第54話 院長として怠っていること


 ユウキは首を傾げた。


「言いたいこと?」

「そう。この家族院の院長を勤めるのなら、当然やっておいてしかるべきこと。あなたはそれを怠っていると言いたいの」


 後ろでヒナタやレンたちが顔を見合わせる。

 ユウキは真面目な表情で、さらにたずねた。


「僕がやっておくべきことって、なに?」

「もふもふ家族院を運営していく上で、あなたは書類をひとつも確認していない。目を通しておくべき資料はたくさんあるというのに」


 鋭い視線が少年院長を貫く。

 ミオはそれ以上何も言わず、踵を返すとそのまま階段を上がっていってしまった。

 反論を許さない、まさに目の前で扉をぴしゃりと閉じられてしまったかのような態度だった。


 しん、とエントランスに沈黙が降りる。

 うろたえてその場をコロコロしていたケセランが、静けさに耐えきれなくなったのか物陰に隠れてしまった。


 しばらくして、「あー……」と言いながらレンが肩を叩いてくる。


「まあ、気にすんなや院長。な?」

「え?」

「あの目つきになったときの眼鏡ミオは、一言一言が刺さるんだよ。ぐっさぐさ」


 お前に対してだけじゃない、とレンは言った。

 どうやら慰めようとしているようだ。

 だが、ユウキは目を瞬かせた。


「そんなに厳しいことを言ってたかな?」

「おいおい。お前、マジで言ってんのかそれ」

「いやだってさ」


 ミオが消えていった階段を見上げる。


「僕、ここに来てまだ一度も、もふもふ家族院に関する資料を見ていないのは確かだよ。天使様や皆から口伝くちづてで聞いた内容ばっかりだ。ミオの言うとおりだよ」


 彼女の言うことは一理も二理もある、と真顔で語る少年院長に、レンは頭をかいた。顔には「タフなヤツだなあ……」と書かれている。隣では、同じく慰めようとしていたヒナタが「さすがだね」と両手を合わせていた。

 彼らの表情を見て、ユウキは眉を下げた。


 ミオの言うことは間違ってない。それでも他の皆がこれだけ心配してくれるってことは、普段からミオは誤解されやすいところがあるのかもしれない。


「なんとかしたいなあ……」


 ユウキはつぶやいた。

 ミオを気遣う少年院長に対して、サキが口を開く。


「ちなみにミオ君が言っていた資料だが、心当たりがあるぞ。きっと、天使様から定期的に届く手紙や、家族院に収められている聖地に関する蔵書のことだな」

「そういうものがあるんだ……。サキは見たことがあるの?」

「まあ、あると言えばあるが」


 言葉を濁す寝癖研究者少女。ソラがそっとユウキに耳打ちした。


「たぶん、自分の興味のある資料しか見たがらないから、ミオに怒られるんだよ」

「なるほど」


 最初に家族院の中へ入ったとき、盛大に散らかっていた紙の山を思い出す。

 ミオのことだ。大事な資料がそのように粗雑に扱われれば怒ってしまうに違いない。

 きっとキッチリ整理整頓されているんだろうなあ、とユウキが考えていると、アオイが教えてくれる。


「アオイ、ミオちゃんのお部屋はたまにしかお掃除できないんだー。大事な本や資料が山盛りだから、あんまり動かさないでほしいってー」

「あ、そうなんだ。じゃあ、家族院に関する大事な資料は、ぜんぶミオの部屋にあるの?」

「ミオちゃん、勉強家だからー」


 それに、と今度はヒナタが横から口を挟んでくる。


「わたし、聞いたことがあるよ。天使様からの情報はいったん全部、ミオが受け取っているんだって。そういえば、ユウキが院長先生として来るってことも、ミオから皆にお知らせがあったよね。『天使様からの大事なお話だ』って」


 そうだったそうだった、と他の子たちがうなずく。


 ずっと部屋にこもっているのは、もしかしてそのためなのだろうか。天使様からの連絡をいつでも受けられるように控えながら、家族院のことや聖域のことについて学び続ける。皆が遊んだり、おやつを食べている間も、きっと、ずっと――。


「ユウキ? どこ行くの?」


 ヒナタがたずねる。ユウキは足を止めずに答えた。


「ミオの部屋に行ってくる。ミオの言うことはもっともだって、謝らなきゃ」


 迷いのない足取り。一瞬、呆気にとられた家族院の子どもたちは、次の瞬間にはそれぞれの笑みを浮かべた。


「やっぱ、ウチの院長はタフだぜ」


 レンのつぶやきに、皆がうなずく。

 アオイが声をかけた。


「ミオちゃんのお部屋は階段を上がってすぐですよー。それと、もうすぐお夕飯ですから、ミオちゃんにも伝えておいてくださいねー」


 振り返り、ユウキは手を挙げて応えた。


 緊張が解けたことを敏感に感じ取り、物陰からケセランが転がり出てきた。そのうちの一体が、ぴょんぴょんと跳躍しながらユウキの後を追う。ぽふん、と彼の頭の上に収まった。

 ユウキは苦笑しながら、ケセランの身体を優しく撫でる。


 ミオの部屋に向かいながら、ユウキは先ほどのことを思い出す。

 あなたに言いたいことがある――そう告げた彼女の目元。

 よく見ると、うっすらとクマが浮かんでいた。

 寝不足になるまで、家族院のために資料を読みあさっているのなら。


「負担はかけられないよ」


 ユウキは決意を持って、階段を上った。


 

 

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