第6話総務課の試練

 天高く馬肥ゆる秋のある日、

「今年も天の事業(株)の大食い大会が開催されるらしい。」

「出場者募集中だ。今年は誰が出場するんだ?。」

「どうせ去年同様、総務課の長谷川が、今年も優勝だろう。」

「今年はホットドッグの大食いらしい。」

「他に出場するやつはいるのか?。」

「空高く馬肥える秋、そう食欲の秋、大食い大会の秋が今年もやってきました。ただいま出場者募集中。優勝賞金は十万円。大食いの品はホットドッグ。皆様奮って出場申し込み願います。」

天の事業(株)でここ数日、毎日のようにそんな放送がされていた。

「ホットドックか、ウマそうだよな。俺、申し込もう。」

「お前、無理だろう。ホットドックは飲み込みづらいんだぞ。」

「去年のチャンピオンの長谷川に勝てるわけがない。凄まじい早さで食ってたぞ。」

大食い大会の話題で皆が盛り上がっていると、キララがヒラメをそそのかし始めた。

「ヒラメならホットドックの大食いなんて簡単でしょ。十万円家に送ってあげたら、家族が喜ぶよ。」

「そうかな。皆んな喜ぶかな?。」

「コロッケをあんなにたくさん食べられるヒラメなら、ホットドックも楽勝だよ。」

「じゃあ大食い大会に出場申し込みしてみようかな?。」

そこに高杉がやってきて、二人の会話を聞いて、ヒラメをたしなめた。

「ヒラメ、やめたほうがいい。長谷川と何度も食事をしたことがあるが、ヤツの胃袋はまるでブラックホールだ。去年もぶっちぎりで優勝したんだ。」

「ヒラメだってすごいんだから。コロッケ50個食べられるのよ。」

結局ヒラメは大食い大会に出場申し込みすることになった。

大食い大会当日、敷地に野外の特設会場が作られているた、ヒラメは楽しくて仕方ない。出場者のほとんどは初対面なのになぜか同士、とか運命共同体感があった。

言葉では言い表せないワクワク感。

女性はヒラメともう一人だけで、後はアメリカンフットボールの選手みたいに体格の良い男性ばかり。

ヨーイはじめの合図で、皆がホットドックを食べ始めた。

三十分食べ続けて、一番たくさん食べた人が優勝だ。

去年のチャンピオンの長谷川を筆頭に、凄い速さでホットドックを平らげていく。

彼らはホットドックを握りつぶし、次々と口に放り込んで、咀嚼もせずに飲み込んでいた。

かたや、ヒラメはモクモクと自分のペースで食べている。

ヒラメだけが、ニコニコしながら、味わいながらよく噛んで食べている。

そうとう美味しいホットドックらしい。

「ヒラメ、もっと急いで食べて。」

「長谷川、頑張れ。」

二十分を過ぎると皆、食べるペースが落ちてくる。

リタイアも、ではじめた。

二十五分過ぎた、ヒラメだけが自分のペースでモクモクと食べ続けている。

まだニコニコ笑いながら食べ続ける彼女を、リタイアした連中は化け物を見るように眺めた。

二十八分が経った時、いきなりヒラメの隣の女性が苦しそうに仰け反った。

口に入れたホットドックを無理やり飲み込もうとして失敗し、喉に詰まらせたらしい。

ヒラメはすばやく移動し、彼女を後ろから抱えるように腕を回し、片手で握りこぶしを作り、親指側を彼女の「みぞおち」と「へ そ」の間に当て、もう一方の手で、こぶしを包み込むように握り、素早く手前上方に向かって、圧迫するように突き上げた。

