第65話 推しがさらに輝いて


 ――もふもふ家族院の院長ユウキが、勤勉少女ミオと仲良くなって、数日。

 家族院から遙か彼方にある天界では、今日も天使様たちが『お勤め』に励んでいた。


「おーい、そこの箱推し天使」


 赤毛の天使ルアーネが、テーブルを挟んで向かいの人物に声をかける。呆れと疲れが混ざった声だ。


「幸せそうな顔で死ぬな。起きろオラ」

「うう……ルアーネ、ひどい」


 見目麗しい金髪の天使マリア様が、情けない表情でむくりと上体を起こした。


 ――天使マリアに与えられた戸建ての家。


 もふもふ家族院のメンバーグッズが所狭しと並ぶ相変わらずな室内で、マリアとルアーネは作業を行っていた。

 テーブルの上には大量の資料。整然と並べられているが、それでも机上から溢れそうな量である。

 これらは皆、後輩たちが作成した各異世界の調査資料である。担当世界の把握調査は、天界の礎となる重要な任務だ。


 後輩天使たちは技量も経験もセンスも人によってまちまち。そんな彼女らのため、マリアとルアーネは資料チェックの仕事を自ら引き受けたのである。

 後輩たちを指導する立場のふたりではあるが、ほぼほぼ善意の仕事であった。

 彼女らの上司は曲者揃い。穴のある資料を出して余計な突っ込みを招けば、後輩だけでなく他の天使たちの仕事にも影響が出かねない。

 かくして、有能で偉大なる天使ふたりは、マリアの部屋に泊まり込みながら作業を続けているというわけだ。


 しかし、ここ数時間はルアーネの小言回数が増えている。

 理由は単純。ストレスに耐えかねたマリアが、水晶玉でもふもふ家族院の様子を覗きたがるからである。


「ルアーネも拝見すればいいのに。癒やされるよ?」

「拝見て」


 後輩の資料に的確に直しを入れながら、ルアーネが言う。

 天使マリアは目を輝かせた。


「拝見は拝見よ。あんな崇高な光景を何度も拝ませて頂いているのだから、最大限の感謝を捧げなければいけないわ。あなたも見たでしょ? ここ数日のユウキたちのかわいさときたら!」

「見たというか、見させられたな」

「細かいことはいいのよ」


 にっこりと笑う。実に満足げな表情だ。心なしか肌艶まで良くなっている。

 これで作業量はルアーネとそう変わらないのだから、世の中は不公平だとお人好し天使は思った。


 ルアーネはペンを置き、別卓に置いていたコーヒーカップを手に取った。


「ま……確かに最近のもふもふ家族院は楽しそうにしてるよ。いいことだ」

「そう! そうなの!」


 あ、まずいスイッチが入ったかも――と後悔したときには遅かった。


「前から至高の可愛さを存分に披露してくれていたあの子たちだけど、ここのところはさらに磨きがかかっているのよ! なんといっても一番の功労者はユウキね! あの子が来たおかげで、これまで陰日向の可愛さを誇っていたソラやミオが大輪の微笑みを見せるようになったわ! 天使をキュン死させようとするなんてやるわねあの子たち!!」

「実際、何回か意識飛んでたもんなお前」

「そうなのよ!!」

「仕事しろや」


 親友の厳しいツッコミでも、天使様の『箱推し』は止まらない。

 ルアーネは心得たものだった。立て板に水の勢いで推しを推しまくる天使様の訴えをBGMに、休憩のコーヒーを優雅に一口、二口と味わう。普段、どちらかというがさつな言動の多い彼女だが、時折こうした美しく天使らしい所作を見せる。マリアに負けずファンが多い理由でもあった。


 ルアーネは水晶玉をちらりと見る。

 そこには、もふもふ家族院のリビングで楽しそうに雑談をしている子どもたちが映っている。

 ユウキ、ヒナタ、サキ、アオイ、レン、ソラ、ミオ。七人全員集合だ。


 元々仲の良い子どもたちだが、全員が一緒に談笑する機会はこれまで少なかったように思う。特にミオは自室にこもりがちで、温度差を感じたものだ。

 しかし、今は違う。


 ミオはヒナタにくっつかれながら、穏やかな表情で会話に参加している。

 ソラも以前よりずいぶんと喋れるようになった。

 暴走気味だったレンは、以前よりも素直に周囲の言葉に耳を傾けているようだ。

 逆にサキは好奇心の昂ぶりが前にも増して激しくなっている。その分、アオイやミオに泣かされる回数も増えていた。

 アオイは心なしか、さらに生き生きとして見える。皆のお世話が楽しくて仕方ない様子だ。

 そしてヒナタは、相変わらず元気いっぱいだ。全身から「楽しい、嬉しい」オーラが溢れている。


 どうやら皆でピクニックに出かけようと話しているようだ。

 ずっと明るく、ずっとにぎやかで、もっと幸せそうになったもふもふ家族院。

 その中心には、間違いなくユウキ少年がいる。


 天使ルアーネは微笑んだ。


「マリアが推したくなるのも、わかる気がするな」


 我知らずつぶやいてしまってから、慌てて口をつぐむ。こんな台詞を聞かれてしまったら、また顔芸天使になにを言われるかわからない。

 ちらりとマリアに視線をやる。


 顔芸天使は水晶玉を見つめていた。

 彼女の表情の変化に、ルアーネは眉をひそめる。


「……おい、マリア?」


 まるでクソ上司から呼び出しを受けたときのように――天使マリアは警戒感を露わにしていたのだ。


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