第53話 縁なし眼鏡のミオ、ぴしゃり
「あー……」
ヒナタが頬をかく。
「たぶん、まだ部屋で勉強してるんじゃないかな?」
「そっか。熱心なんだね」
「ごめんね。そろそろユウキたちが帰ってくるだろうから、皆でお出迎えしようって誘ったんだけど」
「ううん。だいじょうぶ」
さして気にしていない様子でユウキは答える。対して、ヒナタやソラは気まずそうに顔を見合わせた。
レンが腰に手を当てる。
「ユウキさあ。かけっこのときから思ってたけど、ちょっと甘すぎねえ?」
「甘い? なんで?」
「だぁってよ、オレだったらムカってくるぜ? せっかく帰ってきたのに、出迎えもないなんてよ。せっかく他の連中がわざわざ出張ってきてるのに」
「それがミオらしいんでしょ?」
「お前って……はぁ。まあ、ユウキがそう言うなら構わねえよ」
あからさまにため息をつく様子に、ユウキは微笑んだ。「ありがとね、怒ってくれて」と言う。レンはちょっと赤くなってそっぽを向いた。
「でもいくらムカつくからって、喧嘩はダメだよ。レン」
「わあってるよ……」
場を和ませるように、アオイが言った。
「ユウキちゃん。安心して。ミオちゃん、ちゃんとクッキーを『美味しい』って食べてくれたから。きっと大丈夫よー」
「そっか。よかった」
「ふふふ。それじゃあ、皆で中に入りましょうか。もう少ししたらご飯、できるからねー」
よっしゃハラ減ったと真っ先に声を上げるレン。和やかな空気のまま、ユウキは家族院の建物に入った。
先頭でエントランスに足を踏み入れると、人影を見た。
二階に続く階段の踊り場で、ひとりの少女がユウキを振り返ったのだ。
彼女は藍色の長い髪を、後ろで一つ結びにしている。もふもふ家族院では珍しい、縁なしの眼鏡をかけている。
踊り場の上から差し込む夕方の光が、彼女のスラリとした姿を浮かび上がらせた。格好いい。
彼女がもふもふ家族院の最後のひとり――ミオである。
「……」
ミオは無言でユウキを見据える。少しだけ、場の空気がピリッと引き締まった。
だが、少年院長はこの程度のことで萎縮したりはしない。ユウキは笑みを浮かべると、自分から声をかけた。
「こんにちは。僕はユウキ。もふもふ家族院の院長先生になりました。君がミオだね。こうして顔を合わせるのは初めまし――」
「知ってる」
スパッと断ち切るような口調だった。
ユウキを除き、気まずげな空気が再び子どもたちを包む。
ユウキたちが帰ってきたことに喜んで転がってきたケセランたちも、空気を感じてか、コロコロ、ウロウロとその場で回転し始める。
こういうとき、真っ先にフォローに入るのは決まってヒナタだ。彼女は努めて明るい声で言った。
「うるさくしてごめんね! ただいま、ミオ!」
「うん。おかえり」
表情を変えることなく、さらりと答えるミオ。
確かに、人によってはひどくあっさりして、冷たい態度だと感じるだろう。
けれどユウキは、むしろ安心した。
ちゃんと「おかえり」って言ってくれる子だ。無視しているわけじゃないんだ。
もう一度、自己紹介を兼ねて、口を開く。
「ユウキです。こんにちは。それと、ただいま」
「……私はミオ。皆からもう聞いてるでしょ。私のこと」
眼鏡の奥の視線は鋭い。元からなのか、別の感情があるのか。
――うーん、まだおかえりとは言ってくれないか。まあ、仕方ないよね。
ユウキは内心で苦笑した。
だが、ミオの反応に満足できない子がいた。レンである。
「おいミオ。ユウキが挨拶してんだぜ。もうちっとマシな態度ってもんがあるだろうが」
「マシな態度?」
ぴくりとミオの眉が動く。彼女は指先で眼鏡のブリッジを上げた。
「勝手に余所様の子へ勝負をふっかけた挙げ句、負傷してソラに心配をかけた上に、それを黙ってるような人間に言われたくないわね」
「んだと――って、なんで知ってんだよ!?」
「ヒナタに聞いた」
「ヒーナーター!!」
恨めしそうなレンに、元気っ娘は手を合わせて「ごめん」と言った。
「けどさレン。ミオはわたしが話す前からレンの怪我に気がついてたよ。歩き方の微妙な違い?……があったみたい」
「むぅ。平気だっつってんのに。……ん? でも結局それって、ミオに聞かれたからヒナタが全部しゃべったってことだよな?」
「あー。ごめん。てへ」
「ヒィーナァータァーッ!」
じゃれ合うように騒ぐふたり。すぐ後ろでアオイは「あらあらー」と言い、サキは「まあいつものことだな、うん」と納得していた。
ふと。
ミオの視線が、チラッとソラに向く。彼は一瞬、萎縮したようにうつむいたが、すぐに背筋を伸ばした。ミオの顔をしっかりと見る。
「ふん……」と眼鏡少女は鼻を鳴らした。
「ま、レンがそれだけ元気なら問題もないでしょう」
「えと……それ、だけ?」
「なに、ソラ。あなた、なにか後ろめたいことでもあるのかしら?」
「そ、そんなことないよ!」
「そう。なら、そんなにビクビクしないで、ちゃんとしなさい。さっきみたいに背筋伸ばして」
「う、うん。わかった。そうする」
ソラが狼狽え半分、驚き半分の表情でうなずく。
意外とよく他人を見ているんだなとユウキは感心した。
「それで? 新しい院長先生さん?」
ミオが言う。これまでで一番冷たい視線が、ユウキに突き刺さった。
「私、あなたに言いたいことがあるのだけれど」
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