第71話 距離を縮める自己紹介


「君が、院長先生?」


 手を差し出した先、大人たちの先頭に立つ金髪の男性が驚きも露わにつぶやいた。

 ユウキは笑顔で、力強くうなずく。


「はい。僕が院長です。ですから、僕がお話を聞きます」

「それは……。話ができるのは、こちらとしてもありがたいけれど」

「僕は皆さんのお話を聞いてみたいです。きっと皆さん、悪い人じゃないですから。僕はそう思います」


 鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべる男性。


 ユウキの台詞に嘘はない。

 もともと、怖れはないのだ。この世界に転生できただけでも儲けもの。

 最初からずっと変わらない。『生きているだけで幸せだ』という思いは。


 それだけじゃない。今では気持ちを強くしてくれる大切なものも増えた。

 ユウキの後ろには家族同然の仲間たちがいる。さらにその向こうには、この楽園を創った天使様もいる。そして心の中には、善き転生者たちの魂もいる。


 自らの直感が強く叫ぶ。

 なにを怖れることがあるだろうか――と。

 彼らを怖がる要素はない――と。


 まったく動じない十歳の少年を前に、目を瞬かせる四人の大人たち。

 やがて彼らは、それぞれ人柄が伝わるような反応をした。


「まあ可愛い」


 ――と、うっとりつぶやいたのは、すぐ後ろにいる金髪の女性だ。一目見ただけでもわかる淑やかさは、まるで天使様のようだとユウキは思った。慈愛に満ちた視線が、こちらも心地良く感じる。

 アニメならば間違いなく、聖女様と呼ばれているだろう。


「肝の据わった坊主だ」


 そううなずくのは筋骨隆々の男性。尻尾のような飾りが目を引く兜を被っている。四人の中で一番強固そうな装備に身を固めていた。アニメだと『頼れる前衛で、兄貴分』といった役どころだろうか。口元を引き上げた笑い方が、どこかレンに似ている。

 見たまま、生粋の戦士という感じだ。


「あんたたち、そんな暢気に構えてていいの?」


 ――と眉をひそめるのは黒髪の女性だ。赤いとんがり帽子は、魔法使いの証だろうか。他の三人と比べて薄着である。そのせいで少し冷えるのだろう、ぷしゅんとひとつ、可愛らしいくしゃみをする。現実的な台詞といい、この仕草といい、ミオが大人になったらこんな女性になるのではと思わせた。

 さしずめ、皆の頭脳たる賢者といったところか。


 そして。

 ユウキと相対する金髪の男性は、仲間たちの声を聞き、驚いた表情を緩めた。微笑む。そこに敵意はなく、あるのは敬意だった。


「君のような子がいるとは、驚いたよ」


 金髪男性が言う。腰に身につけた長剣の柄飾りが、陽光にきらりと輝く。

 身にまとう雰囲気といい、装備から伝わる聖なる気配といい、まさに勇者の称号がぴったりくる。

 ユウキは、この金髪男性に一番、親近感を抱いた。


『勇者』青年はひざまずき、ユウキの手を取った。


「僕はヴァスリオ。冒険者パーティのリーダーをしています。友好的な対応に敬意を表します。ユウキ院長」


 ユウキの想像通りの言葉。相手が子どもだからと侮った空気は一切、ない。

 ふたりはしっかりと、力強く握手をした。


「えと。ユウキ、大丈夫……っぽい?」


 遠慮がちにヒナタが声をかけてくる。ユウキは振り返って、この元気少女に笑いかけた。

 ユウキは見ていなかったが、彼と手と繋いだ金髪青年もまた、ヒナタに微笑みかけていた。その笑い方が、図らずもふたりそっくりとなる。

 その笑みを見て、ヒナタは警戒心を解いたようだ。ユウキの隣に並んだ彼女は、いつもの人懐っこさを発揮して「こんにちは!」と元気よく挨拶をした。

 もふもふ家族院、そして大人たちの側も、それで警戒感が一気に薄れる。


 どうやら、悪い人たちではないらしい。

 どうやら、見た目通りの純粋な子どもたちらしい。


 互いが互いをそう判断したようだ。


 それから一行は、ユウキの提案により、一緒にピクニックをすることになった。

 途中止めになっていた準備をヴァスリオたちとともに進める。シートを広げ、大きなお弁当を中心に置き、皆で車座になった。



 ――ふふ。後ろで天使どのがハラハラしているようだ。



 転生者の魂が半ばからかうように教えてくれる。


「この度は誘ってもらってありがとう。改めて、仲間たちを紹介するよ」


 ヴァスリオが言った。

 彼の隣に座るのが『聖女』。ヴァスリオの妹のパトリシア。

 彼女の横には『賢者』クラウディア。

 そしてそのさらに横に『戦士』ベリウス。


「じゃあ、こちらも紹介しますね。もふもふ家族院の皆です」

「もふもふ家族院?」

「僕たちが暮らしている施設の名前です。天使様が付けてくださったんですよ」

「なんと。天使様が……」

「はい。じゃあ、まずは――」

「はいはいはい! わたし! わたしの名前はヒナタっていいます!」


 元気少女を皮切りに、もふもふ家族院の皆も名乗っていく。

 微笑ましい様子に、クラウディアを除く三人はにこにこ笑いながらうなずいていた。


 そして最後に、ミオの順番になる。

 ユウキが自己紹介を促す。「ミオです」と素っ気なく告げた彼女は、続けてこう言った。


「あなたがたが身につけているペンダント。最上位の特級冒険者の証ですよね。なぜ、そのような方々がここに?」


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