第16話 進路1

「座って、悠ちゃん。」


ある日、俺は母さんに声をかけられリビングのソファーへと腰を落とした。


「どうしたの?」


俺は、母さんへと視線を向け用事を訪ねる。


「いきなりごめんね。悠ちゃんは進路とかは考えてる?」


「進路かぁ〜……学校でもその手の話が出てるなぁ。」


「そうなのね。3年生だし本格的に考えないとでしょ?他の人ならもう色々と間に合わないだろうけど、悠ちゃんならまだ大丈夫だと思うしね。えっと……それで何か考えてる?」


「えっと……進学はしたいと思ってる……よ?」


俺の躊躇った言い方に母さんは真剣な目を向けてる。


「何かあるなら遠慮なく言って?」


「いやさ……今まで色々とやってきたでしょ?それもこれも自分が本当にやりたい事を見付けるって意味合いもあったんだけど……」


「だけど?」


俺は黙り込む。そう、生前の俺のやりたかった事をやるのは簡単なのだ、この家はお金がある、俺自身も既に困らないくらいのお金がある。

仮に母さんに反対されたとしても自分一人で何とでも出来るのだ。

でも……それで良いのか?と最近は特に思うんだ。

この身体は悠馬の物で、俺は入り込んで奪っただけの存在。

悠馬自身にだってやりたい事、夢があった筈なんだきっと。

自分で自分の生命活動を停止する事が出来るくらいのやつなんだからさ。


「悠ちゃん?」


「何でもない、ごめん母さん。この話はまた今度にしてくれ。」


俺はそれだけ言うとソファーを立ちあがりリビングを後にする、後ろから母さんの困惑した声を聞きながら。


…………………………………………………………

SIDE 葵


「悠ちゃん?!ちょっとまっ……」


引き留める声も聞こえていた筈なのに、悠ちゃんは振り向く事も無くリビングを後にしてしまった。


「悠ちゃん……どうしたのかしら?干渉しすぎたかしら……?」


カチャリと音がして、悠ちゃんの出て行った扉とは別の扉から菜月が部屋に入って来る。

高校生になって少し大人っぽくなって、私の若い頃に似て来て、他企業のご子息の相手にとの話も偶に来る様になった程だ。

とは言え……すべての話は蹴ってるけど、菜月には自由に恋愛をして欲しいし、直ぐ側に居る男子が悠ちゃんを筆頭に稲穂くん達だから理想も高くなってるだろうし、甘やかされて育てられた子供じゃ見向きもしないのは分かり切ってる。


「ママ?どうしたの?」


「菜月ちゃん。えっとね?悠ちゃんに進路の事を聞いたんだけど……」


「うん。それでどうしたの?兄さん居ないですよね。」


「急に黙っちゃってね……今度にしてくれって言って引き留めるのも聞かずに出て行っちゃったのよ。干渉しすぎたかしら……」


「えぇぇ……そんな事は無いと思いますけど、兄さんにしては珍しい反応ですよね……」


「そうなのよ。何て言うか……思いつめてるって言うか、思い悩んでるって言うか?」


「どうしたんでしょうね?兄さんなら、大丈夫だとは思いますし、怒ったとかでも無いと思いますけど……」


悠ちゃん……何を考えてるの?大丈夫なのよね?

