第3話 雷雨の夜に
「おい望月」
「はい!! 書類完璧に終わらせました!! 次のコンサルの資料も出来上がってますし、直近やるべきことはすべて終わらせました!! ということで今日は帰りますねお疲れさ──」
「待てこら」
帰ろうとバッグをもって踵を返した刹那、首根っこをグイっと摘み上げられ首が締まる。
「ぐぇっ。ちょ、何すんですか!? 離してー!! 変態―!! バカー!!」
「おまっ。上司に向かっていい度胸だな……」
はっ!! つい……!!
でも仕方がないじゃない。
今日は……今日は……私の推し、白兎さんの読み聞かせ配信の日なんだからぁぁああ!!
残業なしで帰る為に言われる前に言われそうなこと全部終わらせたのよ!?
なのに何で呼び止められなきゃなんないの!?
「本部長から、商談が明日の朝にずれこんだから、俺とお前で今日のうちに資料をそろえておいてくれって言われたんだよ」
「本部長ぉぉおおお!!」
何で!?
何でよりによって今日!?
しかも何で私と!? ほかの人は!?
律とか仲良いんじゃないの!?
「何で私なんでしょう?」
「
「ぬおぉぉおおおおお!?」
何その意味が分からんゲン担ぎ!!
たかが名字に『月』がついてるだけじゃんよぉぉおお!!
「ま、そういうことだ。早く終わらせて帰ろうぜ。……俺も用事あるし。ほれ、いくぞ」
「ちょ、え、いやぁぁあああ!!」
こうして私は、部長に首根っこをつかまれたまま資料室へと連行された。
***
「……ないな」
「ないですね」
私たちが資料を探し始めてかれこれ二時間。
外を見ればいつの間にか大雨が降り始めていた。
「うそぉ……」
傘持ってきてないし……天気予報の嘘つき。
私が心の中で悪態をついたその時。
ドォォオオオン!! バリバリバリ──!!
「ひゃっ!?」
「っ、おい、大丈夫か!?」
大きな雷の音に驚いた私が思わずうずくまると、すぐに駆け寄り方に手を添えてくれた部長。
その大きな手のぬくもりに、思わず顔が熱くなる。
「す、すみません」
「いや……。それより、あったぞ、資料」
「本当ですか!?」
よかった……!!
これで間に合う!!
待っててね白兎さん!!
喜びに胸躍らせた刹那──。
ドゴォオオオオン!! バリバリバリバリ──。
「きゃぁっ!?」
さっきよりも大きな音と衝撃。
そしてその直後、部屋の電気がパチンと消えて、カチッという不穏な音が響いた。
「!! 停電か? 近くに落ちたようだな……。っ、まさか……!!」
焦ったように声を上げて部長が携帯の明かりを頼りに扉に向かいドアノブを回すと、固まってしまったようにドアノブが動かない。
「……オートロックがかかってる」
「うそ……」
「今ので気系統が故障して、ロックがかかったんだろう。この時間は社員もそういないし……復旧を待つしかないな」
「そんなぁ……」
白兎さんが……私の癒しが……。
一週間のご褒美が……。
「……そんな大事な用があったのか?」
「……はい。大事な配信が」
「配信?」
資料室のソファに力なく座り込んだ私の隣へ部長も腰掛ける。
「読み聞かせの配信です。毎週水曜日にあって……。ずっと、元気をもらっていて、週に一度の私の楽しみなんです」
俯いたままポツリと話す。
「読み聞かせ……。眠くとか、ならないか?」
「全然。だってその声を聴いていたらドキドキして、幸せな気持ちになって、もっともっと頑張る力になるんです。大学生の時に初めて小説で賞をもらって、作家デビューすることになって、すごく不安だったんです。多くの人目にさらされる中で、どう思われるだろう。くだらないって言われたらどうしよう、って。笑われたらどうしよう、って。不安で潰れそうになってた時に、何気なく見てた配信サイトで出会ったのが、その人の読み聞かせだったんです。その人もその日が初めての配信で、緊張しながらも懸命に読み聞かせをして、読み終わった後に言ったんです。“誰か一人でも心に灯る声になれたらって思います”って。それを聞いて、私も同じだなって思ったんです」
「同じ?」
「はい。私も、誰か一人の心にでも明かりが灯る作品になれたなら、幸せだなって。この緊張もいつか誰かの夢を繋げることに代わるなら、気にするほどじゃないって思えたんです。ふふ。それに、緊張するのは私だけじゃないって思ったら、なんだか安心して。それからずっと勇気づけられてきました」
「勇気づけられて……」
はっ!! 私ったら部長相手に何を語って……!!
恥ずかしっ!!
「す、すみません、今のは忘れて──」
「いや。……忘れない。お前の──大切な思いだろう?」
「っ……」
何て優しい表情してるんだ。
鬼の部長のくせに……。
鼓動が妙に早い。
部長相手に、なんで。
「でも今日の配信はもう無理ですね。ずっとリアタイで見ていたから残念だったけど、アーカイブで──」
「しねぇよ、今日は」
「へ?」
「あ、いや、この雷だからな!! 配信はできないだろうってことだ」
あー……確かに。
電気継投やられてるところ多そうだし、こんな日に配信はできないか。
良かったような、残念なような。
「……」
「……」
話が途切れて、何の話をしていいのかわからず思わず隣を盗み見れば、部長の真剣な瞳と視線が絡み合った。
「!?」
何で!? なんで見てるの!?
「あ、あの?」
「どんなことも一生懸命に向き合えるお前は、すごい奴だと思うよ。これからも無理はせず、よろしく頼むな」
優しく静かなその声に、白兎さんの声が重なって、どくんと再び鼓動が打つ。
「は、はいっ」
妙に恥ずかしくなって視線を逸らせば、私の頬に添えられる大きな手。
顔を上げれば真摯な眼差し。
そしてゆっくりと、どちらからともなく近づいて──パチンッ、カチッ。
「!?」
「!!」
電気がついた。
目の前には部長の端正なお顔。
わ、私、今、何を……!?
「っ、ついた、な」
「は、はい」
「ということは、扉も──あいた!!」
ドアの取っ手がするりと動き、重い扉が開いた。
やった!! 帰れる!!
「……」
「……」
「じゃ、じゃぁ、気をつけて帰れよ。俺は片づけてから帰るから。今日はありがとうな」
「は、はい!! お、お先に失礼しますっっ!!」
そう言うと私はバッグを手に取りそのまま平静を装い部屋を出ると、速足で会社を出た。
「あ……」
ザーザーと降りしきる雨。
「傘……忘れてたんだった……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます