第62話 眠れない子
質問の意図が理解できず、ユウキは首を傾げた。
「どういうこと? ちゃんと眠れる子か……って」
「そのままの意味。夜は普通に眠れるのかってこと。今日みたいな特別な日じゃなくて」
「それは――」
思い出す。病床のベッド。病気による痛みで一晩中起きていることはあった。日中ほとんど動かないせいで目がさえていることもあった。
けど、医師からは睡眠障害を指摘されたことはない。
「確かに、他の人よりはぐっすり眠れることが少なかったけど、眠れないってほどじゃなかったよ」
「そう……」
「ねえ。なにかあったの?」
ユウキはたずねた。少年院長の答えを待つ間、ミオの表情がなにかを怖れているように見えたのだ。
眼鏡の少女はしばらく黙り込んで、口を開くのをためらっていた。ややあって、ひとつ、息を吐く。
「これから話すことは、家族院の皆には内緒にしてて」
ユウキは神妙にうなずく。
彼女は言った。
「私ね、ここに来るのは目が冴えたからじゃないの。そもそも
「眠れない……不眠症ってこと?」
「さすが、理解が早そうね。正確には、『病』とは少し異なるけれど」
ミオは再び満天の星々を見上げた。
「今日、あなたには話したわよね。私は天使様からのお手紙を受け取り、まとめているって」
「うん。ミオにしかできない、すごいことだって思ってる」
「ありがと。そして、天使様のお手紙には強い魔力が込められているって話もしたわよね」
「そうだね――あ」
気づいたことがあった。
天使様が持つ魔力は、普通の人間には強すぎる。それゆえ、家族院の皆の前には
そんな天使様が書いた手紙を、毎回受け取って写し取っているミオ。
いくら一定時間で手紙が消滅するといっても、天使様の魔力の欠片に何度も何度も触れ続けていれば――。
「もしかして……ミオが不眠なのは、天使様の魔力を浴び続けたのが原因……?」
「へえ。やっぱりユウキは賢いのね。これは教え甲斐がありそうだわ」
わざとらしく不敵な笑みを浮かべるミオ先生。ユウキはそれを笑う余裕はなかった。
初めてミオと出会ったときに気づいた、彼女の目のクマ。
あれは、単に遅くまで勉強していただけではなかったのだ。
ミオが笑みを引っ込める。
「勘違いしてほしくないのだけれど、私は今の状況をまったく後悔していない。不満もない。むしろ誇りに思っている。自分に役割があるってことだからね」
「ミオ……」
「そんな顔をしない。不眠気味なのは確かだけど、それは他の子と比べて慢性的な睡眠不足ってだけ。日中でも眠くなったら仮眠は取る。こうして生きているのが大丈夫な証拠。ま、その分みんなと集まる機会は減るけどね」
さらりと髪をかき上げる。自分に起きたことはまるで気にしていない、と言わんばかりの態度だ。
そういうところ、僕にも当てはまるな――とユウキは思った。誰かのため、家族のためなら我が身の苦難をものともしない。ミオという少女は、ユウキよりも先に己の使命を全うしようとしているのだ。やっぱりすごい子だとユウキは思った。
けれど、それではあまりにも――。
「ユウキ」
ふと、ミオが言った。
「私があなたにこの話をしたのは、別に同情や称賛が欲しかったわけじゃないわ」
「え?」
「……似てると思わない? 私と、あなたの状況」
眼鏡の少女が歩み寄ってくる。彼女はユウキの眼前に立つと、ユウキの胸元に手を置いた。鼓動を確かめるように目を閉じる。
「私は『手紙』という間接的な形で天使様の魔力に接している。それでも睡眠に影響が出た。こうして夜ごと天体観測して時間を潰すくらいには。けどユウキ、あなたはもっと『直接的』でしょう? しかも、私たちにはないものまで背負っている」
ユウキは天使様の姿を見ることができる。すぐそばで話もしてきた。
加えて、善き転生者たちの魂も心の中で受け入れている。彼らは、本来無力だったユウキの力を増し、魔法まで使用できるようにした。それだけの能力を、魔力を持っているということ。
ミオの顔が、今日初めて見るほど不安に染まった。
「あなた今……
ぐっ、と一度唇を噛む少女。
「それって、私以上に眠れない人間になったってことじゃないの? もしかしたら……
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