第49話 森の生き物たちの称賛


 透き通るような、澄み渡るような、極上の歌が緩やかに終わった。

 やや紅潮した顔でひとつ息を吐き、ソラが目を開けた。


「えと……聞いてもらって、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。ソラ!」


 ユウキは力いっぱい拍手をした。銀髪少年は目を丸くする。


「そんな……大げさだよ、ユウキ……」

「ちっとも大げさじゃないよ。ほら、周りを見て」


 ユウキが指し示した先で、大勢の動物たち、そしてケセランたちが並んでいた。彼らはソラの元に近づき、もみくちゃにする。


「わ、わ、わわっ……!」

「あはは。僕までもみくちゃ……! けど、それだけ皆、ソラの歌声に感動したってことだよ」


 ケセランのふわふわを撫でながら、ユウキは笑顔で請け合う。ソラははにかんだ。


「いつもこんな感じなの、ソラ?」

「いや、その……さすがにここまで集まってくれるのは、初めてで……」


 ボクもちょっと驚いてる、とソラは言った。

 胸元のスライム、ルルは先ほどからずっと黙っている。両目を閉じ、歌声の余韻を噛みしめているようだ。……周囲を強面の獣に囲まれて、萎縮しているようにも見えるが。


 保護者フェンリルが言葉を添える。


『とても良かったのは間違いないが、今日の歌は特別に響いたと言えるだろう。魔力の雪まで降らせるのだから』

「あ、えっと」


 ソラは言いにくそうに眉を下げた。


「たぶん、それはボクの力じゃないよ」

「え? そうなの?」

「確かにボクは魔法を使えるけど、これほど広範囲のものは使えないもの。きっと、天使様が偶然、歌を聴いてくださったんだよ……」


 ユウキはソラとともに青空を見上げる。

 家族院の少年院長はうなずいた。


「そっか。じゃあ、あの魔力の雪は、天使様が『よくやったよ』って褒めてくれたものなんだね」

「そうだと、いいな」

「きっとそうだよ。天使様は、僕たちのことをちゃんと見てくださっているんだ。きっと」


 ソラは恥ずかしそうにうつむいた。

 そこへリスが一匹駆け寄り、銀髪少年の肩に登った。ふさふさな尻尾を押しつけるように、頭をソラの頬にこすりつけてくる。負けじと、ルルもソラの胸元に身体を押しつけてくる。

 再び満ち足りた笑みを浮かべるソラを、ユウキは優しげに見つめた。


「ソラは、森の生き物たちと一緒にいるのが好きなんだね。とても楽しそう」

「あはは……うん、そうかも。家族院の皆のことも好きだけど、こうしてルルや、森の子たちと一緒にいるのも、好き。でも、それはユウキも同じじゃないかな……?」


 そう言われ、目を瞬かせるユウキ。そんな彼の周りにも、動物やケセランたちが集まって、まったりしていた。実にリラックスしている。

 しばらくふたりは、もふもふたちとの触れ合いを満喫した。


「あのね、ユウキ」


 ふと、ソラが言う。


「ボク、今日のことで、ちょっとだけ自信がついたかも。その……自分の魔法について」

「うん」

「これまでずっと、魔法は隠さなきゃいけない、むやみに使っちゃいけない、なぜなら皆の迷惑になる力だから――って、ずっと思ってた。実際は、そんなことないのにね」


 ルルを撫でる。


「ボクの魔法も、ボクの歌も、こんなにもたくさんの子が喜んでくれる。この子たちのためにも、ボク、もう少し自分に、自信を持ってみたい」

「そうだよ。ソラはすごいんだから。自信持っていいんだよ」

「ユウキだったすごいとボクは思うけど……でも、ありがとう」


 ユウキはうなずいた。


 それから、折を見てチロロが小さく鳴き声をあげる。そろそろ解散だと、周囲の動物たちを促していた。保護者フェンリルは森の動物たちにとっても上位存在なのか、大人しく彼らは帰っていく。

 ユウキとソラは、彼らの後ろ姿へ向けて、手を振って見送った。


「ルルちゃんも、じゃあね」

「みょ……」


 ソラの膝上から降りたスライムに声をかける。ルルはためらいがちに振り返り、それから意を決したように言った。


「みょんみょん(またきてね)」

「うん。必ずまた来るよ。他の子たちにもよろしくね」

「みょ、みょみょ(ん。じゃあね)」


 ユウキは手を振る。応えるように一回、二回と跳びはねた後、ルルは池の中に入っていく。ほとりから静かに水中へと消えていく様子は、とてもルルらしいと思った。

 少しだけ物寂しい空気が流れる。


『さて、帰るとするか』


 チロロが言う。

 そこでユウキは「ちょっと待って」と呼び止めた。ソラを見る。


「ねえ、ソラ。ひとつお願いがあるんだけど」

「なに?」

「僕にさ、魔法について教えてくれないかな」


 ソラは目を丸くした。


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