件の事故は、それ故に事件と成る

黒片大豆

第10回空色杯参加作品;500字以下の部

「踏切事故の現場行って! 中継車、先に出てる!」

「は、はい!」

 私は上司の命令に従い、大慌てで局を出てタクシーに飛び乗った。

 どうやら、軽自動車に電車が突っ込み、車が大破し大炎上したとのこと。


 ……大成功だ。


 タクシーの窓ガラスに、ほくそ笑む私の顔が写っていた。

 いけない。

 私は頬を叩いた。今はただ、女子アナの仕事を全うするだけ。




 薬で寝たアイツの足とアクセルを紐で結び、ゆっくり線路に落ちるよう仕込んだ。

 目論見通り、全部潰れて燃えた。車もアイツも。


 何も証拠は残って無い。

 自殺か事故として処理され、この一件は終わる。




「橙子さん!」

 タクシーを降りた私に、顔見知りのADが駆け寄り、イヤホンとマイクを渡す。

「中継、すぐ来ます!」

「はい!」


 イヤホンを付けると、スタジオ音声が聞こえてきた。


『……では、現場と中継、繋がるようです』


 乱れていた髪を、手櫛で直す。

 ……大丈夫。誰にもバレてない。


 この惨事は、テレビも事故として伝える。警察も事故として処理する。

 証拠が無い。少しも疑われていない。


 未だ誰も、【事件】と言ってない。


『では、現場の東郷さーん!』

「はい!」


 完全犯罪の、完成だ。


「私はいま、の現場に来ています」

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件の事故は、それ故に事件と成る 黒片大豆 @kuropenn

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