第85話 希望の不在
老婆が言うことの意味をうまく理解できないまま、ユウキは彼女の後についていく。
ただ、ヴァスリオが自分のことを忘れずにいてくれたことは素直に嬉しいと思った。
やがて、目的の家が見えてくる。
ユウキは「大きい」とつぶやいた。
造り自体はシンプルな平屋建てだ。しかし、長屋を連ねたように敷地が広い。個人宅にしては大きすぎるとユウキは思った。
老婆が言う。
「私の家は、集落の診療所も兼ねているのさ」
「へえ……」
立派な玄関扉に到着する。
先頭で扉を開けた老婆はヴァスリオたちの名前を呼ぶ。しかし、反応がなかった。
「おかしいね。今朝は休んでいたはずなのに。……とりあえず入りな。私の部屋はこちらだよ」
老婆に促され、建物の中へと入るユウキたち。
廊下を歩いていると、奥の部屋から見知らぬ男性が出てきた。
「婆様。戻られたのですね」
「ああ、まだ寝ているんだよ。症状は治まったとはいえ、あんたは病み上がりなんだからね。ほら、戻った戻った」
老婆がしっしっと追い払うような仕草をする。男性は苦笑していた。
病み上がりという言葉通り、男性は少し痩せていた。足取りもふわふわした様子である。だが、顔色は悪くなかった。朗らかに笑っているのがその証拠だ。
男の様子を見て、ユウキは思い至った。
「あの、すみません」
「ん? おや、坊やはどこの子だい?」
「初めまして。ユウキといいます。あの、あなたはもしかして風土病にかかっていた人ですか?」
男は目をぱちくりさせた。
代わりに老婆が答える。
「ああ、そうだよ。もうほぼ快復しているがね」
「それじゃあ、ヴァスリオさんたちが助けたのは、あの人なんですね!?」
「ま、そういうことになるね」
「そうか……やっぱりそうなんだ」
ユウキは両手の拳を握りしめながら男を見つめた。元気に笑って、歩けている。だったらきっと、もふもふ家族院の皆も元気になる――!
「婆様。この子はいったい……」
「ヴァスリオたちの知り合いだよ。ほれ、数日前にあやつらが話していた少年がいただろう。それがこの子さね。なんでも、ヴァスリオに助けて貰いたい急ぎの用があるんだと」
「なんと。そうだったのですか」
療養者の男はユウキを見た。男の眉が申し訳なさそうに下がる。
「君、申し訳ないが、ヴァスリオさんたちは今、ここにはいないんだ」
「え……?」
「ついさっきさ。魔物退治に行ってくると言って、四人揃って出かけていったよ。森の方へ行くらしいけれど、どこまで足を伸ばすのか、いつ頃帰ってくるのか、俺にはわからないんだ。ごめんよ」
ユウキは目を丸くする。
すると、天使マリアがそっと老婆に尋ねた。
『あなたの言う危険を彼らも察知したということですね』
「そうだろうね。まったく、私に相談もなしに飛び出すとは」
『ヴァスリオたちは『魔物退治』と言ったそうですね。何か心当たりは?』
しばらく老婆は考え、そして答えた。
「昨日、集落周辺をうろつく魔物の話題が出た。昔から、そいつが風土病の原因のひとつだと言われていてね。だったら退治してやろうと、若いお嬢ちゃんが息巻いていた」
まさか昨日の今日に動き出すとは、と老婆は肩をすくめた。
彼らの言葉を聞いて、ユウキは思わずうなだれた。
落胆。あまり時間はかけられないのに……。
だが、下を向いてばかりはいられない。
「すみません。風土病に効くお薬は、ここにありますか?」
ユウキは老婆と男に尋ねた。ふたりは顔を見合わせる。
老婆は言った。
「あるにはあるが、あくまで症状を緩和するだけ。病の特効薬というわけじゃない。この男がすんなり快復できたのは、癒やし手の嬢ちゃんが頑張ってくれたおかげさ」
男もうんうんと深くうなずく。
言葉を失ったユウキに、老婆は眉を下げた。
「そうか。必死になってヴァスリオたちを探す理由は、病から仲間を救いたいからだったんだね」
「はい」
「立派なことだ。その年で、見知らぬ土地に自ら出張ってくるなんてなかなかできることじゃない」
老婆は後ろに控えるマリアへ言った。
「あなたが何者かはわからないが、良い子を持ったね」
『寸分の違いもなく、そのとおりですね』
皆の視線が集まる。天使マリアは一瞬崩れかけた表情を引き締めた。
療養者の男が言った。
「薬のことなら、クラウディアさん以上の人材はこの集落にいないよ。彼女が帰ってくるまでここで待ってた方がいいと思うが」
「おや。それは私が役立たずという意味かい?」
「ば、婆様。意地悪言わないでくれ」
ユウキを再び落胆させないためだろう。おどけたようなやり取りに、ユウキは少しだけ微笑んだ。
そのときだった。
――少年。
――気をつけて。
心に寄り添う転生者の魂たちが、鋭く警告してきた。
直後、チロロが全身の毛を逆立てて外へ飛び出す。
ユウキもまた、肌にざわりとした不快な違和感を覚えた。
転生者の魂が言う。
――魔物が、来る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます