第4話恋のキューピット課と初めての合コン
ボタンの花が咲き誇る歩道を、ボタンの花に負けず劣らず華やかでかしましい三人連れが早足で過ぎていく。
「ヒラメ先輩、早くしないと合コンに遅れちゃいます。急いでください。」
「ごめんなさい、聖子さん。でも、こんなにヒールが高い靴や、ひらひらのワンピースで歩くの初めてで、急いだら転びそう。」
「ヒラメ先輩が、合コンに出るような服も靴も持ってないっていうから、私のを貸したんですから、汚さないでくださいね。」
「髪を綺麗にアップにして、薄化粧して、服装を変えたら、ヒラメはまるで別人ね。」
と、キララは大喜び。
「私と一緒に合コンに出るんですから、最低でも化粧はしてないと。食べるのに夢中になりすぎて、会話に相槌を打つのを忘れないでくださいね。」
聖子はヒラメの手を引いて急がせながらも、内心ではヒラメの美しさに嫉妬を覚えて言った。
「すっぴんにひっつめ髪、その上、ださいグレーのスーツが定番のヒラメ先輩が、少しは見れるようになりましたね。」
それでも、
ーまあいいわ、私のほうが胸が大きいし、ブリッ子したら男なんてちょろいんだから。今日の合コンも私の一人勝ちよ。ー
と、考えなおして今日の合コンに集中した。
キララは完全に観察者に徹して、聖子のやりたいようにさせている。
ー綺麗に化粧し、着飾ったヒラメのインスタを高杉氏に送ってやろう。そうだ、どうせなら恋のキューピット課の独身男子と一緒にヒラメが楽しそうにしているインスタを送ろう。高杉氏が嫉妬したら、思い切りからかってやろう。ー
と、キララは企んでいた。
高杉氏をからかう材料が、一つでもたくさん手に入るように、キララはスマホを握りしめる。
「私、ひらめき課の澤村聖子です。恋に夢見る二十歳です。趣味はお花を生けることです。宜しくお願い致します。」
聖子が職人芸のようなブリッコを見せた。
合コンが始まれば、聖子の独り舞台だった。
多くの獲物をしとめようとする狩人のような百戦錬磨の聖子が進行する。
「じゃあ、山の手線ゲーム始めます。」
目の前のおいしい食事に夢中で人の話を聞いていないヒラメ。
「わあ、この卵料理すごく美味しいですね。すみません、そこのお皿もとってくれませんか?。あれ?、今何かおっしゃってました?。」
高杉をからかう事だけを目的に写真を撮り続けるキララ。
「写真を撮るのが趣味なんです。お気になさらず。」
変な三人組が誕生したものだ。
結果的に、聖子は恋のキューピット課の三人の連絡先をゲットして、ヒラメは美味しい食事を思う存分食べられて、キララはヒラメと男性が楽しそうに写っている写真がたくさん撮れて(本当は男性が話しかけてくるのに食事がおいしくてにこにこしているヒラメがただ相槌をうっているだけなのだが。)、三人とも満足していた。
いくつかのゲームをした後に、聖子が尋ねた。
「恋のキューピット課って、どんなお仕事をしてるんですか?。私、とっても興味があります。ひらめき課より恋のキューピット課にはいりたかったな。そしたら皆さんとずっと一緒にいられたのに。」
キューピット課のホープである伊集院が率先して答える。
「恋のキューピット課は男女二人の相性や、性格、経済力、将来性などを見極め、恋のキューピットの矢を二人にあてる。生涯二人が幸せに暮らせたら、わが課の業績となる。幸福の女神課が一人を観察して、幸福の女神のほほえみを与えるのに比べ、我々の業務のほうが難易度が高いと自負しているよ。」
そんな伊集院の高圧的な物言いも、上機嫌なキララは気にならない。
「どこの課の業績が上とか下とか、そんなこと、どうでもいいんじゃない?。仕事もプライベートも楽しくやらなくっちゃ。」
キララは伊集院など歯牙にもかけていなかった。
