第3話ひらめき課の増員と高杉の事情

桃の花がほころび始めた頃、ひらめき課では今後の課の方針について、白木課長とヒラメが話していた。

「ひらめき課が増員されるんですか?。」

ヒラメのワクワクが、身体中から発射されているようだ。

「ええ、いくらなんでも、24時間勤務はブラックすぎますからね、新人二人を増員して三交代の勤務体制を取ります。」

「でも、ひらめきの件数に左右されて、仕事量が少ない月が出ますが?。」

「ひらめき課で、天の図書館の管理を兼ねることになりました。現在の司書は、来月で定年退職されますから。」

「本気で天の図書館のメンテナンスをしようとしたら、大仕事ですよね、本も傷んでいるし、分類も古いし、かなりの力仕事になりますね。」

「ええ、それも踏まえて、力持ちの平井さんになら任せられるという、上の判断です。」

白木課長は中指と薬指で眼鏡をずりあげニヒルに微笑む。

眼鏡がキラッと光った気がした。

白木課長の言葉に、ヒラメは複雑な気分になる。

農家では米俵を担げるのが当たり前だったが、天の事業(株)ではいつも力持ちだと驚かれていたから。

それでも、新人が二人もできるという事実に、どうしようもなくテンションがあがった。

彼女は鼻歌を必死に抑えたが、ニヤニヤするのは抑えられなかった。

通りがかりの高杉が、にやついているヒラメをからかわない訳がない。

「ヒラメ、変質者まがいのにやつきを直ぐにひっこめないと、新人がおぞけをふるって辞表を出すぞ!。」

最近では高杉の口の悪さも、ヒラメは気にならない。

口は悪いがいつも自分を助けてくれる高杉を、キララと同様に自分の友人だと考えるようになっていた。

桃の花が満開に咲き誇ったある日、待ちに待った、新人の二人がやってきた。

その日の朝、桃の花の下で嬉しさのあまりヒラメはおどりだしていた。

ヒラメを知らない人が見ていたら、病院に通報されていたことだろう。

新人のうち、一人は筋骨隆々で、まるで岩で作られたゴーレムのような、岩田鉄子。

性格は委員長タイプで、きつめに編んだ三つ編みをして、黒縁眼鏡をかけていて、白いシャツに黒いスーツを着て黒い靴を履いている。

黒いスーツの肩は、まるで肩パットを入れたように盛り上がっていた。

もう一人はフワフワした髪型でひらひらした薄いピンク色のワンピースを着たグラマーなぶりっ子の澤村聖子。

変身したスマートな白木課長と、脳天気なヒラメ、ゴーレム岩田、ブリッコ聖子、どうにもチグハグな、ひらめき課メンバーの結成であった。

「じゃあ、今日は資料の探し方から。やり方は昨日説明した通りです。実際にそれぞれ、この案件の資料を探してください。」

はじめて後輩を持ったヒラメは緊張が隠せない。

「えー?。こんな広い図書館から探すなんてムリ。ヒラメ先輩お手本を見せてください。」

聖子が口に手を当て、大きな目をぱちぱちさせて、ぶりっ子を発揮して甘い声を出した。

「聖子さん、ヒラメ先輩がおっしゃる通り、資料を探しましょう。実践あるのみです。」

と岩田は聖子の腕をつかみ、ずるずると容赦なく引きずっていく。

聖子がキーキーと悲鳴をあげた。

「岩田さん、聖子さんが痛がってますよ。聖子さん、私も手伝いますから頑張りましょう。」

ヒラメはオタオタと後ろからついていく。

「私、岩田さんに掴まれた腕が痛くて、仕事が出来ません。」

「それなら、聖子さんは、しばらく休んでいてください。私と岩田さんでやっておきます。」

ヒラメは聖子の前で、作業をやって見せた。

「ほら、聖子さん。このように資料を探し出して、ひらめきがおこってポケベルがなるまでの間、保管しておきます。岩田さんも資料を探し出せたみたいね。あっ!。」

岩田は、どこをどう目測を誤ったのか、ヒラメに体当たり。

二人が探し出した資料が、盛大に床中に散らばった。

大慌てで、拾うヒラメと岩田。

聖子は知らん顔をして手伝いもしない。

ちょうど通りかかり、三人の様子を見ていたキララは、ため息をついて呟いた。

「ひらめき課廃止の危機は乗り越えたけど、課の先行きはまだまだ不安がいっぱいみたい。」

キララに気づいた聖子が話しかける。

「キララ先輩は、エリートと言われる幸福の女神課ですよね。その課に独身男性は何人いますか?」

「高杉氏が唯一の独身だけど、婚約者がいるし、望み薄よ。あなたの目的は婚活?」

「もちろんです、そのためにここに就職したんですから。だからひらめき課に配属されてガッカリです。そういえば、恋のキューピット課もエリートなんですよね?。あそこは独身男性何人ですか?」

「三人いるけど。」

「じゃあ、今度合コンをセッティングしますから、キララ先輩も一緒に楽しみましょう。」

「なぜ私が?。」

「私とキララ先輩とヒラメ先輩で三人になるんですよ。相手も三人ですからちょうどいいでしょう。岩田さんは合コンなんか興味ないでしょうから。」

「ヒラメだって合コンは未経験よ。」

「ヒラメ先輩なら、素材は良いから、服装を変えればバッチリですよ。」

「ヒラメが合コンに同意するかな?。」

「大丈夫です。ヒラメ先輩に、心細いから一緒にいってほしいんですって言えば、きっとOKしますよ。」

「何の話?。」ヒラメが二人に合流して言った。

「ヒラメ先輩、今度恋のキューピット課と合コンするんですけど、私ひとりじゃ心細くって、ヒラメ先輩も一緒に行ってくれますよね。」

「合コンって私、したことないんだけど大丈夫かな?。」

「大丈夫ですよ。キララ先輩も一緒だから、安心して美味しいものを食べていてください。」

「合コンって食事会のようなもの?。私、食べるのは得意かな。」

「そうですね、いつも食堂で美味しそうに食べてますよね。」

「私、農村の出身で、以前はこんなにおいしい料理食べられなかったから。家の料理はだいたい素材をそのまま蒸すか煮るかしたものが多かったたら。まあ、新鮮な物だからそれでも十分美味しいんだけど。」

「農村の出身で天の事業部に就職するのは、大変だったでしょう?。」

「すごく大変だった、遠い町の学校に通ったりして。でも子供の頃にうちの村に天の事業部の人が調査に来たことがあって、その時絶対天の事業(株)に入るんだって決めたから、その人がテキパキと仕事してかっこよくて、私もああなるってきめたんだ。その人が言ったんだ、頑張れば成長できるって。」

「お金も大変だったでしょう?。農村の生活は厳しいってよく聞きますよ。それともヒラメ先輩の実家は豪農ですか?。」

「ううん、普通の農家。母が家財道具とか売って工面してくれた。すごく感謝してる。」

いままで黙って二人の会話を聞いていたキララが、「ヒラメはお給料のほとんどを実家に仕送りしてるのよ。」と聖子に耳打ちした。

ヒラメは自分の子供時代を思い出していた。

 ヒラメがすんでいた村は、ここからずっと遠く、周りを山に囲まれて、昔ながらの暮らしをしている、農家だけが住んでいた。

ヒラメの家はもちろん、代々農家で、周りの人々も同じ、時々となりの町から物々交換を目的にする、行商人が来る以外に、外から人が来ることはなかった。

村では村長が威張りかえって、いつも農家の皆は我慢をしていた。

特に、ヒラメの母の美しさに目を付けた村長がいいよって、見事に振られてから、めぐみの家には特に無理難題をいっては、嫌がらせをしていた。

そんな村を、めぐみは子供ながらにも窮屈に感じていた。

農家では、子供も貴重な労働力で、5歳になったヒラメは夜明けから、起きて仕事を始めた。

まずは、牛舎の屋根裏に竹で作ったはしごで登り、重ねてある藁を、ドサッと下に落とし、藁カッターに突っ込んで、レバーをぐるぐる回し、牛の餌をつくって、牛に与えた。

次に、鶏用の餌箱から、餌をだし、鶏小屋のカギをあけ、雑草の上に撒く。

そうすると、鶏たちは餌と一緒に雑草も食べてくれる。

既に雑草が茂ってしまった場所には、ヤギを引っ張ってきてつないでおく。

もちろん、ヤギに雑草をかたずけてもらうためだ。

ただ、その時、ヤギが周りの気の葉まで食べてしまわないように、気をつけておかないとならない。

せっかく、育った木がヤギに葉を全て食べられて、枯れてしまった事が何度のある。

餌やりがすむと、産んだばかりの温かい鶏の卵を拾い集め、母に渡す。

「いただきます。」

朝食はゆでたジャガイモと、ゆでたトウモロコシ、卵焼きと、ホウレンソウのバター炒め、しぼりたての牛乳だ。

牛乳は姉が、ジャガイモとトウモロコシとほうれん草は父がとってきた。

「これから、魚釣りにいくが、めぐみも一緒にくるか?。」

「もちろん、行く。だって、私、育ち盛りなの。自然の恵みが、めぐみに食べてほしいって待ってるの。」

めぐみは子どもの頃からよくたべた。

姉は、小学校に歩いて行き、母は洗濯をはじめ、父とめぐみは、釣り道具をかかえて、近くの川に向かった。

川岸には、野生のすももや、木苺、桑の実、ワラビ、フキノトウなど、食べられるものが沢山あり、めぐみのお気に入りの遊び場だった。

赤黒く熟した美味しい桑の実をたらふく食べて、ご機嫌なめぐみを、父が促した。

「これで夕食分の魚が釣れた、そろそろ帰ろう。母さんが昼飯を作ってまってるぞ。」

父とめぐみが、川の土手を歩いていると、向こう側から村長と並んで、スーツを着た長髪の女性がやってきた。

「こちら、天の事業(株)の資材部から、出張でいらした結城さんだで、よろしくしてやっとくれ。」

「はじめまして、結城と申します、天の事業(株)の資材部から、食堂で使用する食料の買い付けに参りました。よろしくお願いします。」

めぐみは、あの時の衝撃を今でも忘れない。農作業着以外着ている人間のいない、この村で、スーツを着た人間に会ったのは、初めてだったし、若い女性が、村長と並んで歩くのを初めて見た。

この村で村長は、一番偉い人だった。

皆、村長と歩くときは半歩下がって歩くのが、普通だった。

めぐみが自分の事をみつめているのに気付いた結城は、

「お嬢ちゃん、お名前は?。」

「めぐみ!。」

「かわいい名前ね、めぐみちゃん、お姉ちゃんとお友達にならない?。」

「本当に?。じゃあ、うちに来る?。お母さんが、お昼ご飯作ってまってるの。お姉ちゃんも、一緒に食べよう。」

「本当?、嬉しい、でも、いいんですか?。」

結城は遠慮してめぐみの父をみたが、めぐみの父がにっこりとうなずくのを見て、めぐみたちと同行した。

「村長さんは連れて行ってあげない。だって、村長さんいつもうちの料理を悪く言うんだもの。」

「あんたの家の料理は、ただ煮たり、蒸したりして、味が薄いんだよ。」

村長はブツブツ言いながら、自宅に帰っていった。

結局、結城は出張中、村長の家でなく、めぐみの家に滞在した。

「結城お姉ちゃん、最初は村長さんの家に泊まってたんでしょう?。」

「そう。内緒よ、村長さん家、肩こっちゃって居づらかったんだ。めぐみちゃんの家はあったかくて、居心地がいいから大好き。」

「結城お姉ちゃん、先月とって蔵に入れてた金柑食べて。美味しいよ。」

「おいしい、これ金柑っていうの?、初めて食べた。」

「結城お姉ちゃん、鶏の名前教えてあげる。この鶏は、カンタ、これがポチ、ビビ、ケメ、チョキ...。」

「めぐみちゃん、ちょっと待って、覚えられない。そもそも見分けがつかない。」

「えー?。みんな、こんなに違う模様なのに。じゃあ猫は?、猫の名前は覚えられる?。この真っ黒なのは、キキ、黄色い猫はヒマワリ、白黒はブチ、三毛猫はホームズ、白いのは雪」

「うん、それなら何とか。」

町育ちの結城にとって、めぐみの家での生活は、新鮮で、素朴で、なぜか懐かしいものだった。

めぐみと遊んでいる時の結城はただの優しいお姉さんだったけれど、仕事中は人が違って見えた。

村長にあれこれ指図したり、町から連れて来た運送会社の社長を言い負かして、値引きさせたりしていた。

「結城さんには敵わないな。天の事業(株)のひとは、やっぱり違うね。」

結城は年配の人々からも一目置かれているようだった。

「私も、大きくなったら、結城お姉ちゃんみたいに、なれるかな?。」

「めぐみちゃん、天の事業(株)でお仕事したいの?。」

「そう、私も、結城お姉ちゃんみたいにカッコいい服着て、カッコいいお仕事したいの。」

「ただ、資材の買い付けしてるだけだけど、カッコいいって言ってくれて、ありがとう。」

「私、結城お姉ちゃんみたいねなれる?。」

「頑張れば、なんだってなれるよ。でも、家族の協力がいる。」

「家族の協力?。」

「そう、都会の学校に通わないといけないから、お金もかかるし、めぐみちゃんもすごく頑張らないとならないよ。」

「頑張ればいいなら、私、いっぱい頑張る。」

「そうか、それなら、私もめぐみちゃんを応援するよ。私ね、この会社に入って、変われたの。」

「変われた?。」

「そう、それまでは、親とか他人が言うとおりに、勉強したり、就職活動したりしてた。会社に入ったばかりの時は、ただ先輩に言われたことだけやってた。でも、先輩が教えてくれたの、自分で考えて仕事できたら、楽しいし、自分を成長させられるって。」

