第52話 帰宅時のほのぼの


 日が沈む前に、もふもふ家族院へと戻ってくる。


「あ……」


 ユウキは目を見開いた。

 家族院の前ではヒナタを始め、四人の子どもたちがユウキたちの帰りを待っていたのだ。

 真っ先にヒナタが気づいて、手を振ってくる。


「おーい、ユウキ! ソラ! おかえりー!」

「ただいまー!」


 手を振り返しながら応える。ユウキは思わず、頬が緩んだ。

 こんな風に外から帰ってきて、「ただいま」「おかえり」と言えるなんて、これまでなら考えられなかった。

 背中がこそばゆくなるほどの嬉しさ、楽しさ、安心があった。


 家族院の皆と合流するのと入れ替わりに、チロロが踵を返す。


『では、余は森へ向かう。むやみに歩き回るでないぞ』

「あれ、チロロは建物の中に入らないの?」

『寝床を作ってもらっているのはありがたいが、どうも落ち着かぬ』


 ちらとサキやヒナタを見て、小さくため息をつく保護者フェンリル。

 ユウキは眉を下げた。


「そうなんだ。残念」

『余はそう遠くに行くわけではない。安心せよ』

「チロロのふわふわな身体で眠れたら、気持ちいいだろうなあ」

『おい。余をクッション代わりにするでない。変なことで呼ぶでないぞ』


 チロロが尻尾を一振り。『変なことで呼ぶでないぞ』ともう一度繰り返してから、彼は森の方へ消えていった。

 見送っていると、後ろから誰かに抱きつかれた。ヒナタだ。


「ユウキっ、さっきはチロロとどんな話をしていたの?」

「あはは。怒られちゃった。自分をクッション代わりにするなって」

「あー。確かにすごく気持ちいいもんね。でもチロロのことだから、本気で頼めばお願い聞いてくれると思うよ」


 そういえば初めてヒナタたちに出会ったときも、クッション代わりにして昼寝してたなと思い出す。「そこまではしないよ」とユウキは答えた。


 背後からは「遅かったな!」とレンの声が聞こえた。相変わらず張りがあって、元気だ。話し相手はソラである。


「ソラ。お前の分のクッキー、オレが確保してやったからな。ありがたく食べろよ」

「ソラちゃーん。クッキーは、ちゃんと手を洗ってからですよー」


 アオイが横から会話に入る。彼女の穏やかな瞳が、ちろっとレンを見遣る。彼はすぐにそっぽを向いて、咳払いした。

 たぶん、レンは帰るなりダイニングへ直行して、アオイに咎められたのだろう。目に浮かぶようで、ユウキは小さく笑った。


 サキが目を丸くしながら、首を左右に傾けている。視線の先はソラ。


「おやおや? ソラ君よ、なんだか少し……雰囲気が変わったかい?」

「そう見える?」

「おっと、その受け答えからして驚きだぞ。なんというか、ちょっと自信がついたみたいに見える」

「ユウキの――ボクたちの院長先生のおかげだよ」


 ソラは臆せず言った。どうやら、魔法に関して胸を張れるようになったことで、普段の言動にも少し変化が出てきたようだ。

 サキの目が輝いた。


「それは非常に興味深い! なにがあった? なにがあったんだい? ほらほら、ウチに教えてごらんよ。ウチとソラの仲じゃあないか、ほらほらほら!」

「えっ、ええっ……?」


 いつかユウキがされたように、ペタペタとソラの細い身体を触りまくる寝癖少女。ソラの態度が途端に前に戻った。

 ユウキが、この困った研究者気質少女の肩をつかむ。ほぼ同時に、反対側の肩をアオイがつかんだ。


「はいそこまで」


 期せずして、まったく同じ声かけをした。ユウキとアオイはきょとんと顔を見合わせ、どちらともなく「ふふっ」と笑った。彼らの間に挟まったサキは、とりあえず両手を挙げて降参のポーズをする。

 ヒナタが言った。


「そういえば、ユウキとソラはなにをしてたの?」

「ソラのお友達と話してたんだ。それと、歌を歌ってもらってた」

「え!? ソラに? いいなあ、ユウキ!」

「また歌ってもらおうよ。今度は、皆も一緒にさ。ソラ、いいでしょ?」


 たずねる。アオイが遠慮がちに「あまり無理強いさせなくてもお……」とつぶやく一方で、当の本人ははにかみながらうなずいた。


「うん。ボクでよければ」

「わあい、やった!」


 ヒナタが喜びを全身で表す。

 アオイは「あらまあー」と驚き半分、安堵半分の表情を浮かべた。

 レンが、ユウキを肘でつつく。


「おいユウキ。お前、ソラになにをしたんだよ。今朝とぜんぜん違うじゃん、あいつ」

「特別なことはなにも。ただ、僕がソラから大事なことを教わって、それでソラはすごいねって言っただけさ」

「なんだよそれ。気になるじゃんよ、弟分のくせに」

「僕はもふもふ家族院の院長先生だよ。上も下もないから」


 澄ました顔で言うと、レンは「チッ、わかってるっての」と舌打ちした。ちょっとだけ寂しそうだった。

 ユウキは苦笑し、それから辺りを見回す。


「そういえば――」


 今ここには、ユウキを含めて六人の子どもたちがいる。

 もふもふ家族院は、全部で七人のはずだ。

 ユウキはたずねた。


「ミオはどこ?」


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