私は、悠ちゃんの出て行った扉を眺める事しか出来ずに自分の力不足を実感していた。


…………………………………………………………

「はぁぁぁ……何してんだ俺……」


進路か……そりゃ確かに考えないと行けない時期なのも分かるし母さんもただ聞いただけなのも分かってるけどさ……


「なぁ……悠馬?お前は何がしたかったんだ?どんな夢を持って居たんだ?」


答えが反って来る訳じゃ無いのは分かってるけど、それでも声に出して聞きたくなった。


「なんてな……そういや、この部屋の中、色々と見て無かったな……」


何となく本当に何となくだけど、俺が触る事で悠馬が完全に消えてしまうんじゃないかってずっと気になって一部は一切触って居なかった。


「探してみるか……」


もしかしたら何かあるかも知れない、何かあるなら、悠馬がやりたかった事が分かるなら、それを……俺が……


俺は意を決し今まで一切触らなかった部屋の一部分を触り始めた。


…………………………………………………………

~次の日~


ぼーっと午前中、ぼーっと過ごしていた。

学校に行って皆に挨拶して、授業を受けて、気付けばお昼になってた。

皆で、中庭に出て周りの視線を集めながら俺達はお昼ご飯を食べている。


「…っま!…っうま!……悠馬!ってば!」


「うえ?!何?!愛央!」


「もう!ずっと呼んでるのに無反応じゃん!何かあったの?」


「そうですよ、何があったんですか?悠馬さん。お悩みですか?私達では力になれませんか?」


「私達じゃ駄目?悠馬の力になれないかな?」


愛央と志保が俺を心配そうに見詰めながら見て来る。

いや……二人だけじゃない、菜月も陸も水夏も翼も健司も優理ちゃん達も皆が俺を心配そうに見詰めていた。

皆に心配かけてどうするんだ俺……とは言えかぁ……


「昨日さ、母さんに進路はどうするんだって聞かれてな。どうするかなーってさ。」


「進路ですか……悠馬さんなら何でも出来てしまうと思いますけど……」


「やりたい事じゃ無いと駄目だよねぇ……」


「悠馬さんの夢って何ですか?」


健司が俺に訪ねて来る。


「夢なぁ……こんな事言ったら、見損なわれるかもしれないけど、特に無いんだよなぁ。」


俺は空を見上げながらそんな事をボソッと呟く。


「そんな!見損なうなんて事無いですよ!俺達だって聞かれたら直ぐに答えられないですし。」


「そうっすよ!先輩に憧れて入学しましたけど特にやりたい事があった訳では無いですし。まぁ……だからこそ、健司とか凄いなって思うんですけどね。」


「それなぁ。色々と今までやってきたけどさ、やりたい事が見つかった訳でもやりたい事があった訳でも無いからさ。いざこうなると俺は何がしたいんだろうなって思っちゃってさ。」


「俺は……確かに夢を追いかけて居ますけどそれもこれも全部、あの日に悠馬さんから教えられたからです。」


「健司……2年前だもんな少し懐かしいって感じるよ。」


「あはは、そうですね。俺も感じてます。あの後、本気で勉強を始めて実際に作れるようになって皆が美味しいって言ってくれてそれが嬉しくてもっともっとってなって。」


何処か懐かしむ様に健司は言葉を紡ぐ。


「俺は悠馬さんのお陰で自分に自信を持てる様になりました。自分の夢をしっかりと語れる様になりました。優理さんって言う素敵な恋人まで出来ました。」


「け、健司くんっ///」


「どれだけ感謝してもし足りない位に悠馬さんを尊敬しています。もし、もしですよ?将来的に自分でお店を持てて、雑誌とかテレビとかの取材とかそう言うの受ける事になったら悠馬さんのお陰だって言えるくらい俺は心から感謝しています。だから、そんな悠馬さんが自分の将来に悩んでいても、夢が無いって言っても、尊敬してるのも、感謝しているのも変わりません……って、何言ってるんですね俺……」


照れくさそうにしながらも健司は俺にそう伝えて来た。


「俺だって尊敬してますよ!てか、自分の将来に悩むなんて当たり前じゃないですか!」


「ですです!むしろ悩まない人なんて居ないですって!」


後輩達が頷きながら俺に伝えて来た。

少なくても、俺の周りには大切な仲間が居るのだけは間違い無いな。


「さんきゅ。」


一言、たった一言だけど俺は、俺を慕ってくれてる奴等に心を込めてお礼を伝えたのだった。

悩まない人は居ないか……確かにそうだよな。


…………………………………………………………

SIDE 愛央&志保


お昼ご飯の後に教室に戻って来た私と志保さんは固まって話して居る。


「自分の夢かぁ……悠馬の気持ちも分かるけど。」


「そうですね……私は実家の喫茶店を継ぐと決めていますから経営に必要な資格や知識を手に入れる為に進学するのは決めてます。」


「志保さんはそうだよねぇ。去年から言ってるしね。お店で食事して笑顔になるお客さんや悠馬を見るのが好きだからだったよね?」


「はい。その通りです。私に、私は私の作った食事や私の淹れたコーヒーを悠馬さんが口にして美味しいと言ってくださるのが、笑顔になってくださるのが何よりも嬉しいですからっ。」


愛おしそうに去年の学園祭で悠馬に渡されて、それ以来ずっと左手の薬指に嵌っている婚約指輪を触りながら志保さんは話す。


まぁ、私も志保さんと同じでちょくちょく触ってるけどっ。


「私は今の所だけどお姉ちゃんみたいになりたいって思ってる。なれるかは分からないけど、お姉ちゃんみたいに人を助ける仕事をしたいなって思うんだ。お姉ちゃんと同じように看護師になるのも良いし、そうじゃなくても人の役に立つ仕事が出来れば良いなってのはあるかなぁ。」


「あぁ……それは良いですね。愛央さんらしいと感じます。凄く素敵な夢だと思います。」


「志保さんの夢も素敵だし志保さんらしいよ!でもでも!一番の夢じゃないよね?」


「勿論です!愛央さんもですよね?」


私達はお互いに顔を見合わせて同時に言葉を発する。


「「一番の夢は悠馬「さん」のお嫁さん!」」


二人で顔を赤くしながら同じ言葉を呟くのと同時に……


「惚気は二人の時か悠馬くん込みの3人の時にやって!!!」


クラス中からそんなツッコミが飛んできました……ごめん……


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