第84話 勇者は引き合う
集落に入ったユウキたちは衛兵の言葉を頼りに、まずは中心部を目指した。
こうして見渡してみると、それなりの広さと民家の数がある。
ユウキは内心、首を傾げた。
……ちょっと、ピリピリしてる?
最初、ユウキは自分自身が緊張しているせいだと思っていた。聖域の外へ出たのは初めてなのだから。
だが、よくよく周囲を観察してみると、道行く人々の顔付きはどことなく強ばっているように見えた。外を歩く人の数自体、少ない。
なにかあったのかなと思っていると、不意に声をかけられた。
「もし。坊やはもしかして、天使の子かい」
「え?」
声の方を振り返る。
そこには杖を突いた老婆がひとりと、その後ろに控える壮年男性がひとり、立っていた。
老婆は、シワシワの手でユウキを指差している。チロロが小さく『不躾だな』とつぶやいた。
ユウキは尋ねる。
「あの、僕がなにか?」
「先ほど、聖域側の出入口から凄まじい魔力を感じたんだ。今も、坊やからは強い魔力が放たれ続けている。ここに住んでいる者はおろか、外から来る冒険者でさえこれほどの力を持った者はそうおらん」
ユウキは戸惑った。いきなりそのようなことを言われても、反応に困ってしまう。どうだすごいでしょう、と胸を張るほどユウキは剛毅な性格ではなかった。
突然の言葉に戸惑ったのはユウキだけではないようだ。
「
老婆の後ろに控えていた男性である。レフセロスの衣服に馴染みのないユウキだが、髪とひげを綺麗に整えているところから、この壮年男性がそれなりに高い立場の人なんじゃないかと思った。
壮年男性が『婆様』と呼ぶ人物。もしかしたら、この集落の相談役みたいな人なのかもしれない。ミオの部屋で、似たような人物が出てくる物語をユウキは読んだことがあった。
老婆はユウキに歩み寄る。頭の先から胸元まで視線を動かした彼女は、小さく頭を下げた。
「いや、確かにいきなりだったね。すまなかったよ。こういう状況だから、私も少々過敏になってしまっていたようだ。許しておくれ」
「それは大丈夫ですけど……『こういう状況』って」
「もうすぐここに、魔物が襲来するかもしれないのさ」
ユウキは息を呑んだ。チロロはわずかに耳を立て、天使マリアは静かに話を聞いている。
老婆は言った。
「私には少しだけだが、危険を予知する魔法が使えてね。大きな脅威が迫っていると『視た』のだよ。坊やたちは外から来たんだね。その様子じゃ、衛兵たちの態度もかなり厳しかっただろう。彼らだけでなく、集落全体がピリついた空気なのはいざというときに備えているためさ」
あまり良いタイミングとは言えない来訪だったね、と老婆は続けた。
なるほどとうなずきながら、ユウキは身の引き締まる思いがした。改めて、ここが聖域の外なのだと実感する。
なおのこと、急がなければ。
「あの。聞いてもいいですか」
「なんだい、坊や」
「この集落にヴァスリオさんという人はいませんか」
「彼らなら、私の家に滞在しているよ。彼らになにか用なのかい」
「はい。とても大切なお願いがあって」
真正面から老婆を見つめ、ユウキは言った。
しばらくして、老婆はうなずいた。
「わかった。私が案内しよう。……これ、お前さんはもう戻っていいぞ」
老婆が後ろに控える壮年男性に言った。男性は困った顔をする。
「しかし婆様。今後のことを話し合わなければ」
「私はすでにできる助言はしたよ。あとはあんたたちの仕事だ。首長としての役目を果たしな」
ぴしゃりと言われ、男性はため息を吐いた。それからユウキたちに一礼して、彼は歩き去った。
首長――村長的な役割の人だったんだとユウキは驚きながら後ろ姿を見送る。
「さ、こっちだよ」
老婆に連れられ、集落の北へと向かう。
すると道中、これまで黙っていた天使マリアが口を開いた。
『お婆さん。その優れた魔力感知能力があったからこそ、あなたはヴァスリオたち一行を迎え入れたのですね』
老婆が少し驚いた表情で振り返る。マリアは続けた。
『この集落の人間が、余所から来た者に長く滞在を許すのは珍しいことです』
「そのとおりさ。おかげで私らも大いに助かったのだが――」
老婆はマリアを見上げる。
「あなたは、いったい何者だい? 坊やと違って魔力を上手く感じ取れない。だが、ただの一般人とも違う。もしかして、坊やの世話係かい?」
「えっと」
ユウキはなんと説明したものか迷った。天使様です、と正直に教えてあげた方がいいのだろうか。
ユウキもまた天使マリアを見上げる。
天使様は目を閉じ、無言のままだった。
世話係と言われて怒っていないだろうかとユウキは不安になったが、天使様は心なしか満更でもなさそうな表情に見えた。
これ以上の詮索は無駄と感じたのか、老婆はユウキに向き直る。
「彼らのもとへ案内するのは構わないが、いったいどんな大事なんだい。坊やほどの力の持ち主が、同じく実力者のヴァスリオたちに頼みごととは」
「僕の大事な仲間たちを救うために、ヴァスリオさんたちの力を借りたいんです。家族院の院長として」
「院長……」
老婆はつぶやくと、なにかに思い至ったように目を見開いた。
「数日前、ヴァスリオが言っていた少年院長ってのは坊やのことだったんだね」
ユウキはうなずく。
すると老婆は口元を緩めた。
「なるほど。実に運命的だね。有事のときこそ勇者は引き合う――というわけかい」
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