第72話 冒険者たちの理由


「ちょ、ちょっとミオ」


 ヒナタが困惑したように眼鏡少女へ声をかける。だがミオは、まっすぐに冒険者たちを見据えるままだった。なおも詰め寄る。


「書物で見た記憶があります。特級は、通常の冒険者が引き受けないような、あるいは引き受けられないような依頼をこなす――と。見たところ、ほぼ完全装備。どんな状況にも対応できる万全さで、この聖域に、なにをしに来たのですか?」


 敵意剥き出しとも言える少女の台詞に、冒険者たちは互いに顔を見合わせた。

 ミオが眼鏡のブリッジに手をやる。


「まさか――誰も入れなかったのをいいことに、聖域を独り占めにして荒そうとしたのでは」

「ミオ」


 ユウキが間に入る。


「そこまででいいよ。ありがとう」

「あなたがいっこうに確かめようとしないから、私が代わりに聞いたのよ」

「わかってる。だから、ありがとう」


 微笑むと、ミオは肩をすくめて引き下がった。

 ユウキはヴァスリオたちに向き直る。


「そろそろ、聞いてもいいですか? 皆さんがここに来た理由」

「ああ。もちろんだよ」


 冒険者リーダー、『勇者』ヴァスリオは穏やかにうなずいた。

 すると、赤いとんがり帽子の『賢者』クラウディアが眉をつり上げた。


「ちょっと。『あのこと』を言いふらすつもり!?」

「もちろん。ここまでしてもらって誤魔化すのは、この子たちに対して不誠実だよ。、クラウ」

「ううー……」


 ヴァスリオの言葉に唸る賢者。

 ユウキは首を傾げた。諦めよう――って、どういうこと?


 勇者は咳払いした。


「僕たちがここに来た理由を端的に言うとね、

「……え?」

「探し物に夢中になりすぎて、気づいたら聖なる結界を見つけて、『きっとこの中から見つかるに違いない』って話になって、妹のパティ――パトリシアに神の奇跡を借りてもらって、中に入って、そして引き続き探して歩いていたらここまでたどり着いた、というわけさ」


 あっけらかんと言う勇者。するとクラウディアが顔を赤くして噛みついた。


「私のせいじゃないわよっ!?」

「うーん。でも『ぜったいこの中にある!』って興味津々だったのはクラウだからなあ」

「それを言ったら、聖域に釘付けだったのはパティもじゃない」

「ふぇ!? ごごご、ごめんなさい。あの、やっぱりきちんと儀式をして神様にお伺いを立てた方がよかった、のかな?」

「うーん。どうかなあ」

「ちょっと。私の話、ちゃんと聞いてる?」

「あ、あのねクラウちゃん。そのやり取りだと、いつものパターンでクラウちゃんが疲れるだけだと思う。お兄ちゃん、ほんわかモードに入ってるから」

「ほんわかモードってなによ!? ああもう、ベリウス先生からもなんか言ってやってください!」

「がっはっはっは! 元気そうで結構結構。無礼講はこうでなくては!」

「あーん、もおーっ!」


 癇癪を起こす賢者。それを微笑ましく見る勇者たち。

 ユウキを除くもふもふ家族院の皆は、彼らの様子をぽかんとして見つめていた。

 少年院長だけが、穏やかに言う。


「仲がいいんですね」

「ああ。自慢の仲間、いや――家族だね」


 勇者が応える。

 お互い、ほんわかした笑みを向け合った。


 ユウキの横ではミオが、ヴァスリオの横ではクラウディアが、それぞれ額を押さえながら「似た者同士……」とつぶやいていた。


 ユウキはちらりと後ろを見遣る。

 他の人間には見えていないようだが、天使マリアが木陰からこちらを伺っていた。

 なぜかハンカチを口にくわえ、とても悔しそうな顔をしている。なぜそんな感情に至ったのかユウキにはよくわからなかったが、とりあえず天使様は敵意を向けていないとわかり、胸をなで下ろす。


「ユウキ院長?」

「いえ、なんでもないです。それと、僕のことはユウキで大丈夫です」

「そうか。なら僕のこともヴァスリオと呼んでくれ」

「あはは……さすがに年上の人を呼び捨てには、なかなか」


 苦笑する。

 それから、少し目を細めてたずねた。


「探し物は見つかりましたか。ヴァスリオさん」

「おかげさまでね」


 うなずく勇者。

 すかさずミオが問い詰める。


「なんなんです? その探し物って」

「……薬草よ」


 不承不承、といった様子でクラウディアが答えた。


「聖域近くの集落で、風土病が発生したのよ。大半の人間は軽症で済む病気なんだけど、ごく稀にひどく重症化するケースがあってね。悪いことに、世話になってた宿屋の人が具合を悪くしちゃって。だから風土病に効く薬草を探してたってワケ」

「重症患者がいるのに、あるかどうかもわからない薬草を探し回るなんて、暢気が過ぎるのでは?」

「パティの聖魔法を舐めないことね、眼鏡の子。それに、あんたじゃないけど私も相応の文献を読み込んできたつもり。この聖なる空間、植生環境なら、必ず見つかると確信していたわ」


 ミオとクラウディアが睨み合う。

 眼鏡少女が言った。


「……あとでその書物を読ませてもらっても?」

「あんな重い物、常に持ち運べるわけないでしょ。口頭で教えてあげるわよ」

「……ふん」

「……はっ」


 同時に視線を外すふたり。

 隣のヒナタが、つんつんとユウキをつついた。


「これケンカ? それとも仲良し?」

「仲良しなんじゃないかな? 気が合うんだよ、きっと」


 ユウキは答えた。目の前で勇者が「うんうん」とうなずいていた。


 

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