変な音がして、ホットドックが口から飛び出し、再び彼女が息をした。

救護班が彼女のもとに駆け寄った。

その時、終了のブザーが鳴る。

「優勝、ひらめき課平井めぐみ」

アナウンサーがヒラメの手を取って高くあげた。

「やった、ヒラメが優勝した。私が言った通りでしょう。」

大威張りのキララの声がヒラメまで届いた。

「ああ、美味しかった。美味しいものを食べてお金まで貰えるなんて、世の中にこんなにうまい話しがあるなんて。」

大満足のヒラメだった。


せっかく秋晴れの心地よい季節だというのに、秋麗を楽しむ余裕のない課があった。

年に一度の相談役会議が近づくにつれ、総務課の動きはあわただしくなる。

天の事業(株)のトップは勝又代表取締役社長だが、七人の元本部長たちが相談役という肩書で、天の事業(株)を監督していた。

彼らは、天の事業(株)の創業メンバーでもあった。

天での寿命は下界と同じで、90歳前後なのだが、彼らを含む何人かの創業メンバーは数万歳を超えていた。

彼らは天に選ばれ、不死に近づいた人物だと思われている。

90歳を超えた時点で、それ以上は老いずに、100万年以上生き続けている人々だった。

その相談役たちに天の事業の年間報告を行い、食事等でもてなすのが、相談役会議であり、総務の仕事のひとつだ。

各課からの報告書を受け取り、会場と食事と人員の手配、社報に七人の相談役のインタビューを乗せ、会議の進行表を作成し等々、総務課は修羅場と化す。

「大変です、課長!。長谷川が高熱を出して、気絶しました。」

「なに、あの屈強な長谷川が倒れた?。担架を持って来い、医務室に運べ。」

長谷川をのせた担架は、男4人をもってしても持ち上がらなかった。

なぜなら、長谷川はここ数年ボディビルで優勝しており、全身筋肉で重いうえに、身長が二メートルもあったから。

「ちょっと君、手伝ってくれないか。」

と、総務課長は廊下を通りかかったガタイのいい奴を呼び止める。

ひらめき課の新人、岩田であった。

岩田は担架の片側を一人でひょいと持ち上げ、反対側は男三人がかりでなんとか持ち上げて、長谷川を医務室に運んだ。

そのパワーに一目ぼれした総務課長のたっての希望で、相談役会議の前後三日間、岩田は総務課に貸し出されることになる。

「課長、あの岩田さんは素晴らしいです。一人でテーブルを担ぎ上げるし、重い段ボールを一度に何個も移動させて、一日中働いても顔色一つ変えません。もしかしたら、長谷川と同じくらい、もしくは彼よりも屈強かもしれません。」

「そうか、来年から総務課に移籍してもらえるように、今から申請しておこう。」

総務課一同が落ち着きを取り戻したのは、相談役会議が終了した数日後だった。

体調が戻った長谷川は、総務課の白鳥と共に、ひらめき課を訪れた。

担架で自分を運んでくれた上に、自分が休んでいる間に総務課の仕事を手伝っていた岩田に礼を言うために。

白鳥が岩田をみつけ、長谷川を紹介した。

長谷川が岩田に礼を言っている間、白鳥はキョロキョロとひらめき課を見渡す。

ちょうどそこに、岩田と交代して、夕方からの勤務につく為にヒラメが出勤してきた。

「やっぱり、平井めぐみさんですよね、僕の事、覚えてます?。」

突然話しかけられたヒラメは、目をパチパチさせその男を眺めたが、まったく見覚えがない。

「えーと、どこかでお会いしましたか?。」

「僕です、白鳥、K町の高校で一緒だった。やっぱり、運命だ?。また、めぐみさんに会えた。」

「白鳥さん?。そういえば、同じ学年にいたような?。」

「ひどい、三年間同じクラスだったでしょう。」

「もしかしたら、生徒会とかしてました?。」

「三年では生徒会長でした。」

「ああ、たぶん思い出しました。白鳥さんでしたか?。」

「めぐみさん、本当は僕に会う為に天の事業(株)に入ったんでしょう。隠さなくてもいいですよ、僕にはちゃんとわかっています。」

もちろん、キララはいつものように、偶然そこを通りかかり、ヒラメと白鳥の写真をとった。

「めぐみさん、僕と付き合いませんか?。農家出身のあなたにとって、いい話だとおもいますよ。」

「いい加減にしなさい。仕事の邪魔。岩田さんこの人を外に出して。」

キララが岩田に命じると、岩田は白鳥の首根っこ掴んで、ひらめき課から放り出した。

「キララ先輩どうしてひらめき課にいるんですか?。」

岩田が不思議に思って尋ねると、

「なんとなく、ヒラメが危ないって感じて、やってきたら案の定だった。」

と、キララは当然のように答える。

その答えにスーと、引いた岩田であった。

岩田は健全な肉体と健全な精神をもった常識人なので、キララのめぐみへの執着や、聖子の婚活づけの人生には理解しがたいものがあった。

ーここで自分はやっていけるのだろうか?。ー

岩田は少し不安になる。

しかし、慣れっこのヒラメは何でもないように、二人に礼を言った。

「ありがとう、キララ、岩田さん。助かったよ。」

ーヒラメ先輩自身は常識人なのに、何でもすんなりと受け入れる度量がある。そうか、これが脳天気とよばれる由来なんだ。ー

岩田は少しだけ、ヒラメのことを理解したようだった。

ーヒラメ先輩がいれば、なんとかここでもやっていけるかもしれない。ー

岩田はそう考えた。

ヒラメがとんでもない重さの荷物を軽々と持ち上げるのを見ていたので、彼女を自分と同類と認識していたのだった。

「ヒラメ、なんだか元気がないみたい。大丈夫?。」

「うん、大丈夫、昨夜眠れなかっただけ。心配しないで。キララ。」


 そんなある日、高杉が長谷川の自宅を訪れた。

全然タイプの違う二人だが、同期入社であり、同じジムに通っていることもあり、彼らは仲がよかった。

「長谷川、体調はどうだ?。これは差し入れだ。栄養があるものをコックに作らせた。」

「いつも悪いな。もう大丈夫だ。仕事にも出ているし、今日からジムにも顔を出すよ。」

「それはいい、お前が来ないとジムが静かで困る。そういえば、以前、総務課の主任の前世の記憶が戻ったって噂を聞いたが、それについて何か知っているか?。」

「ああ、帳簿や契約書の見直しをしなかったせいで、取り返しのつかない失敗をした前世の夢を見て、倉庫に山積みだった古い帳簿や契約書を見直したのは本当だ。おかげで倉庫がすっかり片付いた。」

「そうだったか、それなら夢に感謝しないとな。」

「それに、天の事業部の創業メンバーの写真や、古い社報や、古いカギなんかが出てきて、今度資料室に展示することになった。」

「カギ?。なんのカギだい?。」

「何のカギかわからないけど、古くて立派なものだから、大事なカギなんじゃないかな?。」

「そうか、資料室に展示されたら教えてくれ、天の事業部の歴史に触れられるいい機会だからな。それにしても、長谷川、本当に体調がもどったのか?。何か、雰囲気がいつもと違う感じがするが。」

普段、黒い服しか着ない長谷川がピンクのTシャツを着ていたら、誰でも変だと気づく。

「気になる女性が、できたんだ。」

硬派の長谷川から、女性の話がでて高杉は驚いた。

「それはめでたい。どんな女性だ?。」

「素晴らしいヒトなんだ、今まで出会った女性とは全く違うんだ。」

「それでどうした?、告白などして、付き合うことにしたのか?。」

「付き合うなんて、まだそんな。とりあえずジムに誘ったんだ。まだOKはもらっていないんだが。」

「そうか、それなら、ジムで会えるのを楽しみにしているよ。長谷川がそんなに褒める女性に、ぜひ合ってみたいものだ。」

「ああ、OKがもらえるように、神に祈ってくれ。」

高杉は長谷川の家からの帰り道に考えた。

ー白木課長は図書館を守った。総務課の主任はカギを見つけた。一体これは何を現わしているんだろう?。そうか、図書館になにかが隠されているのかもしれない。しかし、あんなに巨大な天の図書館をどうやって探せというんだ。ー

キララがまたヒラメと男が写っているインスタを送ってきた。

ーヒラメの奴、楽しそうだな。なぜ、ヒラメの楽しそうな顔を見ると、胸が痛むんだろう。それにしても、キララは一体何を考えてこんなの送ってくるのか?。ー



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