第74話 勇者の述懐
気がつけば、もうすっかり宴もたけなわになっていた。
もふもふ家族院の皆は、冒険者パーティにすっかり懐いている。誰に懐いているかで各々の性格がわかるのが面白かった。
きっと皆悪い人じゃないと感じてくれたためだろうな、とユウキは思った。
楽しそうに話し込んでいるアオイと聖女パトリシアに、ユウキは声をかけた。
「先に洗い物に行ってくるよ。汚れたまま運ぶのはしんどいでしょ」
「あらあら。ユウキちゃん、それならアオイが――」
「いいよ。アオイは頑張ってお弁当作ってくれたんだから。これくらいやらせて」
笑顔で座らせる。
すると、入れ替わるようにヴァスリオが立ち上がった。
「それじゃあ、僕もユウキを手伝おうかな」
「あ、お兄ちゃん。それなら私も」
「ユウキの台詞じゃないけど、これくらいやらせてくれ。せっかく楽しくお話しできる友達ができたんだ。もう少し肩の荷を下ろしなよ」
困惑顔の妹に苦笑で応える兄勇者。
結局、ユウキはヴァスリオとふたりで洗い物に出かけることになった。
「この近くに川が流れているんです」
「なるほど。事前チェックは万全だね」
空になった食器類を抱え、草地を歩く。すぐに川のせせらぎが大きくなってきた。
仲間たちの楽しげな声が微かに聞こえる一方、姿はちょうど見えない距離。位置。
川縁に少年院長と勇者は並んでしゃがんだ。
「皆、綺麗に食べてくれるから洗うのも楽だね」
「はい」
しばらくふたり、黙って洗い物に集中した。
気になったのか、数体のケセランたちがコロコロ転がってきて、ユウキたちの肩に乗ったり頭の上に乗ったりした。それから機嫌良さそうに梢の音やせせらぎを真似だしたので、ユウキたちも笑って、鼻歌を口ずさんだ。
「ここは本当にいいところだね」
ふと、勇者が言った。
「確か、天使様が作った楽園――だったっけ。あの元気のいい子が教えてくれた。本当にその通りだ」
「僕もそう思います」
「うん。……ずっとここにいられれば、いいんだけどね」
ヴァスリオが洗い物の手を止める。
ユウキは思い出した。
「そういえば、皆さんがこの聖域にやってきたのは病気の人用の薬草を探すためでしたよね。あの、急がなくても大丈夫なんですか?」
今更の話だと思いつつ、ユウキは眉を下げた。もしかしたら、自分たちが引き留めてしまったのではないかと考えたのだ。好奇心と嬉しさのあまり、駄目なことをしてしまったのではないかと。
しかし、勇者は静かに首を横に振った。
「クラウが言ってたよね。『パティの力を甘く見るな』って。あの子のおかげで、実はもうだいぶ快方に向かっているんだ。今は安静にしてもらっている。薬草は、今後のためでもあるんだ」
「あ、そうなんですね。よかった……」
賢者クラウディアが風土病の状況を深刻そうに話していたので、もしかしたら一分一秒を争う事態なのかと不安になったのだ。ユウキはホッとした。
ヴァスリオが言う。
「本当に人の命がかかっている状況なら、僕だって君たちとピクニックをしようとは言わないよ。たぶん、先生もそれをわかって黙ってくれてるんだと思う」
「なるほど」
「むしろ、休息が必要なのは僕たちの方だと言えるかもしれない」
勇者のつぶやきに、ユウキは目を見開いた。
ヴァスリオは目を細め、景色を眺める。
「懐かしい空気だよ。ここは。今の僕たちに足りない、満たされた空気がある」
「ヴァスリオさん……」
「長く旅をしていると、知らず知らずのうちに心身に疲労をため込んでしまう。故郷を、人里を長く離れるのも、やっぱりしんどいんだ」
彼は直近の冒険の様子を語った。それはユウキが本や漫画で見たような、
しかし、そこには大なり小なり、常に緊張が隣合っていた。
傷も受ける。
戦士として前線に立つベリウスは元より、妹のパトリシアや幼馴染みのクラウディアも、目に付かないだけで傷跡を抱えているのだという。
最近、女性陣ふたりの魔力が不安定になっていた。おそらく、ストレスが原因だろう。
そんな中、直前の滞在地である集落は久しぶりに腰を落ち着けた場所だったのだ。
聖域の結界を越えたのは、単に薬草探しの名目だけじゃない。
世話になった人々の役に立ちたい。
不安定になっていたパトリシアたちの魔力を取り戻したい。
いくつかの思いが重なって、ヴァスリオに聖域への侵入を決意させたのだという。
「もしそれによって責めを負わなければならないのなら、決断したのは僕だ。僕が責任を取る。そのつもりでここまで来た。もちろん、君たちとピクニックすることもね」
ヴァスリオは洗い物を重ねると、ユウキに深く頭を下げた。
「ありがとう、ユウキ。君と君たちのおかげで、僕の仲間たちはずいぶんと救われた」
あんなに元気になったクラウディアを見るのは久しぶりだよ、と勇者は言った。数日前から顔色が悪いのを心配していたのだという。
「君は本当に素晴らしい院長先生だ」
そう言って、ヴァスリオはユウキの頭を撫でた。
少年院長は驚き、そしてされるがままになった。嬉しくなったのだ。年上のお兄さんからこういう風に褒められ、頭を撫でられるのは久しぶりだった。
それは、十歳の年相応の反応だった。
「ユウキ、僕たちはここを出た後もしばらくは近くの集落に滞在するつもりだ。何かあったら、訪ねておいで」
「はい。ありがとうございます」
そう言って、ユウキは照れくさそうに笑った。
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