第48話 未来を


 すっかり打ち解けた様子の少年ふたり。

 その様子に、心なしかぷっくりと膨れたのが、ソラの腕に抱かれたままのルルだ。

 大人しいスライムは、自分とよく似たところのある友人ソラが、別の人間に取られてしまったかのように思ったようだ。ここにきて初めてくらいの、大きな声で言う。


「みょんみょん!(ソラ、お歌うたって!)」

「歌?」


 ユウキが首を傾げると、ソラは恥ずかしそうに頬をかいた。


「う、うん。実はここに残ったのも、ルルに歌ってあげる約束をしていたんだ」

「へえ、ソラは歌うのが得意なんだね」

「得意というか……ただ好きなだけだよ」

「みょみょ!(そんなことない!)」


 友人をかばうように、ルルが声を上げた。


「みょーみょ、みょみょん(ソラ、歌うまいもの。ソラの歌をきくと、すっごく気持ちよくなる。だから、へたじゃない)」


 心なしか涙目で訴えるルルに、ユウキは「そっか」とうなずいた。


「ルルは、ソラのことが大好きなんだね」

「みょ」

「仲良しのルルがこれほど褒めてくれるんだから、僕もすごく楽しみだなあ」

「ちょっ……ユウキ!?」


 友人ふたりから言及されて、銀髪少年はうろたえ、顔を赤くした。ユウキは「恥ずかしがることないのに」と言う。


「歌が得意って、すごく素敵なことだと思うよ」

「あ、ありがとう。あらためて言われると、やっぱり恥ずかしい……」

「もふもふ家族院の皆は褒めてくれないの?」

「い、家ではあんまり歌わない、から。研究とか勉強とかしてるサキやミオに怒られそう……」


 そこまで気にすることかなとユウキは思ったが、自分が病室で歌うことを想像すると、確かに気が引けるかもと考えた。


「でもさ。ヒナタは好きなんじゃない? ソラの歌」

「う、うん。外に遊びに出たとき、よく歌ってってせがまれたり、する……」

「きっとそれで踊るんだよね。あは、目に浮かぶみたいだ」

「そうだね。すごく楽しそうに踊るから、歌ってるボクも楽しくなる……」

「こう、髪先がくるくるーって回るんだよね。あれ、見ててびっくりする。綺麗に回るんだもの」

「はは……うん。わかる」


 ユウキとの会話で、だいぶ恥ずかしさも抜けてきたようだ。

 まだ? まだ?――とせがむルルを、ソラはそっと撫でた。

 晴天を見上げ、一度大きく息を吐いて、銀髪少年はゆっくりと目を閉じる。


 ――片目だけ開けて、ユウキを見た。


「下手でも、笑わないでね?」


 院長の少年は苦笑した。笑わないよ、と首を横に振る。

 ソラは安心したように、再び目を閉じた。

 もう一度、深呼吸。


 そして――歌を紡ぎ出した。



 太陽に 聞こう

 僕たちが出逢った意味を

 明るく 優しい光の下で

 声なき喜びを 浴びよう

 さあ 笑って

 胸を張って

 お日様は 笑って答えてくれるから

 出逢いは 光

 勇気をくれる希望だと

 喜びは 力に変えて

 どんなに深い水の底でも

 この輝きが透き通りますように

 さあ 歌おう

 さあ 胸を張ろう

 さあ 輝こう

 空から授けられた 未来を

 さあ 信じて



 ――いつの間にか、ユウキも目を閉じて、歌に聴き入っていた。


 シンプルながら、心に染み入ってくるような歌。

 これまでユウキは『歌う』と『謳う』の違いがよくわからなかった。だけど今日このとき、初めて実感できたような気がした。


 未来を、さあ、信じて――。

 家族院の皆に、今の僕たちに、ぴったりの歌だとユウキは思った。


 余韻を噛みしめながら、目を開ける。


「――!」


 驚いた。思わず辺りを見回す。

 ユウキたちの周囲に、


 手のひらを掲げ、雪の一粒をつかむ。

 本物の雪であれば、手の熱で溶けるはず。しかし雪は水に変わることなく、さらに小さな燐光となって静かに消えていく。


「これ……魔力……!?」

「みょみょ……(これが、ソラのうた……)」


 腕の中に収まったままのルルが、どこかうっとりしてつぶやく。

 頭上を見る。雲一つない晴天から、ハラハラと魔力の雪が降り注ぐ。


 すごいや――とつぶやきかけて、ユウキはさらに驚きの光景を目にした。

 ソラの歌声に誘われて、森の動物たちが次々と集まってきたのだ。

 チロロの同族のような狼に、木の上にはリス。地面をコロコロと、ケセランたちも転がってくる。よく見れば、水面からスライム一家まで顔を出していた。

 皆、ソラの邪魔をしないように一定の距離を保ったまま、歌声に聞き入っている。


 ケセランたちは、ソラの歌声に合わせ、軽やかな自然の音を奏でる。素朴な伴奏だ。


 チロロが、ユウキの隣に来た。


『普段の気弱な少年からはなかなか想像できんが……ソラの歌声は格別だ。間違いない』

「うん……僕も――いや」


 胸に手を当てる。

 心の中で、善き転生者の魂たちがほのかな熱を持ち始める。


「皆も、そう思ってる」


 ソラは目をつぶったまま、高らかに声を届ける。本当に楽しそうに、伸び伸びと。

 ユウキは、心から言った。


「すごいや、ソラ」



 

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