第69話 天使様の忠告


「もうすぐ目的地だよ」


 周囲の様子を確認しながら、ユウキはもふもふ家族院の皆に言った。

 木立の間から、開けた土地が見えてくる。わずかに冷気を含んだ風も感じた。清流が近いのだ。

 この辺りは緩やかな丘の天辺付近にあたる。ユウキが見つけた広場は、地面だけでなく視界も開けていて、聖域の絶景が楽しめる場所なのだ。

 以前、足を運んだときは深夜だったから、陽の高い時間帯に景色を眺めるのはユウキも初めてである。とても楽しみであった。


 後ろを付いて歩いてくる家族院の子どもたちは、めいめい雑談で盛り上がっていた。

 ユウキが夜、眠れない身体になっていたこと――彼らは少年院長の身体を心配しつつも、ユウキが平気ならばそれは事実として受け入れようとしてくれたのだ。

 本当にありがたいとユウキは思った。


 子どもたちと同じく、軽やかな足取りで草地を歩く。もうすでに、他の子らにも目的地は見えていた。

 まずは景色を堪能かな。それともちょっと早めのお昼ご飯かな。

 ワクワクしながらこの先のことを考えていると――。


『ユウキ。ユウキ』


 ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた。

 ユウキは目を瞬かせ、後ろを振り返る。家族院の子どもたちが声をかけてきた様子はない。「呼んだ?」と尋ねるのも気が引けるほど、ワイワイ騒いでいたのだ。むしろちょっと収拾が付かないくらい。


『ユウキ。ユウキ、こちらです』


 再び声。

 明らかに、子どもたちのものとは違う。



 ――少年。左手の藪の向こうだ。大きな、聖なる力の存在を感じる。



 善き転生者の魂が教えてくれる。ユウキはリュックを背負い直した。


「ミオ、ヒナタ。先に皆をピクニック会場まで連れて行って。もう目と鼻の先だから」

「ユウキ? どしたの?」

「すぐに戻るから」


 そう言い残し、ユウキは小走りに藪の方へ向かった。背後でなにやらレンが騒ぎ、ミオが怒っていたが、気にしない。

 最後尾を歩いていたチロロがするりと横に付く。ユウキは彼にも手を横に振り、「付いてこなくても大丈夫」と言った。


「チロロは皆を見てあげて」

『しかしな』

「僕、『呼ばれた』んだ。だから行ってくる。大丈夫。危険はないよ。僕の中の転生者さんたちも、そう言ってる」

『……よもや、それは』

「チロロがピクニック会場にいれば、きっと皆安心するから。だからお願い」


 ユウキの言葉に、チロロは「むふん」と息を吐いた。それから踵を返し、子どもたちの元へ向かう。ユウキに代わって先頭を歩き出した。

 その様子を見届けたユウキは、改めて藪の向こう側に回り込む。


 足下に注意しながら進んでいると、間もなく、こぢんまりとした広場に出た。小屋一軒分ほどの空間である。



 ――来るぞ、少年。



 転生者の魂が告げた直後、広場に美しい翼を持った女性が現れた。


「天使様!」


 天使マリア。ユウキにとっては、数日ぶりの再会である。

 相変わらず綺麗な姿勢で立つ彼女の元へ、ユウキは駆けた。彼にとっては、この幸せな暮らしへ導いてくれた恩人である。嬉しさで笑みがこぼれた。


「お久しぶりです、天使様! 会いたかったです!」


 混じりけのない声と心で、そう告げる。

 しかし、天使マリアは反応せず、その場に立ったまま。顔を見ると、彼女はどこか険しい表情を浮かべていた。

 ユウキが不思議そうに小首を傾げた直後。


『――っひゅっ』

「おひゅ? お湯ですか?」

『ん゛ん゛っ、ん゛っん゛っ!!』


 いつぞや見た仕草で奇妙な空咳をする天使様。真面目な表情は崩さないまま、よく見ると口の端から涎が流れていた。ちょっとだけ。


『……あぶない。直接、顔を合わせた破壊力がこれほどなんて。もう少しで強制送還されるところだったわ。キュン死で』

「天使様?」

『こちらのことです。気にしないで。本当に』


 我ながらなんて節操のない――などとぶつぶつ言う天使マリア。さすがにユウキも心配になってきたころ、彼女は改めて語りかけてきた。


『こうして顔を合わせるのは久しぶりですね、ユウキ。元気そうでなによりです』

「はい! これも天使様のおかげです!」

『……んんっ。私もあなたと楽しいお話がしたいのは山々なのですが、今日は急ぎ伝えるべきことがあって、こうしてやってきました』


 再び小首を傾げるユウキ。

 天使マリアの表情が厳しさを取り戻す。


『ユウキ、落ち着いて、よく聞いてください。少し前、この聖域に異変を感じました』

「え?」

『結界の一部が突破されたのです。外部から、何者かが侵入した可能性が高い』


 侵入者……と言葉を反芻するユウキ。天使様はうなずいた。


『そしてその者たちは、すでにこの近くまで来ているはずなのです』


 ユウキの背筋が、意図せず伸びた。


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