キララが歯牙にかけているのはヒラメの写真を撮ることだけだったし、ヒラメが歯牙にかけているのは食べ物だけだった。
次の日は、恋のキューピット課の月例報告の日だった。
「なぜ日本での恋のキューピット成功率が、こんなに低いのだ?。他国の10分の1ではないか。」
「課長、その件につきましては我々も追跡調査を行いました。その結果、日本人は恋のキューピットの矢が刺さって恋に落ちても、ほとんどが告白のせず、何の行動にも出ないという結果がでました。それがわが課の成績を著しく下げている要因でもあるのです。」
「つまり、日本に対して我々が努力しても、課の成果になりにくいということだな。そうだとすると、次回の恋のキューピットの矢の、実施候補に挙がっている、この日本人たちはどうなる?。」
「彼らはすべて結婚願望があり、子供好きで、努力家で我慢強く、恋のキューピットの矢が刺さった場合、結婚にいたる確率が高い者たちです。」
「つまり日本人の場合に限り、恋のキューピットの矢を使う前の調査を厳しくするということだな。」
「はい、次回は必ずわが課の成功率をあげ、今年こそ幸福の女神課を抑えて、業績第一位となる所存です。」
「よく言った、伊集院、期待しているぞ。」
会議室を出たところで、伊集院は高杉に声をかけられた。
「恋のキューピット課の、月例報告会議は終わったのか?、伊集院。」
「高杉、今年こそ恋のキューピット課が、業績一位に返り咲く。楽しみにしていろ。」
二人は同期入社で、入社時の成績は高杉が1位、伊集院が2位、二人共三大侯爵の本家の長男で、お互いをライバル視するのも当たり前である。
「合コンなどにうつつを抜かす君たちなど、我々の敵ではない。」
と、高杉が言いきった。
実は高杉は、キララにヒラメと伊集院が並んで座っているインスタを送りつけられ、伊集院に対する嫉妬の炎を燃やしている。
本人に自覚がないことが最大の問題点であったが。
「合コンなんて、お遊びですよ。そういえば、一人良い娘がいましたが、僕には許嫁がいますから。」
伊集院が言ういい娘とは、体を摺り寄せて愛想を振りまいていた聖子の事であったが、ヒラメの事しか頭にない高杉は例のインスタを思い出し、グッと胸をえぐられたような痛みに耐えた。
実はこの写真、ヒラメと伊集院が並んで座り仲良く会話し、ヒラメが伊集院に微笑んでいるように見えるが、伊集院が一人で自慢話をしている時、伊集院の頭越しに運ばれてきたコロッケをみて、ヒラメがにっこりしただけのことだった。
なにしろ、コロッケはヒラメの大好物だから。
むしろ、このシャッターチャンスを逃がさなかった、キララの手腕を褒めるべきだろう。
そんなことは知らない高杉は伊集院をにらみつける、もちろん伊集院も高杉をにらみ返し、お互いくるっと反対方向を向き歩き出した。
「高杉の奴、いつにもまして目つきが悪く、殺気立っているな、あいつも自分の課を業績一位にすることに、燃えているのだろう。」
高杉がまったくの勘違いの嫉妬で、自分を睨んでいるとは伊集院の知らざることだった。
ーなぜだろう?、伊集院が憎くて仕方がない、元々尊大な性格のこの男は虫が好かなかったが、ヒラメと一緒の写真を見てから、どうにも我慢ができない、ヒラメもヒラメだこんな奴と合コンになど行くなんて。あれ?、なぜ自分がこんなことで気分を害さなければならないんだ?。ー
いつもの高杉らしくなく、彼の思考は支離滅裂になっていた。
合コンの次の日、ひらめき課では、
「恋のキューピット課って、どうして外界の人間にしかキューピットの矢を使えないんでしょうか?。天の事業(株)でも使えるようにしてくれたら、こんなにも苦労して合コンを頑張らなくもいいのに。」
「何を言ってるの、聖子さん。天の事業(株)は、外界の人間の為に仕事をする場所。公私混同をしないように。」
「岩田さん、あなたは特に見目麗しい訳ではないんだから、婚活に励まないと老後に孤独死がまってるわよ。」
「大きなお世話です。会社は仕事をする場所です。婚活の場所では、ありません。」
「あら、私だって、仕事中に合コンをしている訳ではありませんからね。岩田さんたら、資材課のお局と同じことを言うのね、将来のひらめき課のお局はあなたに決定ね。」
ヒラメがいないと、どうもこの二人は水と油のようだった。
「とにかく、各々決められた仕事をはじめてください。」
二人の言い争いにうんざりしながら、白木課長が仲裁にはいった。
ー良い結婚相手が見つからなかったら、最後の手段として白木課長に迫るしかない。アラサーだけど課長だし、まあこれ以上の出世は、ムリみたいだけど。ー
そう考えながら、聖子は白木課長を見つめた。
「ハクション」
白木課長が大きなくしゃみをして、両腕で自分の体を抱きしめ、身震いした。
白木課長にはどこか感のいいところがあった。
「白木課長は、結婚に興味がありますか?。」
聖子は獲物を狙う、肉食獣のように見えた。
「いいえ、僕は独身に慣れてしまって、結婚に興味がありません。」
蛇に睨まれたカエルの気分で、白木課長がこたえる。
「でも、若い女の子とかと、付き合ってみたいと思うでしょう?。」
肉食獣がジリジリと獲物との距離を詰めるように、聖子が近づいてくる。
「とんでもない、分不相応な希望は持たないことにしていますから。」
白木課長は、ほんとうは前世の妻が独りで孤独に死んでしまった事からまだ立ち直れなでいでいるのだったし、亡き妻とは似ても似つかない聖子に対して、異性としてはまったく興味をもてなかった。
「そういう事にしておきましょう。」
聖子が立ち去ったので、白木課長はホットため息をついた。
風薫る季節になって、妙なうわさ話が天の事業(株)中で囁かれた。
「聞いた?。天の図書館に幽霊が出るって話。」
「何でも、人魂がフワフワとんでるらしいよ。」
「まだ幽霊が出るには早いよね、普通幽霊は夏に出るでしょ。」
「幽霊って一年中でるんだよ。」
「昔、図書館で自殺した人がいて、それが幽霊になってでて、誰か図書館に来ると、家まで付いていくらしいよ。」
「その幽霊を見た人が、三日三晩高熱でうなされて、最後に、死んでしまったそうだ。」
ヒラメとキララが食堂で昼食をとっていると、そんなうわさがきこえてきた。
「ヒラメは天の図書館の司書の仕事もかねてるんだよね、幽霊見たことがある?。」
「ううん、見てない。ひらめきがおこったら夜中でも図書館に行って、資料を探したりするけど、一度も見てないよ。私、幽霊の話なんてはじめて聞いた。」
「いつ頃からそんな話が出ていたのか調べてみるわね。」
キララがそう言ったので、
「じゃあ私は、ひらめき課で誰か幽霊を見てないか聞いておくね。」
と、ヒラメがひらめき課に戻って全員に尋ねたが、誰も見ていないし、話も聞いたことがなかった。
「3ヶ月くらい前から幽霊の目撃情報があったみたい。」
キララが白木課長とヒラメに報告した。
「どうしたらいいでしょうね?。放って置く理由にもいかないし、今夜図書館で幽霊探しをしてみますか?。」
「そうですね。白木課長。私とヒラメと課長の三人でやってみますか?。」
「高杉くんは参加しないんですか?。」
白木課長の疑問に、ヒラメも同意した。
「タカピーが参加しないかきいてみたの?。キララ。」
「もう聞いてみたんだ。それなのに珍しく、『幽霊探しなんてしないほうがいい。そっとしておいてあげなよ。』って言うんだ。変でしょ?。」
三人は高杉不参加の理由について頭を捻った。
