血は見えなくなった。

男は何事もなかったようにゆっくりと立ち去った。


由里亜はガバッと起き上がり、自分の部屋を見渡した。

夢?。

ここはどこ?。

私の部屋だ、でも私は由里亜じゃない、平井めぐみ。

ああ、私は前世の夢を見たんだ。

ヒラメは頭を抱え、うつぶせになり、体を縮こませた。

まただ、また、あの黒く禍々しいものの気配を感じる。

自分を殺したストーカーの気配は心底、怖かった。

だが、それの何十倍も禍々しい気配を感じる。

心底怖い、ヒラメはガタガタと震え出した。

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