第73話 打ち解ける似た者同士


「なあなあ! これってホンモノ?」


 レンのそんな声が聞こえて、視線を向ける。

 ベリウスの巨大な斧を指差し、やんちゃ少年がキラキラと目を輝かせていた。

 筋骨隆々の戦士は豪快に笑いながらレンの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。いつもなら反発するレンだが、むしろ喜んでいた。


「ほれ坊主。こっちを持ってみろ。ワシの予備の剣だ」

「おおっ! げ!? お、重い!?」

「がっはっは! そんなへっぴり腰じゃあまだまだだなあ」

「ぐぬぬ……! おりゃ、そりゃ!」

「あああ、レン。危ないよ、そんなに振り回したら」


 ムキになって素振りを始めたやんちゃ少年を、ソラがオロオロしながらたしなめる。

 そんなソラも、冒険者が身につけている装備には心奪われたようだ。レンは派手な武器に釘付けだったが、銀髪少年は皆の装いの方が気になっていた。


「すごい……本当に物語みたいだ」


 流麗な勇者の剣。

 鉄壁の戦士がまとう鎧。

 天使のような聖女のローブ。

 魔法の力を感じさせる賢者の帽子。


 確かに、彼らが揃うと『魔王を倒すべく立ち上がった勇者パーティ』の雰囲気を強く感じる。ユウキも同感だ。ミオいわく、彼らは冒険者として高い位にあるそうだから、『魔王も倒せる勇者たち』と見るのはあながち間違いではないのかもしれない。


 うっとりするソラの隣で、ヒナタもまたうずうずしていた。

 もふもふ家族院にはいない大人たちに、興味津々のようだ。


「はい、はい、はい! ベリウスさんはどうして『先生』って呼ばれてるんですか!?」

「いい質問だなあ、お嬢ちゃん!」


 子どもたちの質問にいちいちオーバーリアクションをする戦士。一番体格が良くて無骨な見た目だが、一番ノリがいい。


「それはだな」

「うんうん」

「なにを隠そう――」

「ごくり」

「オレがこいつらのおしめを替えてやったからだあああ!」


 悪質なウソ吹き込まないでもらえます!?――と即座にクラウディアからクレームが飛ぶ。余所を向いていたのに実に耳ざとい。


 すると別方向からほんわかした声がした。


「ベリウス先生は、私たちがまだ初心者だった頃に、冒険者の心得や技術を教えてくれた教官さんなんだよ」


 聖女パトリシアである。彼女はアオイと協力して、お弁当を選り分けていた。


「あ、アオイちゃん。この卵焼き、すごく上手に焼けてるね!」

「そうなんですー。自信作なんですよー」

「やっぱりたくさん食べてくれる人が大勢いると、作りがいがあるよね」

「はいー」


 のんびりしたやり取りながら、手元はテキパキと動く。あっという間に料理が人数分並べられた。しかもひとりひとり、取り皿の中身が違う。各々の好みと見た目の双方に気を配った仕事ぶりだった。


「はーい。クラウちゃん、どうぞ」

「ミオちゃんもー、はい」


 笑顔で取り皿を渡された賢者と眼鏡少女は、揃って「ん、ありがと」と言った。

 ふたりは皆の輪から少し離れ、背を向けて話し込んでいる。どうやらクラウディアが、自分の知識をミオに教え込んでいるようだ。おにぎり片手に、熱心に議論している。


 少年院長とリーダー勇者は、並んでしみじみとつぶやいた。


「平和ですねえ」

「平和だねえ」


 ぱくり、と揃って卵焼きを頬張る。舌鼓を打つ。


 ふと、ユウキは気配を感じて振り返った。

 少し離れたところ、木に半分隠れて天使マリアがこちらを見つめていた。


 真面目な表情である。

 なのに鼻血を垂らしている。


 天使様って鼻血を出すんだなと驚きながら、ハンカチを手に立ち上がろうとするユウキ。天使様は慌てて「来なくていい、そのままで」とジェスチャーしていた。


「どうかしたかい、ユウキ」


 ヴァスリオがたずねた。彼もまた、ユウキと同じ方向を振り返る。

 勇者の視線は、確かに天使マリアがいる方に向けられていた。彼は小さく微笑むと、何も言わずに視線を戻した。

 もしかしたら天使様の気配に気づいているのかもしれない――とユウキは思った。


「へっ――くしょおおおおんっ!!」

「……っぷし!」


 そのとき、くしゃみがふたつ重なる。ベリウスは盛大に、クラウディアは控えめに。

「びっくりしたー」「がはは、悪い悪い」というやり取りを背に、クラウディアは陰鬱そうにつぶやいた。


「最悪……おにぎり落としちゃった。このあたり、なにか飛んでるのかしら」

過敏反応アレルギー?」

「よく知ってるわね。さすがだわ」


 さながら真面目な姉と妹。もしくは全国模試の上位同士。

 最初の険悪さはどこへやら、ミオとクラウディアはすでに仲が良さそうである。


 微笑ましく思いながら彼女らを見ていたユウキは、ふと、天使様のつぶやきを聞いた。


『と、尊い……ぐふ』


 大丈夫かな天使様――と少年院長は思った。


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