第5話技術開発課と祝福課と善悪カウント課

窓を締めて冷房をきかせていても、蝉時雨の音が聞こえてくるある日のこと。

「岩田さん、私、技術開発課に行かないと、一時間くらいここをお願いできる?。」

「はい、ヒラメ先輩、構いませんよ。ところで、技術開発課の仕事ってどういうものですか?。」

「ひらめき課で使ってる、ひらめきそうなときに鳴るポケベルを作ったのも技術開発課だし、幸福の女神課には人間界をピンポイントで観察できる地上観察望遠鏡、恋のキューピット課のキューピットの矢もみんなあそこで開発してもらったの。」

「今回、うちの課で何か開発依頼するんですか?。」

「思いついてからひらめきを形にするまでの時間を短縮出来るように、キーワードを送信したいって白木課長が提案して、ひらめきキーワード送信機を開発してもらうことになったの。」

「それは、いいですね。ペンディングが多すぎて、業務が複雑になっていますから。思いついてからひらめくまでの時間が短縮されればひらめき課も助かります。では、行ってらっしゃい、ヒラメ先輩。」

技術開発課を初めて訪れたヒラメは、そっと開きっぱなしのドアから中を覗いた。

そこはまるでいくつもの町工場が同じ場所に同居しているような場所だった。

ホワイトボードには難し気な方程式や記号が殴り書きされており、その前で数人が大声で議論していた。

少し離れた場所では、多数の部品が組み立てられている、その隣では、塗装がされている、その奥では旋盤加工がされ、その右側で3Dプリンタが高速で何かを作っていた。

とにかくすごい騒音だった。

みんなお揃いの作業着を着ているが、数人の作業着は汚れており、何日も眠っていないらしく目の下にはクマができていた。

「すみません、ひらめき課から来ました平井です。担当の影山さんはいらっしゃいませんか。」

ヒラメが何度か叫んだが、騒音のため聞こえないらしく、誰も振り向きもしない。

しばらくして廊下の向こうから女性がやってきて、ヒラメに声をかけてくれた。

「技術開発課に御用ですか?。」

「はい、ひらめき課から来ました。担当の影山さんをお願いします。」

彼女が影山を呼んできてくれ、別室で打ち合わせが始まった。

「ひらめく時間を短縮するために、キーワードを送信するんですが、最適なタイミングで送信できるように、対象者の脳波の状態を表示できるようにはなりませんか?。」

「そうですね、シータ波の時にキーワードを受け取れば、自分なりに咀嚼しやすいでしょうね。脳波を表示できるようにします。キーワードは最大何文字くらい必要ですか?。」

ヒラメと長谷川の打ち合わせは一時間以上続いた。

そのあと、仕事熱心な長谷川はひらめき課での作業を実際に見たいと言い出し、ひらめき課に足を運んだ。

それを、キララが見つけ、長谷川とヒラメが話している姿を高杉にインスタしたとは、二人の知らぬところであった。

長谷川が帰ろうとしたところに、不機嫌そうな高杉がやってきてヒラメに絡んだ。

「ひらめき課が技術開発課に、何の用があるんだ?。」

「白木課長の提案で、ひらめきキーワード送信機を開発依頼してるのよ。」

「いままで、一人で24時間勤務だったのに、増員されて、さらにそんな送信機まで作ってもらうと、やる仕事がなくなるんじゃないか?。」

「ひらめき課で天の図書館の管理もしてるから、おかげさまで大忙しよ。」

「そうだな、ヒラメも岩田も肉体労働が得意だからな。本の移動に役立つだろう」

「最近、タカピーの性格がよくなったかと思っていたのに、今日は以前のタカピーに逆戻りね。」

ヒラメの言葉に高杉は、本当にどうしてなんだろうと、自分でも不思議だった。

ヒラメが技術開発課の奴を、頼りにしているのが気に入らない。

しかし、そんなこと自分に関係ないと解っていた。

なぜヒラメに対しては、こんな態度をとってしまうのか、自分でもよく解らなかった。

いつの間にか現れたキララが、二人の様子を眺めていた。

高杉のヒラメに対するこの様な行動を、キララは陰で『小四病』と呼んでいた。

小学生の男子が、好きな女子の髪を引っ張るのとそっくりだから。

高杉がこの病から抜け出し、ヒラメへの恋心に気づくのは一体いつになるのか?。

ヒラメが高杉の気持ちに気づくのはいつか?。

ーここは私が一肌脱いで、二人をくっつけようか?。ー

と、キララは今後の計画を練るのだった。


「平井さん、技術開発課との打ち合わせはどうでしたか?。」

「はい、白木課長のおっしゃった通りにひらめきキーワード送信機の開発依頼をしましたが、担当者がとても熱心で、感心してしまいました。」

「自分の仕事を他の課に説明するのは、平井さんにとっても、自分の仕事を客観的にみるいい機会だったでしょう。」

「はい、いい経験だったと思います。ところで、技術開発課の廊下の奥に、コンピューター室(天災)という部屋がありましたが、あそこはなにをする場所でしょうか?。」

「あそこは、大雨、台風、地震、雷、津波、竜巻、疫病、バッタなどの天災を、コンピュータが自動で乱数を使って、ランダムに発生させている場所です。」

「天災ですか?。怖いですね。」

「ええ、天の事業(株)の創業当時はオペレーターが天災を起こしていたのですが、下界の多くの人間や動物が被害にあうのを見て、精神を病んでしまったそうです。その為、コンピュータが乱数を使って天災を起こしているように変更されたのです。」

「なぜ、天災を起こすのですか?。天の事業(株)の仕事は下界の人類が幸せに暮らすのをサポートすることだと思っていました。」

「天災を起こすことで、人類の数が増えすぎないようにし、他に敵がすくない人類がうぬぼれて、自滅することを防いでいるんです。」

「バベルの塔のようにですか?。」

「まあ、そういう事ですね。敵がいたり、天災があったりするから、進歩しようとするんではないでしょうか?。」

「病気になると、健康のありがたさに気づくようにですか?。」

「僕らも気を付けないと、真面目にコツコツと努力し続けていないと、人はすぐ退化してしまいますからね。」

前世の記憶が戻る前の白木課長は、やる気もなく、服装にも気を使わない、退化した人間のようだった。

しかし、前世の記憶が戻った後は、前世の自分に追いつくように、服装も変え態度も変えた。

先に退化してから、進化した白木課長の言葉には、退化について身をもって体験しているせいか、妙に説得力があった。

白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑んだ。

眼鏡がキラッと光った気がした。


 「おばちゃん、コロッケ定食一つおねがい。」

「ああ、めぐみちゃん。また、コロッケ定食なのかい?。本当に好きなんだね。はい、お待ち。」

「ありがとう。ああ、美味しそう。」

「めぐみちゃん、悪いんだけど、また米俵を倉庫から、食堂に運んでほしいんだけど。」

「いいよ、これ食べ終わったら、運んでおくよ。」

「いつも悪いね、じゃあ、これコロッケ5個とプリンをおまけしとくよ。」

「わあ、うれしい。いいの?。米俵を運ぶくらいで、こんなにもらっちゃって。」

「何言ってるの、米俵って、60㎏あるのよ。うちの食堂にはあんな重いもの、持ち上げられる人いないよ。」

「そう?、うちの村だと、米俵を持ち上げられない人なんで、10歳以下の子供くらいよ。まあ、私は10歳前から持ち上げられてたけど。私、昔から沢山食べるから、力持ちなんだよ。」

「そうなんだ、じゃあ、今日も頼んだよ。そうだ、ご飯が余りそうだから、おにぎりにしておいてあげる。米俵を運び終わったら、持っていきな。」

「やったね。おばちゃん、ありがとう。」


 昼食を食べ終えて課にもどると、白井課長が待っていた。

「平井さん、昨日言った通り、今から祝福課のヘルプをお願いします。」

「はい、課長。では行ってきます。」

天の事業(株)で一番仕事量が多いと言われているのが、祝福課だった。

祝福課の仕事は、平たく言えば、人々の祈りを叶えることだろう。

ここには下界から毎日莫大な量の祈りが送られてくる。

八十億の人が一日に数個の願いをして、それを分析、分類、累計し、経過を観察し、却下するものと、祝福するものにわけて、一件ごとに祝福をおくる。

100人以上いる祝福課員をもってしても、とんでもない仕事量だった。

もちろん、コンピュータが判断できるような、単純な祈りは自動的に分類、分析、累計されるのだが、コンピュータが判断できずにエラーとなる祈りが、数多く残り、それらは祝福課の新人達の手で処理することとなっていた。

