第2話 チョコレートと未知の襲来

「新しくこの部を任された柚月だ。この部の業績を確認したが、かなり業績が落ちている。これからは業績をしっかりと上げられるように仕事を組んでいく。だが無茶のない範囲でだ。何かあるようならばすぐに俺に行ってくれ。対処する。これからよろしく」


 声は──同じ、よね?

 なのに抑揚のないどこか冷たい声。

 白兎さんはもっと声に感情が乗っていて、優しくて柔らかい。

 でも、私が聞き間違えるはずがない。

 この声は私の推し、白兎さんの声だ──!!


 ──と、浮かれていたのもその時だけだった。


「おい望月。この書類、全部根拠となる資料を一緒にしてもってこい」

「は、はいっ!!」


「おい望月。誤字確認まだだろ。すぐに確認しとけ」

「は、はぁぁいっ」


「おい望月。誰が見てもわかりやすいように書類を種類ごとに整理しておいてくれ」

「はいぃぃ……」


 鬼ぃぃいいいい!!

 この人、人間じゃない!! 鬼だ!!

 柚月部長が就任して三日。

 この部署の忙しさは増した。

 いや、今までが緩すぎたのかもしれない。

 何せ、前の部長はあまり仕事を取ってくることはなかったし、きっちりとした仕事とは言えない緩さだったから。


 だから会議でも時々書類に不備があったり、誤字も目立ったのよね。

 そういう意味では、きっちりとしているのは良いことなのだけれど……。


 いかんせん、厳しすぎてどうにかなっちゃいそう……!!


 この声は絶対白兎さんだと言い聞かせながら頑張っているけれど、早くも自信がなくなってきた。

 この鬼が白兎さん?

 いやいやいや!!

 私の癒しが、私の推しが、こんな鬼だなんて……。

 多分違うんだ。

 私の耳がおかしくなったんだ。きっと。

 この人はただの鬼。

 うちの天使とは違う。


 ──昼休み。

 ぐったりとしながら私はとりあえずデスクで執筆を開始する。

 何せこちらの締め切りも近いのだ。

 休んでいる暇はない。


 時々サンドイッチをむさぼりながら、頭の中の物語を打ち込んでいく。

 こうなれば私には他の音は届かない。

 たとえ昼休みの騒がしさの中だろうと、一度シャットアウトしてしまえば隣の律の声ですら届かないのだ。

 律もそれをよく理解している分、私が切羽詰まっているときには話しかけてくる事はない。


 ありったけの集中力で執筆を続けていた、その時──。


「望月」

「はいぃぃっ!?」


 耳元で響く大好きな声。

 白兎さん!?

 胸躍らせて振り返ると、そこには──「げ、部長……」

 鬼がいた。


「げ、ってなんだ。げって」

「あ、えーっと、は、ははは……。あの、何でしょう?」


 昼ぞ!?

 昼にまで仕事をしろというのか貴様!?


「いや……。昼休みにまで仕事をしているのかと思えば……それは何だ?」

「っ、こ、これは、えっと……」

 まずい、見られた!!

 ごってごての青春恋愛小説を見られた!!

 冷や汗をかきながら言葉を探していると、律がにやりと笑って口を開いた。


「この子、小説家なの」

「律!?」


 心臓バクバク状態の私をよそに、けろっとした顔で暴露する律。


 何言ってんのぉぉおおお!?

 しかもあの鬼部長相手にため口!?


「小説家……」

「そ。大学生で賞をもらってデビューして、それからずっと兼業作家として頑張ってるの」


 えへんと胸を張ってるけど、なんで律が胸を張るんだろうか。

 とりあえず恥ずかしい。


「へぇ……すごいな。俺も本を読むのは好きだ。……だが、休憩時間くらい少しは脳を休めろよ?」

 そう言って部長はコトンと私の机に小袋を置いて、部屋を後にした。


「チョコ?」

 うさぎ型の。


「ツンデレか!!」

 なんて笑っている律をよそに、胸がぎゅんっと詰まったのはなぜか。


 未知の感情の襲来だった。



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