「成長?。」

「もっと、もっとカッコよくなっれるってこと。」

「そう、めぐみも成長できるかな?。カッコよくなりたいんだ。」

「天の事業(株)に入りたいって思って、努力したらめぐみちゃんはもう成長し始めてるってことだよ。」

「本当?。めぐみももうすぐカッコよくなれる?。」

「きっと、びっくりするくらいカッコよくなれるよ。」

結局、結城はめぐみの希望を両親に話し、説得し、どうすればいいのかも説明し、滞在費としてめぐみの両親に、彼らがいままで目にしたことのないような金額の現金を渡し、かえっていった。

その後、ずっと手紙のやり取りが続いていたのに、数年前突然、手紙が受取人不明として帰ってくるようになった。

「結城お姉さん、どこにいるかな?。」

ヒラメは天の事業部で会えることを楽しみにしていたのだった。

しかし、以前結城が在籍していた、資材部で聞くと、

「彼女数年まえに退職したよ、住所?、知らないな。」

と言われてしまった。

それでもヒラメは諦めてはいなかった、何故ならヒラメは脳天気だから。

「きっと、いつか会える気がするんだ。」

と、いつもキララに話して、キララに、

「また、同じことを言ってる。」

と、笑われていた。


「ピカソさん、麗華さんがお待ちよ。」

「はい、母上。直ぐに参ります。」

仕事から帰った高杉が応接室にむかうと、麗華が優雅に紅茶を飲んでいた。

テーブルにはケーキやサンドイッチが置かれている。

「お待たせしたね、麗華。」

「今日はお早かったのですね。失礼してお先に頂いておりましたわ。」

「構わないよ。この頃はどうだい?。何か君の興味を引く出来事があったかい?。」

「二人きりの時には無理をして、私に愛想よくなさらなくてもいいんですよ。親同士が勝手に決めた婚約のせいで、お互いこんな時間の無駄遣いをさせられているのですから。」

そんなことを言いながらも麗華のうっすらと赤らんだ顔や、高杉を見つめるまなざしや、しぐさの全てが高杉に好意を持っていることは一目瞭然だった。

そう、他人から見れば。

高杉は頭がいいくせに初恋も未経験の朴念仁だ。

ヒラメに好意を持っているくせに、自分の気持ちに気付かず、なぜだかヒラメに意地悪をしてしまうという、小学生レベルの行動をとっている男であった。

「子供の頃、私におっしゃったでしょ。『笑って見せて、君の事はずっと、僕が守ってあげるよ。』って、あの時の約束を守っていただきますわ。」

と、麗華は高杉に何度も言うが、高杉にはそんなことを言った記憶が全くなかった。

高杉は麗華を幼馴染として、大切には思っていたが、彼女との結婚はピンとこない。

両親から何度も、『麗華と結婚して、高杉家の跡取りとしての責任を果たすように』と、言われているのにも関わらず、「まだ早い。」の一言で、結婚を渋っていた。

麗華は幼馴染みだし、美しく聡明で教養があり、家柄もよく貴族の妻として申し分がないのは解っていた。

しかし最近になって貴族はこう生きるべきだ的なありかたに疑問がわいてくる。

天の事業(株)に勤めるのは、貴族か天の事業部に勤めていた家系の人間がほとんどだった。

農家出身のヒラメが天の事業部に入るのは、かなりの努力が必要だったに違いない、初めは直ぐに音を上げて退職すると思っていた。

それなのに、24時間勤務を馬鹿みたいに頑張って、その上、

「なぜそんなに無理をするんだ。」

と聞くと、

「無理してないよ。やりたいからやってるだけだよ。きっとなんとかなるから。私はできることを精一杯するだけ。」

と、言ってわらっている。

そんなヒラメを見ていると、自分は何がやりたいのだろうと考えさせられた。

いままで、貴族はこうするべきとか、他人の価値判断に従って生きてきた自分が恥ずかしくなる。

自分はなにがしたいのか?。

そんなこと一体どうしたら解るんだ?。

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