第47話 臆病になる理由
「え? ソラ、魔法が使えたの!?」
「う、うん。ユウキがそんなに驚くとは思ってなかったけど……」
ソラの胸の中で、スライムのルルが「みょぐっ」と鳴いた。力を入れすぎてしまったらしい。
ユウキは咳払いした。確かに、自分も魔法は使った。それなのにソラの魔法に驚くのはちょっと違うだろう。
けど、それでもびっくりだ。まさかソラも魔法が使えるなんて……。
そこまで考えたとき、ピンと思いついた。
怪我をしていたはずのレンが、いたって平気な様子で歩いていた理由。
「もしかしてソラ。足を怪我したレンに、その癒やしの魔法をかけてた?」
「うん。そうだよ」
あっさりとうなずく。銀髪少年は、ちょうどユウキが競争しているときに魔法をかけたと言った。レンの視線と注意力がレースの方に向いていて、気づかれずに治療できたらしい。
「すごく痛そうだったから」とソラは付け加えた。心配そうな表情だ。こういうところ、彼は心優しいとユウキは思う。だからこそ、臆病なスライム、ルルも懐いているのだろう。
だからこそわからない。ユウキは眉を下げた。
「動物や魔物とお話できる力はともかく、ソラは癒やしの魔法まで内緒にしてるの?」
「う、うん。むしろ、魔法の方が内緒にしなきゃって」
「どうして?」
ソラは言いにくそうに口をつぐんだ。
思い出す。最初にサキと出逢ったとき、魔法について少し教えてもらった。その中で、魔法は大人にならなければ使ってはいけない決まりがあると聞いた。
けど、かけっこでユウキが魔法を使って勝利したとき、ソラは言っていなかっただろうか。『悪いことに使ったわけじゃないから、きっと大丈夫だよ』と。
いや――と、ユウキは心の中でかぶりを振った。ソラは庇ってくれただけなのかも。
もしかして、本当は皆が言わないだけで、自分はとても悪いことをしてしまったのかもしれない。
だとしたら、院長先生としてちゃんと謝らないと。
でも、誰に? どうやって?
互いに口をつぐんでしまったふたりの少年。そこに、おもむろにチロロが声をかけた。
『ユウキよ。ソラは魔法に臆病になっているのだ』
「臆病?」
『おおかた、そなたはソラの言葉を思い出して不思議に思っているのだろう。安心せよ。この聖域において、子どもだからといって魔法使用に憤るような者はおらん。まあ、強いてあげればミオが小言を口にするかもしれんが』
あの娘は家族院で最も決まり事に厳しいからな、とチロロが告げる。
ユウキはソラに向き直る。
「チロロは、魔法を使うことに臆病になってるからだって言ってた。ソラ、ほんとう?」
「うん……」
「僕はまだ会って話をしていないからわからないけど……それは、ミオって子が怖いから?」
「……。ちょっと違う、かな」
ちょっと違う。……ということは、少し関係があるのだろうかとユウキは思ったが、口にはしないでおいた。
ソラが喋り出すまで、待つ。
「あのね」
やがて、ぽつぽつと銀髪少年は語り出した。
「ミオが魔法に厳しいのは、本当。ちょっと怒られたことも、確かにあるよ。けどそれは、家族院のことを考えての話だってわかるから、それはいいんだ。……や、あの怒り方はちょっと思い出したくないけど……」
尻すぼみになる言葉。ルルが心配そうに見上げていた。
「ボクが本当に怖いのは、
ソラは自らの右手を見た。
「この聖域、魔法の力で溢れている。ボクにはそう感じる。けど、皆はそこまでじゃない。皆が感じないものを、ボクだけが感じてる。もし、ボクが魔法の力を暴走させちゃったら。間違った使い方をしちゃったら。もふもふ家族院の中で、ボクだけがひとりになっちゃう……!」
自分だけが使える魔法。
それを誇るのではなく、負担に考える。孤独に繋がる爆弾なのだと。
だからこそ、魔法に対して臆病になる。
ユウキは想像した。もし今、もふもふ家族院の中で自分だけが孤立してしまったら。
たしかに、とても辛い。
けれど――。
「ソラ、大丈夫だよ」
銀髪少年の手を握る。
「ソラの魔法は、仲間や家族を癒やす優しい魔法じゃないか。ソラが誰かを傷つけるなんてことはないよ」
「……」
「それに、ソラはひとりにならない。だって、僕がいるもの」
ぐっ、と手に力を込める。
「僕だって魔法が使えた。だからもう、ソラひとりだけじゃない。魔法について怒られるなら、僕も一緒に怒られなきゃ。ソラが魔法のことでひとりになってしまいそうなら、僕がなんとかするから。ね?」
「ユウキ……」
ソラの瞳が、ユウキを真っ直ぐに見返す。
「やっぱり、ユウキはすごいね」
「そんなことないよ」
「ううん。すごい。とってもすごい。ボクね、ルルたちとお話できることも、魔法のことも、自分から話そうと思ったのは、ユウキがいたからなんだよ。ユウキに力をもらったんだ」
気弱で優しげな顔が、ふんわりと笑みを浮かべた。
「ボクはもう、ひとりじゃない。ひとりにならない。だから胸を張っていいんだよね、ユウキ」
「うん。そのとおりさ!」
「あは。なんだか、すごくホッとした。胸がすーっとなった!」
言葉通りの晴れやかな表情で言い、それからふと、眉を下げた。
「……でもユウキ。悪いことは言わないから、ミオにはできるだけ黙ってた方がいいと思う……」
「それは気をつけます」
真面目な顔でうなずき合い、それから「ぷっ」と同時に噴き出す。
秘密を共有する仲間ができた気持ちだった。
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