「うちの課の新人二人が、仕事がきつくて退職してしまい仕事が溜まってしまって、ひらめき課にヘルプを要請したんですよ。」

「ああ、解ります。今は、人員増やしてもらえたけど、私、二年間ずっと24時間勤務でしたから。」

「じゃあ、こっちのエラー分の分類お願いします。明日から、新しい人が入ってくるけど、すぐに使い物になる訳じゃあないですからね。」

「そういう事ですよね。ハハハ。」

いまでは新人を指導する立場になったヒラメも、彼の立場が痛いほどわかり、笑うしかなかった。

エラー分の分類が終わると、次の仕事が待っていた。

「平井さん、今、会議が終わって、今日祝福される人が決まりました。」

「祝福はどうやって授けるんですか?。」

「祝福の装置に該当者の住所と氏名と祝福の文章を入力するんです。」

「平井さん、その端末で住所と氏名を入力してもらえますか。祝福の文章はこちらで入力します。」

数百人の住所と氏名を無事に入力し、ヒラメの作業は終了した。

「ご苦労さまです、もう上がってもらっていいですよ。そういえば、ひらめき課の新人ですごく力が強い人がいるって聞きましたが?。」

「ああ、岩田さんの事ですね、彼女がどうかしましたか?。」

「じつは、廃棄処分の書類が25箱ほどたまっていて、困っているんです。一階にあるリサイクル収集場所までもっていかないとならないのに。できれば、岩田さんにお願いしたいものです。」

「ああ、それなら、仕事がおわったから、私が出しておきますよ。」

「ええ?、ひと箱20キロ以上ありますよ。女性には持ち上げられないでしょう。」

「ああ、20キロなら簡単です。さっきも60キロある米俵を食堂に運びましたから。」

ヒラメの言葉に口をパクパクして驚いていたが、

「ひらめき課員は皆さん力持ちなんですね、では、お願いします。」

と、結局ヒラメに頼んだ。

ヒラメは廃棄処分書類の箱を三つ一緒にもちあげて、皆に驚かれた。

一度に三つ運んだせいで、みるみるうちに箱は片付けられた。

「ご苦労様です。一息ついて、新茶とお饅頭をどうぞ。そうだ、たしかおせんべいもあった、これもどうぞ。あれだけ力をつかったら、栄養を補給しないとならないでしょう。」

「ありがとうございます。いただきます。」

ヒラメは大喜びで全て平らげた。

「平井さん、またうちの課でヘルプをお願いすると思いますが、その時もよろしくお願いします。」

「白井課長を通していただければ、いつでも喜んでお手伝いします。」

ーこんなにおいしいお饅頭を食べさせてくれるのなら、毎日だってヘルプしちゃうよ。ー

相変わらず、食べ物に弱いヒラメであった。


「平井さん、この本を善悪カウント課に持って行ってくれます?。」

「はい、今から持っていきます。この本は何ですか?。」

「善悪カウント課から貸し出し依頼が来ていたものなんだけど、課員が高齢なのでもっていってあげたほうが、いいと思いまして。」

「善悪カウント課って窓際族って言われているところですよね。」

「定年退職までの時間つぶしに、一時的にあの課に在籍させられることが多いらしい。」

と、いう会話があって、ヒラメは今、善悪カウント課にやってきた。

窓もない狭く暗い部屋に、二台の端末が置いてあり、二人の初老の男性が座っていた。

「すみません、ひらめき課です。貸し出し依頼があった本をもってきました。」

「ああ、ご苦労様。そこにおいてもらえる?。」

「それにしても、この部屋暗いですね。」

「ああ、照明が一つ、切れちゃって。LEDランプを取り替えないといけないんだけど。総務まで取りに行くのも大変だし、あんな高い場所にあるもの取り替えて、骨でも折ったら困るから。」

ヒラメが総務からLEDランプをもらい、取り付けると、照明がついて、少しはましな明るさになった。

「掛け時計も止まってるじゃあないですか。」

ヒラメは古いLEDランプを総務課に返しながら、乾電池をもらってきて、古いものと交換し、掛け時計も動くようになった。

「ありがとう、助かったよ。水羊羹があるから、お茶でも飲んでいってよ。」

ヒラメは給湯室に行ってお茶をいれ、皆に配ってから、水ようかんを口に運んだ。

「私、善悪カウントについてよくしらないんですけど。」

「平井さんはひらめき課だから、善悪カウントを使わないだろうね。幸福の女神課や、恋のキューピット課では、資料として、善悪カウントを参考にするんだよ。」

「どうやってカウントされるんですか?。」

「下界の人間は生まれるとすぐに、右肩に善のカウンターが、左肩に悪のカウンターがつけられて、その人が、いくついいことをしたのか、いくつ悪いことをしたのかが、一目瞭然になるんだ。」

「そうですか、知らなかった。天の事業(株)って、いろんな仕事をしているんですね。」

「僕も若いころは、恋のキューピット課でバリバリ仕事をしていたんだけどね。年は取りたくないものだ、いまでは窓もないこの善悪カウント課で、窓際族って言われているんだ。窓がないのにね。ハハハ。」

ハゲている方のおじいさんが、くだらないシャレを言って、自分で笑った。

人のいいヒラメ、は二人の話し相手を三十分以上させられることになった。






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