第70話 遭遇


「天使様。その人たちは……悪い人なの?」

『わかりません。ですが、私の結界を一部とは言え破った人間。ただの放浪者ではないはずです』


 天使マリアは視線を外した。彼女が見つめる先にはピクニック会場、もふもふ家族院の皆が集まる場所がある。


『ピクニックで微笑ましさ全開は私も大歓迎なのですが、あの場所は見晴らしが良い。侵入者にも気づかれてしまうかもしれません。ごめんなさい、ユウキ』

「どうして天使様が謝るのですか?」

『この事態は聖域の管理者たる私の失態と言えます。また、下界での私はむやみに力を解放できない……そのために、かの侵入者の居場所特定が難しくなっているのです。いえ……もしかしたら、彼らは私の目をくらませる魔法を使っているのやも』


 天使ともあろう者が情けない、とマリアは唇を噛んだ。


『とにかく、十分に気をつけてください。私の友人の見立てでは、さしあたって危険はなさそうだとのことですが、用心するに越したことはありません。もふもふ家族院の院長たるあなたに、まずは伝えておきたかった』

「天使様……はい。わかりました」

『私は姿を消し、あなた方を少し離れたところから見守ることにします。本当は今すぐ顕現してピクニックに混ざりたいところですが、致し方ありません。残念です。痛恨の極みです』


 超混ざりたかった……とつぶやく天使様を見て、ユウキは少し肩の力を抜いた。

 天使様がこうおっしゃるのだから、じゅうぶん気をつけよう。けど、少し会いたい気持ちもある。

 外から来た人たち。どんな人なのだろう。



 ――大丈夫だ、少年。少年なら、どんな者とでも対等に話ができる。

 ――それに、この天使サマが言うほど気を張らなくてもいいかもしれないわよ? 少なくとも、私たちが怖気だつような邪悪さは感じないわ。



 善き転生者の魂たちが語りかけてくる。

 ユウキは彼らのことを信じた。安堵する。



 ――それにしても懐かしいな。邪悪な存在、か。かつてなら見つけ次第叩き斬っていただろう。

 ――そうね。まかり間違ってこの子に手を出すようなことがあれば、うっかり森を吹き飛ばしてしまうかもしれないわね。危ない危ない。



 冗談とも本気ともつかない物騒な台詞も聞こえてきた。

 どことなく、転生者さんたちが天使様に似てきたなとユウキは思った。

 ちょっとだけ、不安になる。


「わかりました、天使様。周りに気をつけていればいいんですね」

『頼みましたよ、ユウキ』

「はい! もふもふ家族院の皆は、僕が守ります!」

『ん゛っふぅっ! ……頼みましたよ、ユウキ』


 口元を押さえながら告げる天使マリア。なぜ同じ台詞を二度言ったのかは気にしないことにした。


 やがて、すーっと天使様の身体が透けていく。もふもふ家族院の子どもたちに影響が出ないようにするためだ。

 よし、と握りこぶしを作り、ユウキは小走りに皆のところへ戻っていく。


 再び藪を越えたところで、転生者の魂が語りかける。



 ――少年。人の気配がするぞ。



「え!? まさか、もう!?」


 走る。

 記憶していた道をたどり、ピクニック会場の広場に出る。

 その瞬間――。


「あっ!? ユウキーッ!」

「ユウキくーん!」


 ヒナタとサキが勢いよく抱きついてきた。彼女らの頭の上に乗ったケセランたちも、オロオロと左右を見回している。

 背中を軽く叩いて落ち着かせると、彼女らは広場の一角を指差した。


「ピクニックの準備をしていたら、あの人たちが急に現れて」


 ヒナタの言葉に、眉を寄せる。

 そちらを見た。

 警戒する子どもたちとチロロの向こう、四人の大人たちが立っていたのだ。


 男性二人、女性二人。

 それぞれ立派な装備を身につけている。ただ統一性はない。どこかの部隊の制服――というわけではなさそうだった。

 彼らを一目見たユウキは、まず真っ先に思い浮かぶ光景があった。


 ――あ、こういうのアニメで見たことある。


「すごいや。冒険者様ご一行だ」

「ユ、ユウキ?」


 思わずつぶやいた言葉にヒナタが反応する。

 ユウキはリュックを下ろし、緊張する仲間たちの脇を通り抜け、『侵入者』たちの前に立った。


「危ないよユウキ」「しっ。彼に任せましょう」「すげー。あんな格好初めて見たぜ」「レン、ダメだよ。変なことしちゃ……」――後ろから子どもたちがボソボソと話す声を聞く。

 ユウキは、不思議と落ち着いた気持ちで『侵入者』たちの顔を見た。

 自分よりも一回り年上。けど、十分『お兄さん、お姉さん』で通用しそうな若々しさ。

 彼らもまた、戸惑いを露わにしていた。

 未踏の大地に足を踏み入れたと思ったら、幼い子どもたちが揃ってピクニックしているところに遭遇して、大いに困惑した――そんな様子がありありと伝わってくる。


 微妙な空気が横たわる。

 けれどユウキは動じなかった。天使様の存在、善き転生者たちの言葉が、彼を支えたのだ。

 四人の大人から注目されながら、ユウキは表情を緩めた。彼らの顔をまっすぐ見上げる。


「はじめまして。僕はもふもふ家族院の院長、ユウキといいます。よろしくお願いします」


 そう言って、ユウキは小さな手を彼らに差し出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る