第64話 新しい役割


 しばらくユウキは、ミオから星の見方を教わっていた。空を指差しながら饒舌に説明する眼鏡少女は、実に楽しそうである。ずっと上を向き続けたユウキの方が、首に痛みを感じたほどだ。

 もうミオに、最初の頃のような刺々しさはない。


 ふと、ミオが小さくあくびをする。どうやら、ようやく彼女に睡魔がやってきたようだ。

 誤魔化すように口を押さえるミオの横顔を見ながら、ユウキは思う。

 こんな遅くまで起きていたんだ。きっと、これまでもずっと――。


「ねえミオ。相談なんだけどさ」

「な、なに?」

「僕がこの先、ずっと起きていたら……この夜の時間、どんなことができると思う?」


 ミオの仕事を肩代わりすることで、彼女の負担を減らす。

 しかしそれだけでは、長い夜の時間すべてを費やすことにはならない。

 なにか、この『体質』を授かった自分ならではの『できること』がないだろうかと、ユウキは眼鏡少女に相談した。

 ミオから、眠れない身体について教えてもらったからこその、気づきだ。


 ユウキの真剣な表情を見たミオは――どういうわけか最初に、苦笑した。


「まったく。あなたという子は」

「……そんなに変な相談だった?」

「ま、変と言えば変かしらね。『自分が眠れない身体になった』と知ったら、普通ならどうやって元の身体に戻るかを気にするわよ。それをあなたは、状況を受け入れた上で、あくまで前向きに捉えようとしている」

「僕はただ、自分にできることを考えたいだけだよ」

「わかってる。責めてるわけじゃないの。ごめんなさい」


 そう言って、眼鏡少女は笑みを収めた。


「まず、眠れない身体になったのなら、その副作用の確認をするべきね。まだ初日。あなたの身体にこれからどんな不調が表れるかわからないわ」

「眠らなくても済むと言っても、元気のままでいられるとは限らない……」

「そういうこと。ただ、私の推測だとそこまで心配する必要はないはずよ」

「どうして?」

「天使様からのお手紙に、その件に関する懸念が記載されていなかったから」


 なるほど。天使様と常にやり取りをかわしてきたミオだからこその見解だ。


 ユウキは、初めて天使様と会って話をしたときのことを思い出す。彼女はユウキのことをとても気にかけていた。もし、事前にユウキの身に起こることがわかっていたなら、教えてくれていたはずだ。

 ミオは眼鏡のブリッジを上げた。


「ユウキは天使様と直接会って、お話ができる。今度お会いする機会があったのなら、確認してみるのがいいでしょう」

「うん。わかった」

「さて、その上で現状、どういう活動が考えられるか……だけれど」


 少しの間、顎に手を当てるミオ。思考の時間はわずかだった。


「夜の見回り――というのは、どうかしら?」

「なるほど。皆が寝静まっている間、もふもふ家族院を守るんだね」


 それはとても院長先生らしい、と鼻息を荒くするユウキに、眼鏡少女は待ったをかける。


警邏けいらじゃなくて、あくまで見回りよ」

「……えと。どう違うの?」

「夜の聖域内でのことは、家族院の誰も知らないのよね。当たり前だけど。でも、私は知っておきたい。おそらくサキも同じことを言うと思う」


 ミオの意図がつかめず、首を傾げるユウキ。眼鏡少女は言った。


「つまりね。ユウキには私たちの代わりに、夜の聖域について調べてほしいの。実際に見て、歩いて、どんな風になっているのか、なにか気をつけるべきことがあるのか、私たちの知らない新しい発見があるのか……とかね」

「その結果を、ミオやサキに伝える……それが活動内容ってこと?」


 ミオはうなずく。「散歩の範囲を広げようかと前から考えていたから、ユウキがこの役割を担ってくれると助かる」と彼女は付け加えた。

 いわゆる、夜のフィールドワークということなのだろう。


 ミオいわく、聖域内の夜行性動物たちも家族院の味方らしい。ゆえに夜出歩くことに危険はない。――が、自分たちがその味方の存在を知らないのは良くないだろうと、常々ミオは考えていたそうだ。

 やりたくて、けれどできなかった活動を、ユウキに託したい。


「どう? できそう?」


 ミオはたずねた。

 ユウキの答えは決まっている。


「もちろん、やるよ。やらせてほしい」


 力強くうなずく。するとミオは、ホッとしたように目を細めた。初めて自分の苦労を理解し、手助けしてくれる人が現れたことによる、安堵だった。

 ユウキは内心、喜びに震えていた。

 自分にもできることが増える。仲間の、家族の負担を減らす手助けができる。なんて素晴らしいことだろう。

 嬉しい。やってみたい。ワクワクする。気持ちが昂ぶる。

 その感覚は、転生時から『誰かの役に立ちたい』を考え続けるユウキにとって、この上ない『報酬』だった。

 目をキラキラさせるユウキに、ミオは頬を緩めた。


「あまり張り切りすぎないように。ユウキ院長」

「それは難しい注文だなあ」

「あなたは私のようになってはダメ」

「うーん。じゃあ僕は、ミオに無理させたくないから『今後天体観測は止めて』って言っちゃいそうだけど」

「……それはダメ」

「だよね。やりたいことを我慢するのはよくない」

「……。めたわね」

「あはは――痛い、痛い。ミオ、バシバシ腕を叩かないでってば」


 じゃれ合うふたりの嬌声が、満天の夜空の下で弾んでいた。


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