第59話 階段下のから騒ぎ

 ひととおり話し終わったユウキとミオは、一緒に部屋を出た。そろそろ夕食の時間である。


「じゃ、今後の授業方針とスケジュールは、また改めて決めましょう」

「はい。わかりましたミオ先生」

「……なんかわざとらしいわね」

「そう? でもミオも、また満更でもなさそうな顔してるよ」

「なっ……!?」


 慌てて眼鏡を取り、顔を触るミオ。ユウキは笑った。

 ふたりで階段を降りようとすると、階下からじーっと見上げる仲間たちと目が合った。

 ユウキは何気なく言った。


「ごめんね、遅くなっちゃった。ミオとのお話が盛り上がっちゃって――皆? どうかした?」

「いや、どうかしたって、お前……」


 まるでお化けかなにかが出たように目を丸くするレン。その視線は、ユウキとミオ、ふたり交互に注がれた。


「ホントにすげぇな、お前って」

「……?」

「レン。それはどういう意味かしら? 堅物な厄介者が良いように扱われて爽快……とでも言いたいの?」

「そこまで言ってねえだろっ!?」

「ということは、少しはその気持ちがあるのね。まったく、呆れた」

「おおーい、ユウキ! お前、本当にミオと話をして平気だったんだろうな? おい!?」


 ユウキは首を傾げっぱなしだった。レンがなにを心配しているのかわからない。

 ソラが落ち着かせるようにレンを連れていく。去り際、「お疲れさま」と口の動きで伝えてきた。


 彼らの代わりにヒナタとサキが前に出てくる。


「さすがユウキだねっ。すっかりミオとも仲良しになってるなんて!」

「真面目に話を聞いただけだよ。そしたら色々大事なことを教えてくれてさ。ね、ミオ先生」

「ミオ先生?」

「うん。ミオは家族院で一番物知りだし、部屋にはたくさん本があったから。これから先、ミオからこの世界のことを教わることにしたんだ。もふもふ家族院の院長として知っておかないといけないこと、たくさんありそうだし。でしょ、先生?」


 話を振ると、なぜかミオは顔を逸らした。長い髪の毛の先をいじっている。

 するとヒナタがにかーっと笑った。すごく嬉しそうな表情になって、ミオに横から抱きつく。


「あははっ。ミオが照れてる! 珍しー!」

「ちょ、ヒナタ。やめてよ、暑苦しい。それに照れてなんてない」

「うんうん。そっかそっか。わたしは今みたいなミオを見れて嬉しいよーっ」

「話を聞きなさいってば。この子は」


 ふたりのじゃれ合いを微笑ましく見ていたユウキは、ふと袖を引かれた。サキに階段下のスペースまで連れていかれる。


「ユウキ院長君よ」

「なに、サキ」

「ぜひ伺いたいのだが、かの部屋にはやはり存在したのだろうか。その……『至高の書』が」

「至高の……? ゲームの話?」


 お互い意味がわからずきょとんと顔を見合わせる。ちょっと間の抜けた時間。


「ええっとだな。ミオのところにはたくさん本があるじゃないか。その中に、珍しい魔法について取り扱ったものがあると思うのだが」

「ああ……確かにそんな本があったね」

「おお! 本当かね!? で、では折り入って頼みがあるのだが、今度ミオと授業とやらで部屋に入ったときには、こっそりその本を――」

「サァーキィー……?」


 ぴょ!? とサキの寝癖髪が跳ねた。寝癖ってさらに跳ねるんだとユウキは感心した。

 冷や汗を滝のように流しながら、サキが視線を上げる。階段の中程から、手すりに手を置いたミオが見下ろしていた。実に冷たい視線である。


「今さっき、よからぬ企みを聞いた気がするのだけれど……?」

「きき、気のせいだよ気のせいあはははっ!? やだなあミオ君は。耳が鋭くていけないよあははは!?」

「本当、懲りないのね。あなたは」


 眼鏡の奥、ミオの視線が少し和らいだ。

 ゆっくり階段を降りる。いつぞやアオイに怒られたときのように怯えるサキの頭を、ミオは軽く小突いた。


「いつも言ってるでしょう。魔法は使い道を誤ると危険極まりないもの。あなたの探究心は特筆すべきレベルだけれど、限度というものがあるわ。ましてや、私に黙って、しかもユウキに本を取ってこさせようなんて。やり方が小賢しい」

「うう……面目ない」

「……ま、いいわ。いつものことだし、ユウキが勝手に人の物を持っていくことはないでしょうし」


 よほどひどく怒られると思っていたのだろう。サキが涙目になりながら、感動したように両手を合わせた。


「ミオ君が……ミオ君がいつもより優しい……! こんな日が来るなんて」

「あのね。私は無駄な手間を家族に取らせたくないの」

「む? それはどういう意味かな?」

「昼間の騒ぎ、聞こえてたわよ。あなた、晩はアオイから説教を受ける予定なんでしょ?」

「………………あ」

「二度手間はしない主義なの」

「にぎゃああああっそうだったあああああっ!?」


 頭を抱えてしゃがみこむサキ。折良く――それとも折悪おりあしく、だろうか――アオイがやってきた。

 笑顔である。


「サキちゃーん? 大きな声を出して、なにかあったのかなあー?」

「ぴぃえ……ナンデモ、アリマセン……」

「ご飯だよー?」

「ハイ、イキマス……」


 すごすごと、アオイとともにダイニングに向かうサキ。ヒナタも軽快に後を追う。

 残ったユウキとサキは、互いに顔を見合わせた。


「皆といると退屈しないね、ミオ」

「ふっ。まあ、ね」


 ふたりは小さく笑い合った。


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