第63話 眠らない院長先生
「もう二度と眠れない……? 僕が?」
「あくまで可能性だけど」
まだ初日だしとミオはフォローする。彼女の手が、ユウキの胸元から離れる。
少年院長は、ミオの手が触れていた箇所に自らも手を当てた。
目をつむる。
すると、心の中で声が聞こえた。
――ごめんなさい。私たちのせいね。
――君の助けになりたいがゆえに、君に枷をかけることになってしまった。申し訳ない。
善き転生者たちの、済まなそうな声。
ユウキは悟った。ミオの懸念は、的を射ているのだと。
大きく、深呼吸をする。
もう二度と眠れない。人と違う生き方を強いられる。
「ユウキ……」
ミオが心配そうに声をかけてくる。
月明かりの下で、眉を下げた彼女の表情を見る。気遣う彼女の目元には、睡眠不足を示すクマがある。
ユウキは胸元から手を離した。自然と笑みが浮かんだ。
「ありがとう、ミオ。心配してくれて」
「……別に。家族院の中で、あなたが唯一、同じ境遇にいると思ったから。まあ、その、先輩として気遣いはしておくべきだわ」
「ミオらしいね」
小さく笑声も漏れた。
ユウキが予想以上に平然としていることが気になったのだろう。ミオが怪訝そうにたずねる。
「あなた、ショックじゃないの? 自分が他の人と違うかもしれないのよ。眠れないなんて、この先どんな影響があるか」
「あ、うん。それなんだけど」
頭をかく。
「実はさ、あんまり気にならないんだ。僕」
「は!?」
「この世界に来たときから思ってたことだから。生きてるだけで儲けもの――ってね。だからショックと言うほどショックじゃないというか」
だからミオも気にしないで、とユウキは笑う。
ぽかんと口を開けていたミオは、やがて肩を落として深々と息を吐いた。首を横に振る。
「本当、呆れた……どういう精神構造しているのかしら」
「そ、そこまでのことかな。今がじゅうぶんすぎるほど幸せだから、まあ、いっかなって」
「はぁー……心配して損した」
「ごめん。それよりさ」
ユウキはミオの手を握った。突然のことで、眼鏡少女が目を丸くする。
「ミオが背負っていること、僕にも背負わせてくれないかな」
「な、なにを」
「僕にとっては、ミオの方が心配なんだ。皆のために、自分だけが寝不足に耐えて……ミオが責任感強いのはわかってるけどさ、それはあまりにも哀しいよ」
「ど、同情はいらないから」
「同情じゃない。僕は院長として、できることをやりたいんだ。これも、この世界に来たときに決めたことだよ」
ユウキは言葉に力を込める。
「誰かの役に立ちたい――そう決めたんだ、僕。だから、ミオが辛さ、僕にも背負わせてほしい。今度から、天使様のお手紙を書き写すの、僕も手伝うよ。交代でやればミオの負担も減るだろうし。なんだったら僕が代わりにやってもいい」
ミオから手を離し、自分の胸をドンと叩く。
「なんたって僕は『眠らない院長先生』だからね。転生者さんたちのお墨付きさ。今だってピンピンしてるから、きっとこれからも大丈夫!」
「眠らない院長先生って……なによそれ」
「今考えた。いいでしょ?」
「……ぷっ。ふふふ」
口元に手を当て、堪えきれない様子でミオが吹き出す。
ひとしきり笑った後、ミオは再び、いつもの怜悧な表情を取り戻した。
「わかったわ。そこまで言うなら、手伝ってもらう。実を言うと、眠れないのは結構つらかったの。きっと、あなたと比べて耐性が弱いからね」
「これからはゆっくり休んでよ、ミオ」
「そういうわけにはいかないわ。私にだってプライドはある。責任もある。天使様から託された役割のすべてを放棄するつもりはない」
きっぱりと言う。
「あなただって、院長先生の仕事はサボっていいなんて言われて、『はいそうですか』とはならないでしょう?」
「まあ、そうだね」
「私は私の責任を果たす。あなたはあなたの責任を果たす。それで家族院の皆を支える。それでいきましょう」
「わかった」
「よろしい。じゃあ、はい」
ミオが手を差し出す。「さっきは不意打ちだったから」と彼女は小声でつぶやいた。
改めて、握手を交わす。
「ユウキ。あなたを正式にもふもふ家族院の院長として認めてあげる」
「ありがとう。全力を尽くすよ」
こういうやり取り、すごくミオらしいなとユウキは思った。
微笑ましく思っていると、なぜかミオがもじもじし始めた。首を傾げる。
しばらくして、彼女はたどたどしく言った。
「まあ、その……今日は初日だし、もうしばらくは、許可してあげる」
「ん?」
「天体観測。眠気が来るまでの間、その……もうしばらく一緒に見ててもいいわよ」
「ふふっ。ありがとう。じゃあ、喜んでご一緒させてもらうね」
「ええ」
柔らかな微笑みを、ミオは向けてくれた。
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