しかし、特にそれらしい理由に思い当たらなかったので、高杉は忙しいんじゃないかということで、意見が一致した。
その夜、三人は真っ暗な図書館に隠れて、幽霊が現れるのを待っていた。
「お腹が空いちゃった。キララ、何か食べられるもの持ってない?。」
「ヒラメがそう言うと思って、チョコレートを持ってきたよ。これをあげるから、音をたてないように食べて大人しくしていてね。」
「ところで、幽霊ってどうやって捕まえるの?。」
「掃除機で吸うんじゃないの?。壁とかすり抜けるんでしょ?。」
「壁をすり抜けられるなら、掃除機もすり抜けるんじゃない?。」
「静かに。なにか来ます。」
ずっと向こうに小さいボーっとした光が現れた。その光はフラフラと漂いながらゆっくりとこちらに向かってくる。
「こっちに来る。どうする?。逃げる?。」
三人が隠れて見ていると、10メートル程先で光はゆっくりとあっちに揺れこっちで回転して、やがて一箇所に留まった。
よく見ると光と共に黒い影のようなものも、蠢いている。
「近寄ってみます。」
白木課長は意を決して、光にそろそろと近寄った。
「あれ?。君はたしか、ガードマンのアルバイトをしてる大学生。君がどうして図書館に?。」
そこには見慣れた青年が、懐中電灯で本を読んでいた。
「あ、すみません。とうとう見つかっちゃった。僕、受験勉強用の資料を購入するお金がなくて。ガードマンのおじいさんが、図書館の本を使わせて貰えばって言ってくれて。でも、僕は社員じゃあないから、図書館の貸出カードは作れなくて。それで、ガードマンのおじいさんと交代した時間、少しの間こっそり勉強させてもらっていたんです。本当にごめんなさい。もうしませんから、バイトを首にしないでください。」
「心配しないで。君を責めてるんじゃ無いから。ここでアルバイトしている間、図書館のカードを使えるように手配してあげる。夜中に懐中電灯で勉強している姿を、遠くから見た人が幽霊だと勘違いしたらしい。それで僕らが、覗きに来ただけだよ。」
「ガードマンのおじいさんって優しいのね。仕事仲間に恵まれて、良かったね。」
ヒラメの言葉に青年は首を振った。
「おじいさんは良い人なんだけど、もう一人の中年のおじさんは、嫌な人なんだ。過去に大やけどをおったそうで、四六時中手袋をはめてるんだけど。性格が曲がってるよ。まあ、それだけつらい目にあって立ち直れないでいるんだろうから、あまり気にしないようにはしてるんだけどね。」
アルバイトの青年が立ち去ると、三人で話合った。
「タカピーは多分、幽霊なんかじゃなくて誰かが図書館で勉強してるだけって、気づいてたから私達と一緒に来なかったんだよ。」
ヒラメの言葉にキララも同意した。
「それにしても、こういう真面目な人に図書館を使ってもらいたいよね。」
「ヒラメの言う通り。外部の人達にも、図書館の本を貸出せないんですか?。」
「移動図書館という手がありますが。それは、我々の管理下でなく、ボランティアなどに頼らなければできないと思いますね。」
結局、商店街からボランティアを募り、ひらめき課が移動図書館に本を貸出し、ボランティアが管理して外部の一般の人々にも利用出来ることになった。
人々は大喜びで本を借りていった。
ガードマンのアルバイトの青年は、図書館の本を借りて勉強し、無事に、大学を卒業した上、就職も決まった。
「その節はお世話になりました。図書館を使わせて貰えたおかげで、無事大学を卒業して、就職までできました。移動図書館も作ってもらって、皆喜んでます。」
彼の笑顔は、ひらめき課員の仕事の誇りをくすぐった。
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